第111話『与えられるモノ』4
始業式は退屈の一言だった。
お偉い教師がたのありがたいお言葉をスルーして僕は眠りについた。
座っているのはパイプ椅子だったから安眠とまではいかなかったけど、仮眠するくらいの融通はとれるのだった。
始業式が終わると教室へ。
それからロングホームルーム。
担任の教師が円滑にことを進め、委員長が艱難辛苦ながら決まると、今日はもう帰るだけになった。
「さて」
僕は呟くと学生鞄を手に持って席を立つ。
「兄さん、帰りましょ?」
華黒が自然にすり寄ってきて腕を組む。
苦笑する他ない。
「可愛いね華黒は……」
「えへへぇ」
はにかむ華黒。
二人の世界。
浸食不可能な世界。
既にこの学校での既成事実の一つだ。
百墨華黒隠密親衛隊にとっては悪夢のような光景だろう。
知ったこっちゃないけどね。
と、そこに、
「おーい。お姉さーん。お姉様ー」
と教室の扉から快活な声がかかった。
見れば黛がいた。
元気よく手を振っている。
その表情は笑顔。
上級生のクラスに対して負い目や引け目を感じていないらしい。
面の皮が厚いというか純朴というか。
おそらく前者だろう。
そして僕と華黒は黛と合流する。
それはつまりルシールとも合流することと同義だ。
ルシールは教室の扉に隠れる形で立っていた。
元々臆病で引っ込み思案なルシールだ。
先輩のエリアに来ることさえも冒険だろう。
おそらくだけど黛に引っ張られてきたと推測はたつ。
「………………お兄ちゃん……お姉ちゃん……ごめんなさい」
「ルシールが謝る必要は無いんじゃないかな?」
僕がフォローし、
「その通りです」
華黒が追従する。
「………………お邪魔じゃない?」
ルシールの怯えながらの上目遣いにキュンとくる。
華黒が居なければ抱きしめていただろう。
それほどルシールは可愛かった。
「気にしなくていいよ」
「その通りです」
やっぱりフォローする僕と華黒。
「それよりそっちはどうだった? 一緒のクラスに成れた?」
「運よく」
黛が首肯する。
「ただまぁ……ルシールは黛さんでもくらっとくるくらいの美少女ですけんメアド教えてだのラインしようなどと声をかけてくる人多数で」
まーそーなるだろーねー。
「………………黛ちゃんだってそうだったよ?」
「黛さんは……ほら……その辺一線を引いています故に。きっぱりと断らせていただきました。ルシールと違って面の皮が厚いので」
「黛も美少女だもんね」
可愛い……とは少し違うけど。
「いやぁ照れますよお姉さん」
「で、ルシールはメアドばらまいたの?」
「いえ、こういうこともあろうかとルシールには携帯を持たせていません。ですから余計な面倒事は今のところは……」
なるほどね。
「中には自身のメアドやラインの情報を紙に書いて押し付けた生徒もいましたが……まぁ無益と言ってしまえばそれだけですね」
「ルシールは大人気だね」
クシャクシャとルシールの金色の髪を撫ぜる。
「………………あう」
ルシールはそれだけで照れて言葉を失うのだった。
可愛い可愛い。
「ところでお姉様」
「何でしょう?」
「昼食と夕食は如何に?」
「昼食は下校がてらに。夕食はスーパーの品ぞろえを見て決めるつもりですが」
「昼食は一緒しても?」
「構いませんよ」
おお……意外だ。
「なら夕食は黛さんとルシールでカレーを作りますのでご一緒しませんか?」
「夕食に招いてくださると?」
「そういうことですね」
コクリと頷く黛。
「どうします兄さん?」
「歓待されようよ」
「兄さんがそう仰るなら……」
つまりそういうことになるのだった。
「黛は料理できるの?」
「お姉様と黛さんの合作だった誕生日ケーキは美味しかったでしょう?」
……納得。
「まぁカレーなんて不味く作る方が難しいですし」
それも納得。
「ぶきっちょなルシールの勉強には適した料理かと」
さらに納得。
「………………お兄ちゃんは……私の料理で……いいの?」
「構わないよ」
苦笑してやる。
「期待してあげるから頑張れ」
「………………はい」
素直に頷くルシールだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます