第2話 恋人は紳士服?

ミリアは 外に人がいないことを 確かめると 衣裳部屋から出て、 その足で バルコニーに向かった。


お父様には悪いけど これも娘の為。

( 許して)

私の成績が上がれば お父様も嬉しいはず。 と 都合よく自分の行動を正当化。


もし バレそうになったら クリーニングに出していると 言えば 何とかなるだろう。

そう 楽観的に考える。


ミリアは 約束通り お父様が この前仕立てたばかりの 服 一式を悪魔に渡す。


悪魔が ニヤニヤしながら 服を 受け取ると 手のひらで撫でる。 それが終わると 今度は 目を閉じて 、まるで女性の体を 愛撫するかのように 指先で優しく 縫い目をなぞる。


時に大胆に 時に繊細に 強弱をつけて 細部に至るまで 念入りに 触っていく。

私だって 新しいドレスに 袖を通す時は 嬉しくて 撫でることもあるけど その上をいっている。


今にも ジャケットに 頬ずりして 愛を囁きそうな勢いに、ミリアは本気で引く。

変態だ。 手つきが凄く いやらしい。


(確か こう言うのを・・・)

フェチだ。 洋服フェチだ!

対価に 要求するぐらいだから 筋金入りだ。


そういう性癖なのかもしれないが、それだけでも恐ろしい。 個人の趣味を 尊重しているが、 服が恋人なんて・・。 何より不毛だし 哀れすぎる。


満足したのか 悪魔が、 口元に笑みを浮かべて 目を開ける。

怖い。 怖すぎる。


機嫌を損ねないように ひきつった笑みを浮かべるのが精一杯。

「はははっ、ははははっ、はっ、はっ・・」


悪魔が服を放り投げる。さっきまでは 大事に扱ってたのに、飽きたらしい。


放り出された 服が空中を旋回し出す。

どうなるのかと 見ていると 生地がバラバラになって 、とうとう糸の状態にまで戻ってしまった。


唖然としていると 今度は セーターを編むみたいに どんどん上から服になっていく。

気づけば お父様と同じ服に変わっていた。


着替えるなら 部屋を貸したのに。そんな 仰々しいことをしなくても・・・。

悪魔がパチンと 指を鳴らして 鏡を出す 。

その前でポーズを取って 見栄えを確かめている。


「よし! これで エスティーに馬鹿にされないな」

「 エスティーって誰ですか?」

「 お前は関係ない。 さっさと願いを言え!」

悪魔が ぴしゃりと質問を跳ね返す。


エスティーという人が 誰かも気になるし、 突っ込みたいところは 沢山あるが、 それより大事なのは 明日のテストの点数だ。


「えっ、あっ、はい」

「待て! いくら悪魔でも 人間に干渉するにあたって 制限がある」

いざ言おうとすると 手を突き出して止められた。


「 面倒なんですね」

「 嫌なら 交渉決裂だ。・・ 折角 お前の願いを叶えてやろうと思ったのに 残念だよ」

「 いえ、いえ。 どうぞ仰ってください 」


帰る素振りをした悪魔の 腕を がっちりと 掴んで 引き留める。ここまで 来たのに 今更 へそを曲げられては困る。


嘲るような目で 悪魔が私を見ていたが、 腕を振りほどかれなかったので 大丈夫ぽい。


「 一つ目は、人間を直接 殺すことが出来ない。 私が 出来ることは 毒薬や 武器の用意 、もしくは逃げられないようにしたり・・。 つまり とどめは人間がしろということだ 」

「そんな 物騒な 願いではありません」

首を振って 強く否定すると 悪魔が物足りなさげな顔をする。やはり、悪魔を召喚する人は そういうことを願うものなのね。


「 そうか 。二つ目は、 建物に入るには 相手の 了解 が必要だ。 公共の場は 例外だが。建物に 入らなくてはいけない場合は お前が手引きしろという事だ 。分かったか!」


勝手に人を殺している イメージがあるが 、現実は厳しい制限があるらしい。

ミリアは、 どちらも問題ないと 返事をする。

「はい 。大丈夫です 」

「では 、お前の望みを言ってみろ」


「 明日 フランス語のテストが 返却されるんですけど 。その ・・バレない程度に 点数をちょっと増やして欲しいんです 」

ミリアは片目を瞑って 親指と人差し指で 量を示す。すると 悪魔が、 目を見開いて 私を見る。

「・・・」

「どうです。 出来ますか?」


細かい仕事は 苦手なのかしら? 例え、苦手でも ここはやってもらわないと。

「 簡単です 。ジェニファー・ ブラウンって言う。・・あっ、 ジェニファーは 私の親友で 、フランス語の成績が良」

「・・分かった」


私の依頼内容を 物言いたげに 聞いていたが 、途中で遮った 。どうやら、理解してくれたようだ。

「 ありがとうございます」

ミリアは 悪魔に向かって ふかぶかと 頭を下げる。

助かった これで安心して寝れる。


***


ダリルは 余りにも おそまつな願い事に 言葉を失っていた。


わざわざ悪魔を召喚してしまで 願うことか ?

