第124話『真金拘束』5
「か……可愛い……!」
率直な感想とともにヒシッと抱きつこうとした昴先輩の頭部を押さえて牽制する華黒。
ちなみに場所は都会の駅近くの手芸屋。
華黒は所謂ゴスロリを着せられていた。
あー……なんかデジャブ。
先輩の抱きつきに必死で抵抗しながら華黒が僕に視線をやる。
「どうですか兄さん?」
恥じ入るようにはにかむ華黒はそれはそれは、
「とても可愛いよ」
と言う他なかった。
「だろう?」
自分の功績だとばかりに胸を張る先輩。
金を出すのは先輩なので間違っているとも言い難いけどね。
「では真白くんはオートクチュールの西洋風女性用和服を……」
先輩の言葉はそこで止まった。
華黒が踵落としを決めたせいだ。
ちなみに今の華黒はフリフリドレスだから踵落としの際にパンツが見えた。
色は……………………言いたくない。
「何をする華黒くん」
「あなたも既に兄さんの過去は知っているでしょう! 兄さんは女装に強いトラウマを持っています! その傷に塩を塗ろうとでも言うのですか!」
「ふむ……」
しばし思案して、
「ではこれなどどうだろう?」
と先輩が示したのは、
「修道服ですか……」
だった。
女性用ではあるけど確かにこれならあまり抵抗は無い。
ただし苦々しく微笑してしまう。
「神の信者の真似事をしろと?」
「なに。コスプレだ。信仰心は関係ないよ」
然り然り。
試着室で着替えてシャッとカーテンを開ける。
「どう……かな?」
「嫌味ではなく似合っていますよ兄さん」
「可愛いよ真白くん」
それもどうだかなぁ。
そんなわけで会計を済ませる先輩だった。
「先輩はコスプレしなくて良かったんですか?」
そう聞くと、
「いいのさ。可愛い子たちを見ることが出来るだけで私は幸せだ」
何とも返事しづらいことを述べ立てられた。
手芸屋を出ると華黒が先輩に問う。
「それで? これからどうするんです?」
「無論街を練り歩く。可愛い真白くんと華黒くんを連れて歩くだけでも羨望と嫉妬の視線を掌握できるだろう? 駅近くの公園にクレープ屋さんがあるんだ。そこで腹をくちくしよう」
そういうことになった。
中略。
公園のベンチでそれぞれがそれぞれのクレープをパクついてると、
「そういえば真白くん」
と先輩が声をかけてきた。
「なんだか修道服を見せた時非常に稀な表情をしたが君は神が嫌いなのかい?」
何とも難しい質問だ。
「別に嫌いじゃありませんよ。好きでもありませんが……。神の実在を否定するほど無神論というわけじゃありませんが宗教家というやつが嫌いでして」
「何ゆえ?」
「努力をしていないからです」
「?」
わからないと先輩。
これは私見ですが、と前置きをして僕は言葉を紡ぐ。
「例えば数学者や物理学者を想像してみてください。彼らは世界の仕様や法則を解き明かすために日夜机にかじりついて方程式を組み立てたり、あるいは解き明かしたりしているでしょう? それは時として宇宙の姿や人の構造を理解させ新たな知識として人類に定着させています。翻って宗教家を見てください。彼らは『神を信じよ』とは言いますが、神の実在を方程式で解こうとしたことがありますか? ヤハウェ、アッラー、ゼウス、オーディン、シヴァ、元始天尊、天照大神……どれか一柱でもその存在を方程式で解き明かし実在を証明してみせれば他の宗教を押し退けて『これが正しい宗教だ。これが正しい認識だ』と声高に言うことが出来ます。それがどれほどの意味を持つのか……知らぬ宗教家はいないでしょう。まさに蜜溢るる禁断の果実です。それに別に完璧な方程式を求めているわけではありません。仮説でいいんです。実際ビッグバンも仮説に過ぎませんし。ただ人類が納得するほどの説得力を持つ仮説を組み上げればいいんです。それだけでその宗教が他の宗教を押し退けて全人類の盲を開くでしょう。そんな都合のいい現実から目を逸らして神を信じよ神を信じよと繰り返すペテン師に対して苦々しい感情しか持てない……と言うだけのことです。無論のこと神が証明されたなら手の平を返して信仰する心構えは持っていますけどね」
長々と述べた後にオチをつけて肩をすくめてみせる。
「ふむ……」
ツナカレーのクレープを嚥下して思案するような先輩。
「兄さんらしいです」
華黒は苦笑する。
華黒には僕の宗教観なぞ既に話し終えているので今更何もないのだろう。
ブルーベリーのクレープをパクつく。
「そう言われると……」
「言われると?」
「納得してしまいそうになるから不思議だね」
「極論であることは認めますよ」
クレープを咀嚼、嚥下。
「でも神霊の実在を式で証明できた例は今のところ……ありません」
「たしかに」
クレープをパクつく。
「神様が僕の目の前に現れて『我を信じよ』と直接口にすればその限りでもないんですけどね~」
「難しい注文だ」
くつくつと先輩が苦笑する。
「そも神がいるかどうかはともかく神が慈愛を持っているのなら兄さんや私のような存在はありえないでしょう」
華黒も華黒で辛辣だった
「然りだ」
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