第70話 個性は大事
今日は少し早く一人でフレデリカのところにやってきた。セリスと一緒に来たくなかったってのもあるが、それ以上に確認したい事があったからだ。
扉を開けるとフレデリカがこちらを一瞥し、すぐに今まで読んでいた資料に目を落とす。
「今日は珍しく一人なのね。……まぁ昨日あれだけ派手にやり合えば当然ね」
「聞かれていたか」
「あれだけ大声出せば、寝てても耳に入るわよ」
そう考えるとかなり恥ずかしいな。俺もセリスもあん時は周りの視線とか一切気にしてなかったし。
それにしても……。俺はフレデリカの様子を注意深く観察する。
「今日はシルフ達に同行して、薬草の採取をお願いしたいわ」
「シルフか。前聞いた時はずいぶん忙しいって話だったけど?」
「魔族で風邪が流行しちゃってね。その薬の調合に追われてたんだけど、流石に材料が底を尽きちゃったのよ」
「なるほどな。薬草はさっぱりだから、俺に同行してくれるってことか。要はシルフ達のボディーガードな」
「そういうことよ。街の入り口で待っているはずだから」
それだけ言うとフレデリカは自分の仕事に戻った。やっぱりな。俺は自分の考えが正しかった事を確信する。
「じゃあ、行ってくるわ」
「よろしくね〜」
顔も上げずに手を振るフレデリカを尻目に俺は部屋を後にした。
それよりもシルフか。これでフローラルツリーに住む精霊達には全部会うことになるのか。引っ込み思案の水の精霊ウンディーネ、愛くるしさマックスの地の精霊ノーム、うざい火の精霊サラマンダー。さてさてシルフはどんな感じなんだろうな……確実に普通ってことはないだろうけど。
俺が街の入り口に着くと、四人のシルフが待機していた。見た目は薄い羽が四枚生えた人。ただし、サイズは手のひらサイズ。まぁ、姿形は俺のイメージとそう大差ねぇな。
「あんた達が薬草を集めに行くシルフか?」
「あっ、やっと来た!」
俺が声をかけると四人のシルフが俺の周りを飛び回り、目の前で整列した。
「僕達は指揮官さんに守ってもらう四つ子のシルフ!僕はララ」
「リリです」
「ルルだよー!」
「蓮十郎と申す」
ほー四つ子かー……いや、ちょっと待て。
「悪い……もう一回名前を聞いてもいいか?」
「もう!ちゃんと聞いててよ!僕はララだよ!」
「私はリリです」
「うちはルルだよー」
「某、蓮十郎でござる」
ござる!?ござるって言ったよこの子!?一人だけテイスト違いすぎんだろ!こいつら見た目ほとんど変わらんぞ!?
「……一応聞いておくけど、全員女の子だよな?」
「あー!失礼だなぁ!どう見たって女の子でしょ?」
うん、そうだよな。どう見たって女の子なんだよ。名前も女の子っぽいんだよ。一人を除いて。
「……まぁいいか。知っていると思うが、俺は魔王軍指揮官のクロだ。今日はシルフの護衛で来た。よろしく頼むよ」
「はーい!よろしくね!」
「よろしくお願いします」
「期待しているよー」
「背中は任せるでござる」
……うん、俺はもうツッコまんぞ。
✳︎
今日、私は秘書になってから初めて、一人で仕事場に行きました。アルカからクロ様に置いていかれた事実を聞いた時、あぁ、本当に解雇されてしまったんだな、と痛感しました。しかし、これは当然の事でしょう、私はクロ様にあんなにも心無い言葉をかけてしまったのだから。
秘書ではなくなったという事を知った私は、重責から解放されたという気持ちなど一切なく、あったのは何か大切な物を失ったという喪失感だけでした。
本当にこんな自分が嫌になります。いつだって気づくのは失ってしまってからなんですから。
まだ直接口で言われたわけではなかったので少し迷いましたが、フローラルツリーに行くことにしました。
最近はずっとここに来ていたので自然と足が動きます。ですが、フレデリカの部屋の前まで来た時、私は金縛りにあったように身体が動かなくなりました。
おそらく顔を合わせれば直接言われてしまうでしょう。それが恐ろしくて、思わず足がすくんでしまいます。
ですが、ここで立ち往生していても仕方ありません。私は自分を奮い立たせ震える手で扉を開きました。
「あら?上司よりも遅く来るとか秘書失格なんじゃなくて?」
部屋にいたのはフレデリカの1人でした。心の底からホッとしている私がいます。
「…………クロ様は?」
「お生憎様、もう仕事に出かけてもらったわ」
フレデリカがどうでも良さそうに告げます。私は追いかけるべきかどうするか少し悩みました。
「今更追いかけても無駄よ。シルフ達と薬草探しに出かけたから。まぁ、あなたに森を彷徨う趣味があるなら止めはしないけど?」
