第86話 酒は本性をさらけ出させる妙薬

 俺の兄弟宣言、という熱い感じで始まった、《ブラックバー》での飲み会。お昼ぐらいから飲み始め、大体3時間が経った今の状況を伝えようと思う。


 まずはボーウィッド。


 驚いたことに、兄弟は今まで酒を飲んだことがなかったらしい。他の街と交流を図らないアイアンブラッドには、酒が殆ど入ってこないとはいえ、初体験とはな……これを機に、ギーの治めるデリシアと友好を深めてくれるといいんだけどな。


 そんな兄弟は最初に飲んだ米酒がいたくお気に入りみたいだ。酔うと元々少ない口数が更に減って、今はアルカの話を聞きながら、静かに熱燗のお猪口をかたむけている。まじで渋い。


 次はトロールのギー。


 こいつはあれだな、うん。オーガのダニエル達と飲んだ時も思ったが、魔人族は蟒蛇うわばみだわ。

 ギーの野郎、水飲む感覚で蒸留酒をがぶ飲みしてやがる。しかも、アルカと話す様子がシラフと全然変わらねぇの。怪物すぎんだろ。


 アルカの説明はいらないよね?相変わらず可愛いよアルカ可愛い。


 料理を運んでくるゴブリン達と楽しそうに会話をして、ギーにおちょくられながら、ボーウィッドにべったりくっついてお喋りしていた。……なんか蚊帳の外にされてる感が否めない。


 それで……あー、まぁ、セリスさんは想像通りです。


 この人、とにかくペースが尋常じゃないんです。ギーもかなりのハイペースで飲んでるっていうのに、その二倍の量は飲んでいるからね。

 もうね、ゴブ郎が可哀想なレベル。カクテル作って持ってきて、また注文されてカクテル作って、っていう流れを永遠に繰り返してるから。少しは休ませてあげてください。

 あー当然セリスの右腕は俺の左腕をがっちりロックしています。お陰でトイレにすら立てません。


 さて、お気づきになられたでしょうか?一人だけ様子が語られていない人がいる事に。

 そうです、お色気担当のフレデリカ姉さんです。

 酒の力により、あのわがままボディを解放してしまったら一体どうなってしまうのか。期待半分、怖さ半分といったところだったんだけどな。


 俺はちらりと店の隅に目を向ける。そこには椅子の上で縮こまって三角座りする青い肌の美女がいた。ゴブ郎に作ってもらった特製カクテルを大事そうに抱え、ちびちびと飲んでいる。それを見ていると、なんだかむずむずすんだけど。


「あーセリスさんや?」


「なんでしょうか?」


「ちょいと腕を」


「嫌です」


「離して……」


 食い気味にも程がある。なぜこいつはこんなにも俺の腕に執着しているというのだろうか。旨味成分でも出てんのか?


「なぁ、セリス。あれを見てくれ」


 俺がフレデリカの方を指差すと、顔を向けたセリスが眉をひそめる。


「……なんだからしくないですね。早速、私とクロ様の仲睦まじい様子を見せつけに行きましょう」


「お前も十分らしくねぇよ」


 俺の言葉など御構い無しに、セリスは俺と腕を組んだまま、フレデリカの方へとグイグイ近寄っていく。ちなみに、右腕は俺と組まれているが、左手にはしっかりとワインの瓶が握られているところを見ると、セリスは生粋の飲兵衛なのかもしれない。


「フレデリカ!なぜこんなところで一人で飲んでいるのですか?」


 セリスが尋ねながら、精一杯腕を組んでいることをアピール。だが、フレデリカは俺達が目の前にいる事に気がつくと、腕を組んでいることなど目もくれず、その場で立ち上がり、光の速さで目を左右に泳がせた。


「ここここここれはこれは!ししし指揮官様とせせせせせセリス様!!ああああ相変わらず仲がよろしいようで!!!」


 フレデリカが慌てて俺達に頭を下げる。


 えーっと……誰ですかあなた?少なくとも俺の知っているフレデリカさんではないですよね?なんか、どっかで似たような反応を見たような気がするが。

 俺が隣に目を向けると、セリスも戸惑っているようで、とりあえず、俺の左腕を解放してくれた。


「えーっと……フレデリカですよね?」


「ははははははいぃ!!差し出がましいとは思いますが、せせせせ精霊族のおおおおおお長をやらせていたくございます!!」


 あー……このテンパって何言ってるのかわからない感じ、ウンディーネのレミそっくりだ。

 そういや、フェルがフレデリカも元々は引っ込み思案な性格だったって言ってたよな。あん時はそんなわけねぇだろって思ったけど、なるほど、こいつを見たら納得せざるを得ない。


