第86話『桜咲くホワイトデー』2
朝食を食べ終えた後、僕と華黒は恋人繋ぎで手を繋いで登校していた。
通学路は桜……染井吉野が満開で、いくつもの桜の花弁が散っては風に流される。
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」
そんなことを言い合いながら僕と華黒は瀬野二に登校した。
そして学校に辿り着くと、
「はぁ……」
と華黒が溜め息をついた。
「どうしたの?」
と聞く僕に、
「見知らぬ人からプレゼントをもらってしまいました」
華黒が一つのラッピングされたブツを僕に晒した。
「まぁ華黒は可愛いもんね。それくらい当然じゃない?」
「兄さんからなら喜んで受け取りますが十把一からげにもらっても……」
「失礼なこと言わない。誰だか知らないけどその人だって勇気を持って華黒にプレゼントしたんだから……」
「でも性根は腐っているみたいですよ?」
「どういうこと?」
そう問う僕に、
「…………」
華黒は昇降口に備えられたゴミ箱を指差してみせた。
「…………」
僕は唖然とした。
ゴミ箱には大量のラッピングされたプレゼントが捨ててあったからだ。
「もしかしてアレ全部……華黒への……?」
「でしょうね」
うんざりと溜め息をつく華黒。
つまりカッコウの原理だ。
先に華黒へのプレゼントを贈った人間の好意は全て後からプレゼントを贈った人間によって放逐されるというわけだ。
「そんなことをして私にプレゼントを渡したところでどうなるものでもないでしょうに」
うんざりとそう言う華黒。
「ま、それだけ華黒に価値があるってことだよ」
僕はそんなおためごかしを言う。
「私の愛は兄さんだけで精一杯だというのに……理解を得られない人間が多くてうんざりします……」
「まぁそれだけ華黒は愛されてるってことだよ」
そんな僕の気やすめに、
「兄さんは関係ないからそんなことが言えるんです……」
疲れたようにそう言う華黒。
まぁたしかに僕には関係ない事柄だけどね。
*
教室につくともっと酷かった。
華黒の席にはプレゼントが山と積まれていた。
僕以外の誰も華黒のチョコをもらっていないはずなのに律儀なことだ。
「壮観だね」
「そうですね」
そう言う僕らは少し引いていたと思う。
「なんでチョコを渡してもいない男子からプレゼントをもらうのか不思議ではありますけど……」
「それだけ華黒が魅力的だってことじゃない?」
「兄さんに言われるのは……そのぉ……嬉しいのですけど……」
頬を朱に染めて恥ずかしがる華黒。
可愛い可愛い。
「で、どうするの? 捨てるの?」
「人の目のあるところではそんなことできませんよ」
そう言って華黒は学生鞄から大きな紙袋を取り出し、その中にプレゼントを詰めていった。
「用意がいいね」
「こんなこともあろうかと」
どこかで聞いたセリフを口にしながら華黒は山と積まれたプレゼントを一つ余さず紙袋に入れてそれを自身の席の横に付けた。
そして、
「華黒、おはよう」
「おはようございます」
猫をかぶってクラスメイトの朝の挨拶に応答する。
「すげえもらってるね。さすが華黒」
「いいええ。そんなことないですって。なんなら分けませんか?」
「もらっていいの!?」
「マジで!?」
「いいですよ? 一人じゃ処理しきれませんし……」
「持つべきものは友達だぁね」
「いえいえ、そんな……」
そんな華黒と華黒の友達の会話を聞きながら僕は碓氷さんの席を目指す。
そして、
「碓氷さん……はいこれ」
僕はそう言って一人読書をしている碓氷さんに声をかけた。
ついでにラッピングしているクッキーを手渡す。
「……なに……これ?」
ラッピングされたクッキーをキョトンと見つめながら碓氷さん。
「バレンタインのお返し。もしかして迷惑?」
「……そんなこと……ない」
「それならよかった。って言っても全然三倍返しじゃないけどね」
「……ううん。嬉しい」
「ありがと。これからもよろしくね」
「……こちらこそ」
そんなやりとりを終えて僕は自分の席につく。
となりの統夜が恨めしそうな目で僕を睨む。
「このリア充が。二千年前のポンペイの遺跡にもリア充爆発しろという記述がある。つまりリア充とはすべからく爆発するものだ!」
「さいで。はい統夜」
そう言って僕は統夜にクッキーを渡す。
キョトンとする統夜。
それから焦ったように言う。
「お前、まさか!」
「早とちりしないでね? それを昴先輩に渡してほしいってだけだから」
「あ、そういうこと。でもなんで俺に渡す?」
「先輩、卒業式終わったから学校に来ないでしょ? だから統夜から渡しておいて」
「姉貴の奴……俺には渡さないのに真白にはチョコ渡しやがって……」
「統夜も女顔に整形すれば? 金持ちなんでしょ? それくらい簡単じゃない?」
「するかボケ」
まぁそうだよね。
「それで? 華黒ちゃんには渡したのか?」
「まだ」
「碓氷さんと姉貴と華黒ちゃんと……それから従姉妹……だっけか? 四人にクッキーを渡すのか?」
「正確には五人だけどね」
「まだいたのか!?」
「うん。こっちも従姉妹だけどね」
「お前、二人の従姉妹にチョコもらったのか」
「うん……まぁ……」
「恨めしや……恨めしや……!」
「そんなこと言われてもねぇ……」
僕はポリポリと頬を掻くだけだった。
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