……相変わらず嫌味な言い方をする女です。元はと言えば、この女がクロ様にちょっかいかけたのが原因なんです。それなのにクロ様がフレデリカを庇うような事を言うからつい……。
いえ、フレデリカのせいばかりではありませんね。短絡的な行動をとった私にも責任があります。
でも、ダメなんです。クロ様が他の女性と仲良く話しているのを見ると、どうしても息が苦しくなってくるんです。特にフレデリカのように綺麗な女性となると……クロ様がとられてしまうような錯覚に陥ってしまうのです。……別に私のものってわけじゃないんですけどね。
手持ち無沙汰の私は、今更帰るわけにもいかず、フレデリカの部屋にある椅子に腰かけました。そんな私にフレデリカがちらりと目を向けます。
「なに?あなたここで待つつもり?」
「……それが秘書としての仕事です」
最後の仕事、と言いかけて私はやめました。クロ様の口から告げられれば諦めも……つきませんが、自分の口から言うのだけは嫌でした。
そんな私にフレデリカがからかうような視線を向けます。
「へー……あんな酷いこと言われて、今日も置いていかれたっていうのに結構な忠誠心ね」
聞かれていた。最も聞かれたくない相手に昨日の話を聞かれてしまっていた。
でも、しょうがないことですね。街中であんな大声で言い合ってたら、聞きたくなくても聞こえてしまうでしょうし。
「秘書として当然の事です」
「立派な秘書だこと。でも、そんな秘書ならあんなこと上司に言わないと思うけど?」
……やはり私はこの女が嫌いです。私の一番痛いところを的確についてきます。
私が何も言わずにいると、フレデリカは妖艶な笑みをこちらに向けてきました。
「残念ね。あんなに人間嫌いだったあなたが心酔する彼の魅力を知ろうと思ったけど、その機会もあなたに壊されちゃった」
「……二人で食事などするつもりもなかったくせに、よくそんなことが言えますね」
「そうね。あなたが止めに入るのは織り込み済みだったわ」
知っていますよ、そんな事。なのに勝手に口が動いてしまったんです。……万が一、食事に行くことになって、フレデリカが彼の魅力に気づいてしまうかもしれないことが嫌だったから。
「でも、指揮官様が私を庇ったのは想定外……本当よ?」
そうでしょうよ。でも、あの方はそういう人なんです。クロ様と付き合いが短いあなたには理解できるわけもないですけどね。
「やっぱり男っていうのは単純な生き物ね。胸を身体に押し付けて、少し上目遣いで頼み事をするだけで、ほいほい言うことを聞いてくれるんだから」
……それはクロ様の事を言っていますか?あなたの目にはあの人が他の男と同じように写っているのですか?
「指揮官様は違うと思ったんだけど、どうやらあてが外れたようね。あなたと仲違いした翌日なのに、私の所に一人で来て、いつも通り依頼を受けてくれたんだもの」
あぁ……やっぱりクロ様の事なんですね。ということはフレデリカの目は相当節穴という事です。
「あんな愚かな男のどこがいいのかしら?」
フレデリカが白けた目を向けてきました。その仕草よりも問いかけの内容に若干憤りを感じます。
「……なにが言いたいんですか?」
「結局、魔王軍の指揮官とか偉そうな役職についているけど他の男ども同様、取るに足らない男だってことよ」
……やはり私はあの人の事がどうしようもないくらい好きみたいです。だって、あの人の事を悪く言われただけで、こんなにもはらわたが煮えくりかえってしまうのですもの。
「だからあなたがあの男に執着している理由が───」
「あの人の事を知らないあなたが、知ったような口であの人を語るな」
あぁ、やってしまいました。思わず乱暴な口調になってしまいました。でも、今はこの怒りを抑えるつもりはありません。
フレデリカは少し驚いた様子でしたが、すぐに目を細めて私を見てきました。正直どうでもいいです。
「…………随分な口ぶりね」
「事実を申したまでです。これ以上あなたと会話をしていても不毛なので、私は黙ってここでクロ様を待たせていただきます」
「そう……」
それっきり私もフレデリカも口を閉ざしました。
部屋の中を沈黙が満たします。でも、別に気まずいなんてことはありません。今はただクロ様に会いたいです。そして願わくば、あの人の秘書であり続けたい。今の私の頭の中にはそれしかありませんでした。
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