 完全に毒気を抜かれてしまったセリスは、ゆっくりと近づきながら、フレデリカに優しく微笑みかける。


「フレデリカ、私達は同じ幹部であり、共に競い合うライバルなんです。そんなに畏まることないんですよ?」


 セリスの柔らかな声に落ち着きを取り戻したのか、フレデリカはポロポロと涙を零し始めた。いや、全然落ち着いてねぇだろ、これ。


「憧れのセリス様にそんな風に言ってもらえるなんて……なのに、私ったらセリス様相手にライバル発言とは、どこまで愚かしい女なのっ!!」


 やべぇよやべぇよ。酒に酔ったフレデリカは超面倒くせぇよ。セリスも泣いているフレデリカの背中をさすりながら、困った顔でこっちを見てるけど、俺にはどうすることもできねぇよ。


「おう!セリスにクロ!それにフレデリカもなにしてんだよ?こっちで飲もうぜ?」


 そんな微妙な空気を察してか、ギーがグラスを掲げながらこちらにやってきた。

 おぉ、中々いいタイミングで来るじゃねえか!流石は空気の読める男、ギー!この状況を早くなんとかしてく───。


「きゃっ!!」


 ギーを見た瞬間、怯えたような悲鳴をあげ、フレデリカが俺に抱きついてきた。セリスがフレデリカを守るように立ちはだかり、ギーを睨みつける。


「ギー!フレデリカがあなたに怯えているじゃないですか!」


 そうだぞ、ギー!邪魔者はさっさとどっかへ行け!シッシッ!!このKY野郎が!!


 肩を落としてトボトボと去っていくギーを見ながら俺は思った、なんかごめん。

 フレデリカは男に乱暴された、っていう苦い経験があるからな。このモードのフレデリカは男が無条件で怖いんだろ。っつーか、それだと俺もいない方がいいんじゃないか?


「……もしも怖いんなら、俺もどっか行ってようか?」


 俺の胸に顔を埋めているフレデリカに問いかけると、フレデリカは小さく首を横に振った。


「……指揮官様は、他の男の人とは違います。暖かくて、心地よくて……とても落ち着くんです。だから、もう少しこのままでいたいんですけど……」


 フレデリカが潤んだ瞳をこちらに向けて来る。


「ダメですか……?」


 反則だろ、これ。見た目フレデリカなのに、なにこの庇護欲を掻き立てる女性は。男だったら守らずにはいられないわ。

 おまけにダイナマイトボディは健在で、最近はなんとも思わなかったそれも、引っ込み思案なフレデリカだと新鮮味が重なって破壊力抜群。今も押し付けられている巨乳から目が離せません。


 俺がこっそりデレデレしていると、セリスが聖母のような穏やかな笑みを向けてきた。


「クロ様、そんなにフレデリカのことを見つめてたら、眼球抉りとりますよ更に怯えちゃいますよ?」


 ……疲れてんのかな?なんか副音声みたいの聞こえたけど、気のせいだよね?ねっ?


 俺はさり気なくフレデリカから距離を取る。身体を離す途中で「あっ……」と残念そうな声が聞こえた気がするが、気のせいに違いない。というかこれ以上くっついていたら、あっ、服のボタン外れちゃった、くらいのノリで目ん玉とられる。


「私は女同士二人っきりで飲みますんで、クロ様はあっちの席に行ってください」


 イエス、マム。忘れかけてたけど、セリスも大分出来上がってるんだよね。こうなったセリスは手がつけられないから、大人しく言うことを聞くに限る。


 俺は二人が隅のテーブルに行くのを見送ってから、ボーウィッド達がいる所へと戻って行った。


 その後の飲み会は特に何の問題も起きず、楽しいものだった。

 ボーウィッドとギー、そしてアルカと俺の四人でダラダラしゃべっているだけだったが、やっぱこういうのが飲み会の醍醐味だよな。途中でゴブ太達も代わる代わる参加してたし。


 いやー、何よりも飲み会中に両手が使えるってのが素晴らしい。セリスが隣にいるときは、常に俺の腕に自分の腕を絡めてきていたからな。酒飲むのも、何か食うのも片手ってのは不便この上ないんだよ。

