第122話『真金拘束』3


 さて。


「何事だ」


 という奇異の視線を受けながらゲーセンの入り口に横付けされたリムジンに乗り込む僕と白花ちゃん。


 そのまま白坂屋敷へ。


 相も変わらず頭にやのつく屋敷に見えた。


 ともあれリムジンを降りて白坂屋敷の玄関をくぐる。


「お帰りなさいませ白花お嬢様。お帰りなさいませ真白様」


 使用人たちの一糸乱れぬ統率された過激な出迎えと、


「まぁ。まぁまぁ。まぁまぁまぁ」


 ある程度は年をくっているはずなのに若々しい印象の拭えない女性の出迎えとが僕と白花ちゃんに向けられた。


 ちなみに後者の名前は白坂百合。


 白花ちゃんの母親で僕の叔母にあたる。


 僕は百合さんに妙に気に入られている。


 聞くに僕の容姿は僕の母にして百合さんの姉にあたる白坂撫子にそっくりらしいのだ。


 感傷に浸るような痛みと幸福感を持って柔和に瞳を細める百合さんだった。


 既に日は暮れている。


「真白ちゃん」


「何でしょう?」


「お茶は何を飲みたい? 色々取り揃えているけど」


「では緑茶で」


「と、いうことよ」


 百合さんは使用人の一人に茶の用意を命令する。


 頷く使用人の一人。


「お腹、空いているでしょう?」


「さすがに」


「白花と遊んでくれてありがとうね? 白花は真白ちゃんのことが好きで好きで仕方ないみたいだから」


「お母様……それはここで言う必要のない言葉だよ?」


「いいじゃない。真白ちゃんがそれだけ魅力的なのは事実でしょう?」


「それは……そうだけど……」


 ムスッとする白花ちゃん。


「じゃあ私は夕餉の準備をするから先にダイニングに行っておいて? お茶はメイドさんに用意させるから。白花、真白ちゃんの面倒よろしくね?」


「承りました」


 そしてスリッパを履いている百合さんはパタパタと足音を鳴らして一つの扉の向こうへと消えるのだった。


「お兄様」


「なぁに?」


「こっち」


 僕の手を自然にとって白花ちゃんはダイニングに案内してくれた。


 無論、お屋敷だ。


 ダイニングと言っても一般家庭のソレではない。


 縦に長いテーブルに無数の椅子が用意されている。


 三十人は入るんじゃないかと言わんばかりに豪華絢爛なダイニングだった。


 その上座に僕と白花ちゃんが座って使用人さんの用意してくれた茶を飲む。


「さっき百合さんが食事の準備をするって言っていたけど……もしかして御飯とか百合さんが準備してるの?」


「まさか。専属の料理人を雇っていますよ」


 うーん。


 ブルジョアジー……。


「ただ今日はお兄様が我が家で夕食をとる日ですから。お母様が『自分が夕食を作る』と言って聞かなかったらしいです」


 ですか。


 茶をズズと飲む。


 しばし四方山話を白花ちゃんと続けていると、


「お待たせ」


 と百合さんがキッチンから現れた。


 そして僕と白花ちゃんと百合さんの三人分の夕食が揃えられる。


 白御飯、肉じゃが、豚汁……以上。


 これはまた随分家庭的な……。


 もっとブルジョアな料理が出てくると思って肩透かしをくらってしまった。


「では食べましょう?」


 はいな。


 そんなわけで広いダイニングでポツリと三人……食事をするのだった。


「いつもこんな感じなの?」


「まぁそうですね。お父様は不動産関連を管理するため世界中跳びまわっているので家のことは私とお母様とで」


「なんだか寂しいね」


 それが率直な僕の言葉だった。


「ですから少しは賑やかしを補充するためにお兄様? 白坂家に帰順しない?」


「言っとくけど華黒を敵にまわすと恐ろしいよ? 事実僕が恐ろしい」


「むぅ」


 納得できないと白花ちゃん。


「真白ちゃんはお姉様の子どもだから白坂の一員よ?」


 恐る恐ると言った様子で百合さん。


「謹んでごめんなさい」


 僕は豚汁を飲みつつそう言った。


「やっぱり白坂には良い感情を抱いていない?」


 これは百合さん。


「別にそんな意図があるわけじゃありませんが……もっと大切なモノが他にあるってだけのこってす」


 肩をすくめてみせる。


 百合さんはおずおずと問うてくる。


「華黒ちゃん?」


「はい」


「じゃあ真白ちゃんが白坂真白になって華黒ちゃんを白坂華黒にするっていうのは? 支度金も十分用意するよ?」


「銭の問題じゃありませんよ」


「じゃあ何の問題?」


 決まってる。


「いまだ人類が明確な回答を得ていないジャンルの問題です」


「それは?」


「愛……ですよ」


 僕は断言する。


 そしてそれ以上何も言えない二人とともに夕餉を取り、華黒の待っているアパートまでリムジンで送ってもらうのだった。


 まぁ解決に至るは時期尚早だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る