赤と青

菊郎

赤と青


「赤を切るべきか青を切るべきか、それが問題だ」

 訓練時代。爆発物処理班の先輩は食堂でよくそう言った。だが、赤と青の線でつながった爆弾が出てくるのは創作の世界であって、現実ではあり得ない。そう指摘すると、

「K、平和に貢献した者に与えられる最高の栄誉も、爆薬から生まれたんだぜ」

 と言って先輩は、憐憫の目をこちらに向けたものだった。


 都内の雑居ビル二階にある事務所で、現在のKは所長の椅子に腰かけていた。右手に持ったペンチが、小刻みに震えている。

 机の上には爆弾が置かれていた。黒い正方形をした箱の中には、一ダースはあるであろうダイナマイトの束が括り付けられており、機械を通して赤と青の線がつながれているのだ。ダイナマイトのすぐ横にはタイマーが表示されている。

 残り五分。

 爆発物処理班の一員である以上、爆弾と向き合うのは当たり前なのだが、いざ実際に対峙してみると否応なく緊張するものである。

 どうしたものかと悩んでいたところ、無線が鳴った。

「終わったか」

 先輩の声だった。

「いえ、まだです」

「爆弾はあとどれくらい持つ」

「えっと……三分二十五秒ですね。いま二十四秒になりました。二十三、二十二、二十一」

「秒読みはしなくていい。型はどんなだ」

「……赤と青の線があります」

「俺の教えを実践する時が来たな」

「先輩の陰謀ですか」

「お前ひとりを驚かせるために、周囲五百メートルに避難勧告を出させたと言うのか」

「はい」

「爆弾を仕掛けた奴に感謝しないとなあ」

 Kは無線を切った。生産性のない会話のせいで、残り時間は三分を切っている。

 爆弾は液体窒素で装置ごと不活化させて運ぶのが定石だが、今回のブツは律儀にも、「凍結・衝撃厳禁。爆発の危険性あり」と書かれた紙が蓋の裏側に貼られていた。どう作ったら、凍結により起爆する爆弾を作れるのか。そもそも危険性を憂慮するなら最初から爆弾など作るべきではない。

 こけおどしとも取れる。だが確証もなかった。


 ペンチを持ったまま爆弾と睨み合っていたKは、とうとう先輩に指示を仰ぐことにした。

「まだ吹っ飛んでなかったか」

「教えてください、こういう時はどう対処すればいいのですか」

「前から散々言ってただろ」

「一度も訊いてませんでした」

「……赤と青、ふたつにひとつ。お前の心に問え」

「要は勘ですか」

「勘じゃねえ、だ。これまでの人生で形成された自分を信じろ。その選択は正しいはずだ」

「無理ですよ」

「怖いか」

「そうじゃありません」

「ならいけるはずだ」

「絶対に無理です」

「じれったいな。赤と青の線だろ」

「はい、赤と青の線・・・・・です。選びようがありません」



 

 

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赤と青 菊郎 @kitqoo

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