 ……まぁ、腕組まれてた事自体は、嫌な気持ちはしなかったけど。


 さて、夜も更けて来たし、アルカもおねむみたいなんで、そろそろ帰りたいんだけど……。


「何度聞いてもその男達の事は許せないですね。私がその場にいれば、生きていることを後悔するような目に合わせたのですが……申し訳ありません」


「そそそそそんな、謝らないでください!そのお気持ちだけで十分です!ルシフェル様がちゃんと裁いてくださいましたし……」


「ルシフェル様もたまには役に立つことがあるんですね。ただのボンクラだと思っていましたが。でも、次に同じようなことがあったら私に言ってください。そういう愚か者達に、幻惑魔法の真髄をお見せしますから」


「わわわ、私も強くなりましたから!男性の下腹部に向かって、水流をぶつけてみせます!」


「それはいいですね!なら、私はそのぶら下がっている粗末なものがもげる幻影を……」


 おぉ……随分物騒なお話をしていらっしゃいますね。店にいる男性陣が軒並み、股間を手で押さえながらたじろいでいますよ。そしてセリスさん、その幻惑魔法は俺には絶対に使わないでください、何でもしますから。

 つーかセリスの奴、完全にフェルの事、敬ってねぇじゃねぇか。あいつが今の台詞聞いたら三日間は部屋から出てこねぇぞ?意外とメンタル豆腐だしな。


「で?誰があの間に割って入る?」


 俺が目を向けた瞬間、ギーとボーウィッドが同時に視線をそらす。だよな。今のあの二人に話しかけるくらいなら、人間の世界を滅ぼしに行った方がまだましだ。


「一応、閉店は午前0時の予定なんだけど……」


 つーことは、あと二時間あんのか。あの様子だと、八時間くらい飲んでいられそうだな、あいつら。


「だけど、あの感じだと飲み終わっても帰れそうにねぇぞ?たしかフィッシュタウンでもお前が連れて帰ったんだろ?」


「オボエテナイ」


 あの時の記憶は消しました。じゃないと、まともにセリスの顔が見れないので。


「……俺が一度家に帰ってアニーに確認してみよう……大丈夫そうなら二人はうちに泊める……」


「まじか!そうしてくれると助かる!」


 フレデリカについても、あの姿をフローラルツリーの連中に見せるわけにはいかねぇからな。アニーさんならうまく対処してくれるに違いない。正直、アルカが限界、ってか俺の背中で爆睡しちまってるからな。


「もし、厳しそうなら城に転移で来てくれ。セリスは俺の小屋に、フレデリカはギーの屋敷に運ぶから」


「なんであいつが俺の屋敷に来ることが決定してんだよ!」


 連帯責任じゃ、ぼけ。


「そのまま泊められることになったら連絡とかはいいから。そしたら、朝一で迎えに行くよ」


「……わかった……」


 ボーウィッドは頷くと、自分の家に向かっていった。


「たくっ……ボーウィッドの所で泊ってくれることを願うしかねぇな」


「よかったじゃねぇか。女性を家に連れこめるんだぞ?」


「けっ!そういうのには困ってねぇよ」


 おいおい、何を強がり言っちゃってんの?お前みたいな緑の怪物が、お持ち帰りなんてできるわけねぇだろ?


「ギー様はモテるでやんすからねぇ」


「ギー様は見る度に違う女性と歩いてるよねぇ~」


 おい、それマジで言ってんのか?俺が信じられないといった表情で、ゴブ郎とゴブ衛門に目をやる。


「そういうことだ。俺が結婚しないのは、一人を選んじまうと、デリシアの女達が悲しんじまうからなんだよ」


 はっ?なに言ってんのコイツ?やっちゃっていい?やっちゃってもいいよね?誰も怒らないよね?


「そういうわけで、俺は帰るわ。屋敷に待たせてる女がいるからな。ゴブ太、ゴブ郎、ゴブ衛門。今日はありがとな。中々いい店じゃねぇか。また寄らせてもらうよ」


 そう告げると、勝ち誇った表情を浮かべながらギーは転移していった。残された俺、得も言われぬ敗北感に苛まれる。


「……俺も帰るわ。また来るぜ、お前ら」


「おう!またな、クロ吉!」


「また来てくれでやんす!」


「またね~」


 俺は三バカに見送られながら、アルカを背に乗せ、ブラックバーを後にした。

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