【アイドルと探偵編】第3話

「守る? 魔法で?」


 エルメラルドの言葉にマネージャーのライドは首を傾げた。

「はい。ほら、アンナさんが身につけていた、このペンダントの破片を見てください。これは魔石と呼ばれる魔力を秘めた石です。魔石とは言いますが本当は石ではなく魔樹木の樹液を錬金術師が加工して硬度を出したものなのです。まあそれは話の筋とは違うので置いておいて、この魔石は魔道具と呼ばれる品物で、魔力を持たない人でも魔術が使えるという素晴らしいアイテムなのです」

「そんなのがあるんだ」

 ミライが横で感心しているが、魔術都市に住んでいるのに知らないとは、とんだ世間知らずだとエルメラルドは思った。

「結構高価なんで普通の人にはなかなか手が出しにくいんですけどね。ともかく、この魔石は今は青白く変色していますが、元々は赤色の魔石だったと思います。誰か、砕ける前のネックレスを見ていませんか?」

 ぐるりと周りを囲む野次馬に聞く。

「見た……。確かリハの時に見た。その時は赤かった気がする」バンドメンバーが証言する。

「よかった。当たりですね。つまり、この魔石は魔術を使った結果、魔力を解き放って砕け散ったというわけです」

「アンナが魔石で魔術を使ったとでも言いたいのか」

「ええ。もしかしたら、サカキさんがアンナさんを殺そうとしたのではなく、アンナさんがサカキさんを殺そうとしたのかもしれませんよ」

 言い終わってエルメラルドはサカキを見た。それまで俯いていたサカキが目を見開いてこちらを見ていた。

「ち、違う! それは違う!」

 サカキは震える声で叫んだ。するとエルメラルドは待ってましたとばかりに頷いた。

「そうです。それも違うんです。サカキさんがあまりにだんまりなので、意地悪してしまいました。実はアンナさんが使用した魔石のネックレスは、魔術士にとってはそれほど珍しいものではないんです。むしろ身近なものなんです。えっとですね。ちょっと言いにくいんですが、アンナさんがつけていたネックレスは自決用なんですよ」

「自決……て自殺ってこと?」

「そうです。五〇年前の戦争で魔術士に賢王会議から配られたものです。魔法使いに捉えられて捕虜になるなら自決しろ、と。戦時中は魔法使いは鬼畜だと教えられてましたからね、本当はそんなことないんですが。そんなものをアンナさんは身につけていたのです。魔術を発動したということは自らの命を絶とうとした、ということでしょう。そうですよね。サカキさん。いい加減、真実を話してください。私は早く別のバルに行って酒と音楽を楽しまなきゃいけないんです。本当は土曜の夜に探偵っぽいことはしたくないんです」

 エルメラルドが促すと、観念したようにサカキは顔を上げた。

「ああ。そこまで知っているのなら……わかったよ。全部話すよ」

「ご協力、感謝します」

「俺とアンナは付き合っていた。けど人気バンドのボーカルと魔法使いの男だ。世間に知れればせっかく波に乗り始めているバンドなのに悪い噂が立つ。だから俺は彼女の未来のために別れを決意した。俺は彼女の夢を応援したかったんだんだよ。だけど、別れ話がこじれてしまって、最後にライブに来てと言われてのこのこ来たんだが、彼女はあのネックレスで俺の前で死のうとした」

「それであなたは魔法を使って彼女の凶行を止めようとしたんですね」

「そうだ。本当は人前で魔法なんか使いたくなかったけど、アンナを失いたくはなかった。でも、俺はそこまで魔法が得意じゃない。だから完璧に防ぐことはできなかった」

「でも、あなたのおかげでアンナさんは一命を取り留めたんですから、自分を責める必要はないですよ」

 エルメラルドがサカキを慰める。

「……と、まあこれが真実なわけですが、マネージャーのライドさん。いかがですか?」

 二人の会話を黙って聞いていたライドに尋ねる。ライドは神妙な面持ちで口を開いた。

「アンナが魔法使いのサカキと付き合っているのは知っていた。だけど、アンナがそこまで思いつめていたとは知らなかった。俺はマネージャーだってのに彼女の心までケアできなかった。サカキが魔法使いだということだけで、別れるように言ったこともある。俺の浅はかな考えがこの悲劇を生んだんだ。アンナにもサカキにも謝らなければならない。……すまなかった」

 ライドはサカキの前で頭を下げた。

「偏見でものを見ると真実も歪んで見えてしまいますからね。ですが、今回はアンナさんも無事ということで、大ごとにならずによかった。今後、サカキさんとアンナさんがどうするかは、私には関わりがないので意見はしませんが、両方にとって良い選択がなされることを願います」

 これにて一件落着、と言わんばかりにお辞儀をして、エルメラルドは輪の中心から離れた。

「探偵さん。ありがとう。よし、ひとまずサカキはアンナのそばにいてくれ」

 ライドはマネージャーらしくテキパキと指示を出し始めた。エルメラルドは手をあげて返事をしてミライの隣に戻った。ミライは手を叩いて迎えてくれた。

「すごい。エルメラルドさん。見かけによらず、ちゃんと探偵してたわ」

「なんだよ。見かけによらずって。まあ今回はアンナさんが身につけていた魔石のことを知っていたから分かっただけで、別に推理らしい推理もなかったよ。私がいなくても警察がきちんと調べればすぐにわかることだしな」

