第76話『トリックオアトリック』1
ハロウィンのエピソードで、南木が正体を明かしていないIFルートです。
※――――――――※
僕は最悪な目覚ましに出会った。
「ん~」
と声を伸ばしながら寝ている僕にキスしようとする華黒の顔が目の前に浮かんだ。
漆黒のロングヘアー。
長い睫。
二重まぶた。
小高い鼻。
桜色の唇。
僕の妹、百墨華黒は神が創ったが如き美の造形物である。
ともあれ……。
僕はガシッと華黒の頭部を両手で掴むと、それをブンと横に振った。
「あんっ……!」
そう悲鳴をあげながら体勢を崩す華黒。
それからきわどくパジャマを着崩した妙に色っぽい華黒が言った。
「何をするんですの兄さん」
「華黒こそ何するのさ」
「目覚めのキッス?」
「疑問形なんだ……」
「ですが今日は悪戯が許される日ですので」
「なんでさ?」
「今日は何日です?」
「十月……何日だっけ?」
「三十一日です」
「それがどうしたの?」
「ハロウィンですよ」
「あ、そうか」
今日はハロウィンなのか。
「ならお菓子を準備しないとね」
「私以外の人間に悪戯されないためですね?」
「僕以外の全ての人に悪戯されないためだよ」
「ええっ! 私は!?」
「華黒が一番危険人物なんだって気付こうよそろそろ」
「そんな……!」
「驚く場所が違うと思うんだけどなぁ……」
「でも私以外の誰が兄さんに悪戯するんです!」
「いや、だから誰にもされないって……」
うんざりと嘆息する僕だった。
それから僕はパジャマ姿のままダイニングへと顔を出す。
今日の朝食はベーグルサンドにトマトジュースだった。
「しかしベーグルなんて……華黒は何でもできるねぇ……」
感心しながらベーグルサンドをほうばる僕。
「生地さえこねれば後は焼くだけですから」
「華黒は何でもできるなぁ」
「何でもはできませんよ。できることだけ」
「どこかで聞いたセリフだね」
そう言って僕はベーグルサンドにかぶりついた。
トマトジュースを飲み干す僕に、
「あ、兄さん。トマトジュースの御代わりありますよ?」
「……いただきます」
そう言う僕だった。
*
僕と華黒は登校中に二十四時間経営のスーパーに足を運んでいた。
当然、家からは早めに出たのだけど、なんにしても仕込みという奴は必要で、そのための労力なら惜しくもなかろうぞ。
「さて……こんなものでいいかな……?」
僕は飴の袋をレジに通してそう言った。
「兄さんは変なところでおモテになりますものね」
「それは嫌味かい?」
「純然たる事実ですわ」
「華黒はお菓子買わなくていいの?」
そう言って僕は続けた。
「華黒なら誰彼かまわずトリックオアトリートの的になると思うんだけど……」
「兄さん以外にそんなこと言われても困るだけですわ」
「そう言うと思って……ほら……」
僕は飴の袋の一つを渡した。
「なんですの、これ?」
「飴だよ」
「そんな脊髄反射で答えられても……」
「いいからとっておきなさい。お友達と仲良くね」
「はあ……兄さんがそう言うのなら」
そう言ってしぶしぶといった様子で飴を受け取る華黒だった。
*
さて、飴も買ったということで登校に戻る僕達だったが
「シロちゃーん!」
と存分に聞きなれた声が聞こえてきた。
「たなばたに似たるものかな女郎花……」
「秋よりほかにあふ時もなし!」
こんな返しができる人を僕は一人しか知らない。
短く整えられた黒髪はおでこを強調するように前髪がピンでとめられており、黒い学校制服を身に纏った少女……ナギちゃんだ。
「しーろーちゃーん!」
そう言って、僕に抱きついてくるナギちゃん。
僕は抱かれるままになった。
「シロちゃんシロちゃん。トリックオアトリック!」
「悪戯一択!?」
「むしろ悪戯してー。お医者さんごっこしようよ!」
「朝からハイテンションだねナギちゃん」
「うん。シロちゃんと出会えただけで今日一日頑張れる!」
そう言ってギュッと僕を強く抱きしめるナギちゃん。
「トリックプリーズミー!」
向日葵のような笑顔でそう言うナギちゃん。
言われる僕。
ふと周りを見渡すと奇異の視線にさらされていた。なんか警察官でも飛んできそうな雰囲気……。
と、
「いい加減にしなさい楠木さん! 兄さんは私の恋人です! 抱きつくなんて言語道断!」
「華黒、了見の狭いこと言わないの」
「兄さんも兄さんです。悪戯もお医者さんごっこも私とすればいいじゃないですか!」
「できるか!? それと声大きい。僕の風評被害も換算に入れて喋ってくれない?」
うんざりと周囲見渡してみれば、
「修羅場? 修羅場?」
「浮気? 浮気?」
「三角関係?」
などと僕は風評被害に早くもあっていた。
小さく嘆息する。
それから、
「ナギちゃん」
とナギちゃんを呼んで、ついでに学生鞄から飴を一個取り出す。
「悪戯はできないからお菓子で勘弁してね?」
そう言ってナギちゃんに飴を握らせる。
「シロちゃんの飴! シロちゃんだと思って食べるね!」
「それカニバリズム発言に聞こえるよ」
「人食は文化だよ?」
「物騒なこと言わないの。それで? 僕に何の用?」
「ううん。なんとなくシロちゃんとクロちゃんを困らせてみたかっただけ。あ、でも悪戯したいならしていいよ?」
僕の隣で殺気を逆巻かせる華黒を恐れて、僕はナギちゃんの頭に手を置いた。
「しません。淑女たるモノ礼節を心がけるように」
「淑女じゃないもん」
「いいとこのお嬢さんでしょ?」
「それは私の功績じゃないもん」
「そりゃそうだろうけどさ……」
いやぁ、なんにでも言い方ってあるもんですね。
「よし、充電終了」
そう言って僕から離れるシロちゃん。
しかし充電って……。
「シロちゃんエネルギーの充電の事だよ。抱きつくことで充電されるの」
「ナギちゃんは時々人の心を読むね」
「あはは。じゃあね。車待たせてるから今日はこれで」
そう言って走り去っていくナギちゃん。
「とっととどこへなりとも行きなさい」
「シロちゃん~。今度デートしようね~」
「最後まで口の減らない……!」
怒髪天を衝く勢いで怒った顔になった妹の顔を手の平で隠す僕。
「華黒、人に見せられない顔になってるよ」
「はっ……!」
と我にかえって、
「オホホホ。それではラブラブに行きましょうか兄さん」
「具体的には?」
「兄さんの腕にしがみついて登校するということで」
「……ま、いいけどね。恋人同士だし……」
それで機嫌が直るなら願ったりだ。
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