第104話『生まれ出でた日に祝福を』3


 かくとだに、えやはいぶきの、さしも草、さしもしらじな、燃ゆる思ひを。


 昔の人も、


「燃える思い」


 という言葉を使っていらっしゃるらしい。


 心に燃える恋慕を、しかして言葉に出来ない口惜しさ。


 僕の場合はあえて口にしないんだけどね。


 言霊は存在すると僕は信じている。


 オカルトには興味は無いけどこれは例外。


 無論、言葉が無力な状況もある。


 それも把握はしている。


「ペンは剣よりも強し」


 とは言うものの、


「権力とは銃口から生まれる」


 なんて言われる社会も存在しているわけで。


 言葉で解決しないこともあるけど解決することもある。


 少なくとも僕が華黒に囁いた愛情表現は絶望に陥った華黒を一度救った。


 昴先輩に台無しにされたけど。


 閑話休題。


 この場合、言葉とは言葉それだけではなく人間の認識する言語機能全般を指す。


 人が思考するにあたって脳は言語で組み立てる。


 本能や反射と云った判断基準もありはするが人間が人間らしく行動するにあたっては言語思考は必要なものだろう。


 また言葉は契約である。


 時に愛の契りであり、時に友情であり、時に借金の契約書であったりする。


 特に最後のは強力だろう。


 文字や数字という言葉がそのまま支配力に直結する。


 新約聖書はこう言っている。


「初めに言ありき。言は神とともにあり、言は神なりき」


 神とは言葉なのだ。


 ある意味で皮肉。


 穿った見方をするなら偶像崇拝を嘲弄する言葉ともなる。


 何故って?


 言葉は人間が創ったからだ。


 さらに言えば旧約聖書や新約聖書の《約》は契約の約だ。


 契約の天使であるメタトロンは天使の中でも最も神に近い位置にいる。


 カバラ学でいえば最高位だ。


 契約を成立させ言霊を持つ。


 それが言葉というものだ。


 つまり何が言いたいかというと、


「兄さん」


「なに?」


「愛しています」


「……………………ありがとう」


 華黒は愛の囁きがいかに僕に影響するのかわかっていないんじゃないかと思う時があるわけだ。


 無論華黒の想いも悟っている。


 華黒は僕と同等以上に心に傷を持っている。


 だから愛情を言葉にして常に僕に確認をとらないと安心できないのだ。


 常に求愛して僕を意識させないと安寧できないのだ。


 そしてそんな華黒だからこそ僕はとても愛おしい。


 外面も内面も……その全てが……その生き様が。


 かといって本心にて返せばその言葉はあまりに強力な影響を持ってしまう。


 結論……言霊だ。


「たまには兄さんからも愛を囁いてほしいです」


「あいしてるよかぐろ~」


「誠意が抜けています!」


「炭酸みたいだね」


 ケラケラと笑ってやる。


 それからクシャクシャと華黒の頭を撫でる。


「大丈夫だよ」


「…………」


 頬を桃色に染めて、僕の隣の席に座っている華黒はコトンと僕の肩に頭部を乗せる。


 うん。


 可愛い可愛い。


 と、ピンポーンとドアベルが鳴った。


 現在午後一時半。


「時間通りですね」


 華黒がそう言って席を離れたことでダイニングに漂っていた恋模様の空気は霧散した。


 華黒が玄関応対することで客が入ってくる。


 一人は金髪碧眼の西洋人形のような美少女。


 一人は黒髪ショートのボーイッシュな美少女。


 ルシールと黛だった。


「お姉さん! この度は誕生日おめでとうございます!」


「………………おめでとう……お兄ちゃん」


 黛は快活に、ルシールはおずおずと祝福してくれる。


「ありがと」


 それだけ言って僕はコーヒーを飲む。


 華黒の淹れてくれたものだ。


「ではお姉様……始めましょうか」


「ですね」


「何を?」


 最後の言は僕。


「これから黛さんとお姉様とで、お姉さんとお姉様を祝福するケーキを作るんです。材料はほら……ここに」


 そう言って手提げ袋を掲げてみせる黛。


 なるほどね。


「というわけでお姉さんとルシールは邪魔なのでこちらから連絡があるまで外をブラブラしていてください」


「………………ふえ?」


「わかったよ」


 ルシールがキョトンとし、僕が首肯する。


 まぁ美少女であるところのルシールとデートが出来るだけでも十分なプレゼントだ。


 拒む理由は無い。


「………………お兄ちゃん……いいの?」


「ルシールは嫌?」


 沈黙して首を横に振るルシール。


「兄さん?」


「わかってるよ。でもこんな機会なんだから手を繋ぐくらいならいいでしょ?」


「まぁそれくらいなら……」


 しぶしぶと云った様子で自身を納得させる華黒だった。


 いい子いい子。

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