「そんなことないよ。感心しちゃった」

「それはどうも。先入観を持たずに、客観的に見れば真実が見えてくるってことさ」

「なるほどねー。ウンウン。勉強になったよ」

「とはいえ、偏見や差別意識ってのは無くならないからね。こんな悲劇を生んでしまうんだ。さ。酒でも飲もう。なんか酔いも冷めちゃったよ」

「うん。でも、ちょっと待って」

 そう言ってミライはステージを見た。アンナを除く亜人バンドのメンバーが楽器のセッティングをしている。

「ん? ステージがどうした? ボーカルがいないのに、ライブやるみたいだな」

「インストでやるのかしら……。あ、そうだ。いいこと思いついた」

 パッと顔を明るくしたミライが振り向く。

「いいこと?」

「ええ。さっきあなたが言ってたでしょ。先入観を持たずに、客観的に見ることが大事だって。それを証明してあげる」

「……は?」

 エルメラルドがぽかんとしていると、ミライは「待っててね」と言い残し、ずいずいとステージの方へ行ってしまった。

 マネージャーや亜人のメンバーに何か話しかけている。話しかけられたメンバーたちは初めは戸惑ったような顔をしていたが、ミライが何かを言うと、急にかしこまったような驚いたような顔をして、すぐにミライをステージにあげた。

「おいおい、あいつ。何をする気なんだ」

 テキパキと準備を進める亜人バンド。体も大きく、筋肉もモリモリの亜人たちの中に入ると女性のミライはより一層小柄に見える。ステージの真ん中で屈伸をしたり腕を伸ばしたりして、準備を始めた。客席も謎の乱入者に戸惑った空気を醸し出していたが、準備が進んでいくと若者を中心に次第にざわめきが広がり始めた。

 客席の空気が変わっていくのを感じてエルメラルドは不思議に思った。

 準備が終わると、ミライは後ろを向いてバンドのメンバーに何か声をかける。バンドのメンバーたちはミライの言葉を真面目な顔で聞くと頷いた。

 ミライが振り向く。センターマイクの前に立つ。オシャレに揃いのスーツを着る亜人のメンバーの前に普段着のミライだ。場違いすぎる。帽子を目深にかぶったままで、ミライはすうっと息を吸う。

「あいつ、本当に歌う気か?」エルメラルドがまさかの展開に驚いていると、ミライが喋り出した。

「えーっと。みなさんこんばんは。ナイトウォーカーズです」

 舞台の上でも物怖じしないしっかりした声だった。その声を聞いた最前列のお客さんがざわざわとし始めた。そりゃそうだ。人気バンドの演奏を見にきたら、どこかの素人が我が物顔でセンターに立っているのだ。文句の一つでも言いたくなるだろう。

 もう、一体何をしているのだ。見てるこっちが恥ずかしくなるようなことはしないでくれよ、とエルメラルドは頭を抱えた。


「今晩はボーカルのアンナさんが体調不良ということで、突然ですが、わたしが代役として参加させていただきます」

 その言葉に客席のざわめきが大きくなる。すると、ギターを持った亜人がサポートマイクを握りしめた。

「みんな、紹介するぜ。俺もまさかこんなところで会えるとは思わなかった、あとでサインもらっちゃお。今夜の特別サポートボーカル。ライミィ・ウェスパイネだ!」

 叫ぶと同時にドラムが賑やかしのシンバルを叩く。センターマイクの前に立つミライが帽子を取って観客席に投げた。

 その瞬間、観客席の戸惑いのざわめきは爆発するような大歓声に変わった。女性の黄色い悲鳴。若者の雄叫び。スーパースターが現れたような大歓声だ。

「なんだなんだー!?」エルメラルドは声援の凄まじい圧力に吹き飛ばされそうになりびっくりした。

「じゃあ一曲目! まずはスタンダードなこのナンバーから行ってみよう!」

 ドラムがカウントを取って、ギターがイントロを奏でる。十数年前に流行ったメロディだ。誰でも知っている曲。ミライはマイクをスタンドから外して片手に持つ。イントロが終わると、マイクを持ったミライが笑顔で一歩前に踏み出した。

 その涼やかで伸びのある歌声を聞いて、エルメラルドはようやく気がついた。

 定食屋でオヤジが流していたラジオ。あのラジオで流れていたアイドルだ!

 魔術都市サルカエスで今一番のアイドル。ライミィ・ウェスパイネ。金色の髪に赤い瞳。ルックスも踊りも完璧のスーパーアイドル。

 こんなへんぴなバルには不釣合いのアイドルが、亜人の演奏に足先でリズムを取りながら笑顔でボーカルを取っている。さっきまでは気怠そうな地味そうな男だか女だかわからない顔をしていたのに、ステージ上ではキラキラと眩しい輝きを放っていた。

 普段着なのに、全然ステージ映えするメイクもしていないのに、サラサラの金髪を揺らし、赤い瞳をウインクさせて、会場に元気を振りまいている。先ほどのゴタゴタなど誰もが忘れるほど、一瞬で今夜は彼女のものになってしまった。


 アイドルなんて、と馬鹿にしていたエルメラルドなのに、気がつけば自然と体がリズムに乗っていた。鼓膜を震わす彼女の歌声に心を揺さぶられている自分に気がついた。


 ステージはあっという間に終わった。本当に一瞬だった。ステージの振る舞いはもちろん、曲の合間のトークも、ギターソロの最中の盛り上げ方も、完璧だった。ただ音楽を聴かせるだけのミュージシャンとは違う何かがあった。


……そうか、これがアイドルなのか。


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