15話 アメンチア
次の日、校内は一つの話題で持ちきりだった。体育教師が逮捕された事も大いに賑わいを見せたが、こちらの話題性に掻き消された。
通り魔の出没。
今度の被害者は、僕の学校の男子生徒三名だそうだ。彼らは放課後、三人で歩いている所を何者かに刃物で切りつけられた。幸い軽傷で済んだらしいが、今は病院で治療を受けているそうだ。警察は、今迄と同一人物による犯行である考えているとニュースでは言っていた。
僕は混乱していた。
初めの被害者であるバイト先の常連の二人と彼ら三人には全く共通の点はない。犯人は僕のストーカーである、という推論は打ち砕かれたことになる。
全校生徒は事件に怯え、授業どころではなかった為、半日授業となった。
僕と夢廻は、帰りの通学路を歩いている最中だった。
「どういうことでしょう」
「わからない。僕達の考えすぎだったのかも知れない」
「もし犯人が鈴くんに関係のある人物であれば、次に狙われるのは確実に私であった筈です」
「今回の事件は模倣犯という可能性もある」
「前回までの事件の犯人は、鈴くんの関係者、今回は全く関係のない別人、と言うことですね」
「ああ。前回殺された二人は、僕と会っている回数が特に多い二人だった。その二人がピンポイントに殺されて、僕が全く関係ない、というのは考えにくいんだ」
「成る程。それに前回は殺人、今回は軽傷ですからね。別人と考えるべきかもしれません」
「だな…」
「そもそも、何故警察は同一犯だと思ったのでしょうか」
「刃物の傷とかじゃないのか」
話していても答えは一向に出そうになかった。ひとつだけ確かな事は、よりこの辺りが物騒になった、という事だけだ。
「窯隅…か」
何となく思い付いた人物を口にしてみる。
「彼女は精神科の隔離病棟に移されました。抜け出して犯行に及ぶことは出来ません」
「そうだったのか」
それを聞いて、僕の胸の中には罪悪感のようなものが芽生えようとしていた。僕は彼女を壊してしまったことを再認識する。
「鈴くん」
気がつくと夢廻が僕の前に立っていて、両手を握ってくれていた。温かい手だった。
「鈴くんのせいではありません」
「…」
「いや僕のせいだ」
「鈴くん!!」
「でも、関係ない。僕は全てを背負って進むと決めた。迷わない。後悔はない」
「鈴くん…」
そう、全ての罪悪を受け入れるのが僕だ。押しつぶされる事はあり得ない。子供の頃から、そうやって身を守ってきた。暴力、叱咤、迫害。そんな巨大な障害を、空想世界へ逃げるだけで乗り越えられる訳が無い。全ての理不尽を受け入れて、今ここにいる。
そして僕は決意する。そろそろゲームは終わりにしよう。
「夢廻、犯人を捕まえる」
僕は受け入れる。夢廻を守る為なら、どんな罪悪さえも。
*
私は彼を愛している。故にどんな事も厭うことはない。ある目的を果たす為に、私はこっそりと家を抜け出していた。それは、彼が望んだことだ。
時刻は深夜2時。場所は人気のない公園だ。この街は、人通りの少ない道が多い。当然、公園の周りにも人は居なかった。特に今は繰り返しニュースで放送されているあの事もある。余程の物好きでなければ深夜に外出する人は居ないだろう。ここは人殺しをする為には、絶好の場所だ。
私はベンチに座り、その時を待つ事にした。五分ほど経っただろうか。一人、私に真っ直ぐと近付いて来るのが分かった。
「どうも」
私はその人に話しかける。
「いい夜ですね」
その人物が返答を寄越す。その口調は穏やかなものだった。
私は立ち上がり、その人物をしっかりと見据えた。
「殺されに来るとは物好きですね」
私はそう言い、ナイフを取り出す。
「あはは!あなたこそ私の男を誑かした罪を償え!」
相手が喚き散らす。
「意味がわからない」
「目障りなんだよ!急に現れて!」
相手が叫びながらゆっくりと接近して来る。何時の間にか右手には、ナイフが握られていた。人を殺すための道具、ダガーナイフだ。
それでも、私は彼の為ならば、恐れない。
「あの時の再戦ですか」
私は冷静に返答をした。
そして、今ここで斬り殺す覚悟をした。
「そこまでだ!二人とも!」
受けて立とうとした次の瞬間、その場に大きな声が響き渡った。
「夢廻、ご苦労様」
「はい、鈴くん」
ゆっくりと彼が近づいてきて、私の側に停止した。
彼の声は私を救ってくれる唯一の声だ。彼の為になら何時でも死ぬ覚悟が私にはある。
初めは罪滅ぼしのつもりだった。
私は許して貰えないほどの罪を犯している。今でも、私の罪は打ち明けられていないが、いずれ打ち明けるつもりだ。そして今は罪の意識を度外視しても、彼が愛しくて堪らない。例え、囮でも何でも引き受ける。それが、彼の望む事であれば。
そして彼が私たちの向かいに立つ人物の名前を呼んだ。
殺人鬼の名前を、呼んだ。
「いい夜だな、麻倉紅葉」
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