断ろうかと思ったが 容易な方がすぐ終わると 請け合うことにする。

さて、契約も決まったし 街へ繰り出すか。


食事をしながら ワインを飲んで その後は ゆっくりベッドで・・・。

これからの予定を考えていたダリルの思考が、 停止する。 そうだ 。泊まる場所が決まってなかったんだ 。


ダリルは改めて 屋敷の周りに視線を巡らす。

王都近郊の森の中にある 100坪ほどの小さな三階建ての建物 。木造で 四つ葉型の 刳り貫きが、ほどこされた ティンバーが全ての 外壁に張り巡らされている。


裕福でも無いが 、貧乏でも無いというところか・・。

一泊ぐらいは 我慢できそうだ。


ダリルは 木箱に荷物を詰めて 部屋に戻ろうとする小娘の 後ろをついていく。

すると、小娘が こちら振り返って 不審そう目で見る。

「 まだ何か、 御用があるんですか?」

「 今晩は ここに泊まってやろう」

「はっ? 何言ってるんですか。 私は伯爵令嬢ですよ。 悪魔のあなたには 分からないでしょうけど、 未婚の娘が 家族以外の男性と 一緒にいるところを見られるだけでも 大スキャンダルなのに 泊めるなど 言語道断です」


ダリルは 自分の命令をきっぱりと断る 小娘を睨みつける。

泊めろ と言っただけなのに まるで貞操の危機とでも 言いたげな態度だ。 何が未婚だ。私が人間ごときに 手を出すわけがないだろう。

全く 呆れ果てる。


断られるのは 想定済みだ。 だからと言って 引き下がるつもりは無い。

しかし 面と向かって 断られるとムカつく。


「 たったの一晩だそ。客間くらいあるだろう。けち 臭い奴だな 」

「どうして 私の家に泊まりたがるんですか?」

下心などお見通しだと 小娘が 軽蔑の眼差しを向けてくる。 女からこんなふうに 見られる事は無かった。初めての事に 少なからず ショックを受ける。

大抵の女は 殺気立った目か 、色目だ。


「私にだって 好みはある。 お前は私の理想と 正反対だ 。私は知的で 美人で 色気のある女が好きなんだ 。お前みたいな 青臭い餓鬼など 歯牙にもかけない」

「・・ だったら 知的で 美人で 色気のある大人の女の人の所に 行けばいいじゃないですか。 こんな 青臭い餓鬼に頼まなくても」

「っ」


小娘が怒って 反撃して来る。

内心しまったと思ったが 遅かった。 女という生き物は 他の女と比較されるのが、 一番嫌いだと知っていたのに・・。 こうなっては 小娘に何と言っても 無駄だな 。


黙った私を ふんと鼻先で笑うと 小娘が ガウンの裾をつまんで カーテシーする。

「 それじゃあ お休みなさい 」

「くっ」

このままでは 締め出されてしまう。 こうなったら 実力行使だ 。


部屋に入ろうと 小娘があげた ドアを 掴んで自分の体をねじこませる 。

「ちょっと 往生際の悪い 」

「私は お前の学校が どこにあるか知らないんだぞ 。どうやって行けと言うんだ 」

「それは ・・明日、教えますから 今日のところは お帰りください」


「たどり着けなかったら フランス語は 追試だな」

「なっ」

完全な脅しに 小娘が力づくで 追い出そうと 体を押してくる。 ビクともしないと分かると 目を吊り上げる。 余裕の笑みを返すと、今度は胸を殴ってきた。 しかし 痛かったのか 小娘が自分の手に 息を吹きかけている。


「 素直に泊めないからだ 」

いい気味だと ニヤニヤすると 肩を小突かれた。 「嫌だって言ってるでしょ」

「嫌だ。ここに 泊まる」

お互いに 一歩も引かず 火花を散らしながら 睨み合う 。


いったいこの娘は何だった。 悪魔相手に 強気な態度 。それが、なんだか 面白い。

誰もが自分に ひれ伏す。 それなのに たかが人間の、しかも女が 私に歯向かってくる感覚を新鮮に感じていた。


***


泊める泊めないで 揉めていると お父様の声が ドア越しに聞こえる。


「ミリー。まだ起きてるのかい?」

大変!

ドアを開けられたら 男を連れ込んでいると 勘違いされて しまう。


返事をしながら 悪魔の隠し場所を探す。

「 ごめんなさい。 すぐ寝ますわ」

ところが、 悪魔がドアを勝手に開けてしまった。


慌ててドアの裏に隠れて 悪魔の袖を引っ張るが 振り切られる。 仕方なくミリアは 一人お父様の視線に入らないように 小さく体を丸める。


部屋の中に 廊下から漏れた灯りが 三角形を作ると その中に お父様の影ができる。

もう駄目だ 殺される

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