悪魔の助手になりました(暫定)

あべ鈴峰

第1話悪魔が来たりて説教する

時計塔の鐘が 12時を鳴らし始めると 闇を照らしていた月に スーッと扉が浮かび上がる。

カチャリと音を立てて 内側から一人の男が出てきた 。


涼やかな風をうけながら ダリルは、 眼下に広がる 明かりの多さに目を見張る。


前に王都に来た時とは すっかり様変わりしている。 煉瓦造りの家、 どこまでも続く石畳、 夜道を照らす街灯、 行き交う馬車の数、 格段に生活は向上している。


それを確認すると ダリルは笑みを浮かべる。

( なかなか 刺激的な暮らしになりそうだ)


さて 今一番の問題は 今夜 泊まる場所が無い事だ。 準備が整う前に 出発したので このままでは 野宿するはめになるが 、それだけは 避けたい 。


ダリルは 耳を澄まして カモになりそうな人間を 探し始める。

直ぐに 人間たちの 欲望や妬み嫉みの声が聞こえてくる。 その中に混じって 鈴を転がすような 、うら若き乙女の声が 耳をくすぐる。


どうせ 一夜を共にするなら オヤジより美女の方が良いに 決まっている。


ダリルは 声のする方へと 歩き出す。


***


ミリアは ガウン姿のまま バルコニーにラグを敷いて 果物やお菓子、 お酒をお供えする。

これで 、なんちゃって祭壇の出来上がり。


「 どうか どうか 、神様。 仏様 。・・女神様。・・ 幽霊でも ・・・悪魔でも構いません。 兎に角、 誰でも良いので 私の願いを聞き入れてください。 本当に、 本当に、お願いします」


何度も そう言いながら 一生懸命 手を擦り合わせては ひれ伏す。


フランス語のテストが 返却される前夜は 毎回こうして 儀式を執り行っている。

ミリアは 口を動かしながらも 、心の中では フランス語への愚痴が止まらない。


どうしても 生理的に合わない。 あの木を括った 喋り方で 話をされると 馬鹿にされているみたいで 不愉快な気分になる 。


それなのに フランス語が必修科目で その呪縛から逃れられない。 フランス語が 喋れるのが、 そんなに偉いのか! と 、言いたくなる ほど 女学院の中でも 成績の優秀な生徒が、 踏ん反り返って 幅を利かせている。


しかも 、教師までもが 依怙贔屓して 成績の悪い生徒たちを 虫けらのように扱う。


百歩譲って それは許そう。

成績が悪いんだから 虫けら扱いでも構わない。

だが 、補習という名の地獄が あることが耐えられない 。放課後 しかも2週間。

嫌だ!絶対嫌だ!


毎日の授業だけでも 嫌なのに、 どうして好き好んで 補習を受けなくてはいけない。 入学してから 毎回この地獄を味わっている。 今年で5年。 匙を投げるには 十分な年月だと思う。


どうして、 諦めないんだろう?

エルザ先生の 執念深さには 恐れ入る。

それとも、 私をいたぶるのが趣味?


ミリアは 拝むのを止めて 爪を噛む。

一度も 及第点を取れないのは 私に問題がある?


それとも 教え方が悪い? それを認めたくなくて、ずっと補習を繰り返してる ?


(あぁ〜 もしそれなら 最悪!)

ミリアは 頭を抱える。


***


声を頼りに来てみたが・・・。

ダリルは、 早くも後悔していた。


緩やかなウェーブを 描く金髪、 小さな卵型の顔には 形のいい眉。 大きな瞳は 菫の花のような 深みのある紫色 。背は自分より頭 一つぶん低く、 華奢な体は 簡単に折れそうなほどだ。


完璧な美少女だが、 その口から出る言葉は 百年の恋も冷める 内容だ。

星の数ほど 人間を見てきたが 、これ程 見た目とのギャップがある 伯爵令嬢は初めてだ。


***


視線を感じて 顔を上げると 黒い帽子に マントを纏った 大柄な男が 値踏みするように私を見下ろしていた。


年の頃は 20代後半で 漆黒の髪に 金色の瞳。 高い鼻に 薄い唇 の精悍な顔立ち。

ミリアは、 初めて 美しいことを 恐ろしいと感じて 目を背ける。


これは 関わったらダメなタイプの人だ。

一目見ただけで 分かる。

「・・・」

「・・・」


沈黙に 押しつぶされそうになりながら、 そろりと様子を伺う。驚いた事に 男はバルコニーの手すりでなく、 空中に立っている。

物音も聞こえなかったし、 横目でドアを見たが 開いた形跡も無い。


こんな事が出来るのは ・・人では無い。

漂わせる雰囲気からして 悪魔だ。 まごうことなき 悪魔だ。 人間の服を着た 変わり者の悪魔だ。


(・・・ つまり・・来たの?・・ 悪魔が ?・・私の為に?・・)

口を開こうと思って悪魔を見るが、 私を見る瞳には 温かみの欠片もない 。私のことを 取るに足りない存在だと 目つきから ハッキリと感じられる。


しかし、 だからと言って 立ち去る気配が無い。

私からの 言葉を待っている?

「・・・」

「・・・」


ミリアは、小さく嘆息する。

日頃の行いが悪いからか こんなハズレしか来ないのかも・・・。 チェンジという言葉が 出かかったが 、首を振って止める。


本音を言えば、 神様が良い。

でも、 やっと私の祈りに 答えてくれたのだから 贅沢を言ってはイケない。

もしかしたら 優しい悪魔かもしれない。 一縷の望みを願って 声を掛ける。


「 お待ちしていました」

「 誰が、 しゃべって良いと言った!」

冷淡な声音に 一縷の望みは、 木っ端微塵に砕け散る。 世の中そんなに甘くない。


それにしても、 私は見る表情が 明らかに機嫌が悪い。 初対面のはずなのに、 何が気に入らないのか・・。


しかし 、このままでは 埒が明かない。

でも、言葉意外で どうやって許可を得ればいいのか・・。


心の中で念じれば 伝わる?

もしそうなら 今頃殺されている。

(・・・)

挫けそうになる自分に 激を飛ばす。

( 明日を乗り切るためなら、 ここで引き下がっては 駄目よ。 勇気を出さなくちゃ)


ミリアは 喘ぐように息を吸って 喋りかける。

「あっ、あの・・・私の願いを 叶えるために 来て下さったんですよね?」

「 誰が ?まさか、 私の事を言っているのか?」

悪魔が後ろを振り返ってから、自分を指差す。


ミリアは 激しく同意する。

「 そうです」

「 どうして私が、 お前の願いを叶えないと イケないんだ ?」

訳が分からないと 悪魔が首を振る。


「 だって、 召喚されて来たんでしょ」

ミリアは お供え物を見る。 願いを聞いてもらう 為には、 対価が必要だと聞く。


「はぁ? こんな物で、私を 召喚したと言うのか? 有り得ない!」

くだらない物だと言うように 悪魔が、祭壇を蹴る。 ミリアは 落ちた果物を拾い集めながら頷く。


「召喚の 魔法陣はどうした? 呪文は何と 唱えた?」

「 魔法陣は このラグです。 円形だし 何か模様が書かれています。 呪文は 『どうか どうか 、神様。 仏様 。・・女神様・・ 幽霊でも・・・ 悪魔でも構いません。 兎に角、 誰でも良いので 私の願いを 聞き入れて下さい。 本当に 、本当に 、お願いします』」


再現して見せると こめかみを押さえて、頭を振る。

「そんなもので 悪魔が召喚できると 思っているのか!」

「 でも、 来たじゃないですか」

呆れ返った悪魔が ラグを掴むと 、私の顔に押し付ける。


「このラグの模様は蔦だ 。蔦が絡まってるだけで 、何の意味も無い。 それに 呪文は決まってる。 そんな適当な言葉で 悪魔を召喚できると思ってるのか? どこまで無知なんだ 」


ミリアは ラグを手で払いのける。

全く のこのこ来たくせに 文句ばかり。

もっと高級品が欲しいなら、 回りくどい事を 言ってないで そう言えば良いのに・・。


ミリアは 立ち上がると 真っ直ぐ悪魔の目を見る。 邪険な目で見返されたが、 負けじと言い返す。

「 お供え物が 不満だったら、 欲しいものを言って下さい 」

「お前は 、人の話を聞け!」

「 だ・か・ら 、何か欲しいか言ってください」


ミリアは 絶対に逃さないとばかりに、 悪魔のマントを掴んで 必死に引き止める。

「 お前みたいな小娘が 私を満足させる品物 を用意できるはずが無い 」

「そんなの言ってみないと 分からないじゃないですか !・・お金ですか ?」


補習が決定するたびに、 お母様が寝込んで、 お父様が落胆して、 弟に馬鹿にされる 。

学校でも 家でも 居場所が無い。

それが避けられるなら なりふり構っていられない 。


「そんなもの 欲しくない」

「 美女ですか ?それなら 知り合いを紹介します」

「 女など 煩わしいだけだ」

真っ赤な嘘だ。本当は、 お金も美女の知り合いもいない。

でも、そんな事は後で、どうとでもなる。


悪魔がマントを 振り払ったが ミリアは もう一度つかんで 必死に食らいつく。

「 高級酒とか 珍味ですか?」

「 違う。 違う。 お前には 一生を当てられない」


首を横に振る 悪魔を見ながら、 一体何が欲しいのだろうと 首を捻る。

手詰まりで 何も浮かばない。

もし 私だったら・・何が欲しいだろう。


「 ドレスとかどうですか ?宝石がついた すごく豪華なものを用意しますから。 奥様に、どうですか?」

「私は独身だ! ドレスなど 女が着るものだ。 私に女装しろと・・・」


断る雰囲気だったのに、 尻切れトンボになった。

「・・ いや、これは ・・チャンスか?・・」

さっきまでとは様子が変わった。

悪魔が顎に手をやって 真剣な顔で何やら ブツブツ言っている 。

何か欲しいモノを 思いついたようだ 。


ミリアは 静かに答えが出るのを待つ 。

高級な品で無いといいけど・・。 色々言った手前 無理とは何 いいづらい。


悪魔が 、くるりと振り返ると 私に向かって頷く。

「 わかった。 今から言うものを 用意出来たら 願いを叶えてやろう」

「 本当ですか !それは何ですか?」


交渉成立!

ミリアは、 ピョンと飛び上がって喜ぶ 。

これでフランス語の地獄から抜け出せる。


よりによって 私を助けるのが 悪魔とは奇妙だと 肩を竦める 。

しかし、 悪魔の口から出た言葉は それ以上に奇妙だった。

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