第75話『七夕祭り』4
とはいえルシールの手芸服姿を見るには僕もそれなりの格好をしなきゃいけないわけで。
ショーの裏側、楽屋でもないけど他に表現しようもない空間で僕達は服を着替えさせられ化粧までされた。
ちらりとルシールの方を見る。
フリフリのゴスロリ姿だった。
それがまた金髪ハーフのルシールによく似合っていて……、
「こら、兄さん」
と、華黒が僕の耳を引っ張った。
「なにさ華黒」
「今ルシールを見て鼻の下を伸ばしてました」
「何が悪いのさ?」
「私とルシールを敵対させたいのですか?」
「…………」
いや、別にそんなつもりはなんいんだけど。
「ところでどうです私のコレは」
そう言ってクルリと一周回ってみせる華黒。
華黒のそれは一言で言えば十二単だった。
これがまた黒いロングヘアーの華黒によく似合っていて……、
「可愛いよ」
「本当ですか!?」
「インディアン嘘つかない」
いや、本当に可愛いんだけどね。
それにしても手芸部と言ってもさすがに大学生の部活だ。
細かいところまでよく創りこんである。
何かブランド名をつけて手芸屋でも開けば儲けられそうなくらいの出来である。
ちなみに僕はティーシャツにダメージジーンズという格好。ジーンズのダメージ加工を手芸部がやったということらしい。
一々芸が細かい。
まぁ怪我している右腕を使わなくて済む軽い女装だから何の不都合も……無いとは言えないけど……あえて言おう……無い。
無いはず……。
ちなみに僕達を楽屋?に引っ張ってきた大学生達は僕が男と知るや驚いて、その後「まぁいいか」と呟いた。
いいのかよ。
とは言ってもティーシャツにジーンズだ。
そこまで過敏に反応するものではなかった。
唯一化粧の時だけ多少の眩暈をおぼえたけど。
鏡を見る。
中性的な……見様によっては男にも女にも見える僕が映っていた。
そういえばボーイッシュが僕のテーマなんだっけか。
変なところで役に立つ女顔だこと。
ステージの表ではマイクパフォーマンスが飛び出し、どうやらファッションショーが始まったことを告げているようだった。
何人かの大学生モデルが出ていって、帰ってきた後、華黒の出番になった。
ルシールと一緒にステージの裏からそっと見守っていると、華黒が出たことでワッと衆人環視がわめきたった。
「………………華黒お姉ちゃん……すごい人気だね……」
「多分ルシールの時もああなると思うよ」
「………………そんなこと……ないよ……」
「僕が保証してあげる」
そう言って僕はルシールのおでこにキスをした。
「………………~~~っ!」
ボッと真っ赤になるルシールが可愛くてクスクスと笑ってしまう僕。
直後、ルシールの出番がまわってきた。
「………………ええと……人という字を……」
「そんな暇ないよ。早く行こうね」
「………………うん……いってきます」
そう言ってステージへと跳び出すルシール。
どうやらステージはコの字型になっており、入り口から入って、二つの角でポーズを決めて、出口に戻っていくようだ。
ルシールはといえば、角でポーズを決めずにペコペコとお辞儀をしてステージを歩いていく。
そんなルシールにマニア心をくすぐられた男子達が喝采を挙げていた。
それは僕が予言したように華黒のそれに劣らないものだった。
続いて僕がステージに出ていく。
そこでまたワッと歓声が沸いた。
それも男と女から平等に。
「……複雑な気分」
誰にも聞こえないようにそう呟きながらステージの上を歩いていく。
角でそれらしいポーズをとって出口へと向かう。
出口で待っていたのは酒奉寺昴先輩の抱擁だった。
「先輩!?」
「いやいやいや、可愛いね真白くん。今日は君を夢見て寝ることにしよう。絶対だ」
「こら! 酒奉寺昴! 兄さんから離れなさい!」
「いいじゃないか。君にもルシールくんにも抱擁をしたのだ。真白くんだけしないでは不公平だろう」
「あなたがいるとまた兄さんが傷つく可能性があります! そうである以上兄さんには指一本触らせません!」
「もう触れてるけどね」
僕のつっこみは虚しく響くばかりだった。
「ところで何で先輩がここに?」
「君たちの関係者だと言って入らせてもらった」
「特権行使は学内だけにしてください」
「いいじゃないか。こんなに可愛い君も見られたんだし……」
「嬉しくないなぁ」
「………………でも……多分……真白お兄ちゃんの時が一番反響が強かった……」
「そうかなぁ?」
どうかなぁ?
「兄さん、抱いてほしいのなら私がしますからその外道から離れてください!」
「という風に華黒が過剰に反応するので離れてください」
「ではルシールくんを……」
「やめなさい!」
十二単を振り乱して空中回し蹴りを昴先輩にきめる華黒。
「きゅう……」
と奇声を発して昴先輩は倒れこんだ。
僕が言う。
「とりあえず十二単脱げば?」
「そうします。胸のところが特にきついんですよ」
「まぁそりゃ華黒のために作られたモノじゃないからね」
丹念に整えられたとしか思えない華黒の体つきに対応できる服を作るには採寸から始めなければならないだろう。
ともあれ、僕と華黒とルシールは出番も終わってさっさと甚平や浴衣に着替える。
途中別室で華黒の悲鳴が聞こえてきたのはまた昴先輩が何かやらかしたのだろう。
*
「おー痛……」
「自業自得です」
頬を押さえて痛がる昴先輩に、ツンとそっぽを向く華黒。
ルシールはというと焼き鳥を持って僕の口元まで持ってくる。
「………………はい……真白お兄ちゃん」
「ありがと、ルシール」
僕は右手が使えず左手にはジュースを持っているので必然誰かに食べさせてもらわなければ食事もままならない。
「だいたい酒奉寺昴……あなた、ハーレムはどうしたのです?」
「ああ、五人で三十分のデートを三回サイクルして解散したよ。それから先は私の自由時間さ」
五人で三サイクルってことはちょうど十五人か。
よくもまぁそれだけの美少女を虜にできるものだ。
コツを教えてもらいたいね。
「ルシールくん。私にも焼き鳥を食べさせておくれ」
「………………はい……あーん」
「あーん」
あっさりと口を開いて焼き鳥を食べる昴先輩。
「うん。これで私と真白くんは間接キスをしたことになるね」
そんなことを言う昴先輩に、
「ぐぅ……」
蹴りたいけど浴衣のせいで蹴れない華黒が呻く。さっきは蹴った癖に。
「………………はわわ」
そして何故か狼狽えるルシール。
「兄さん! 私も焼き鳥を!」
「持ってないでしょ、華黒」
「今から買ってきます」
「変なところで散財しないの。間接キスしたいならジュースがあるよ?」
そう言って僕は左手に持ったジュースを華黒に渡す。
「いただきます!」
「躊躇なしかい」
つっこむ僕を放って華黒は僕のジュースをほんの少量飲む。
とりあえず間接キスをしたいだけで別にジュースそのものにこだわりがないのが見て取れる。
それから華黒はルシールにジュースをまわす。
「はい、ルシールも。兄さんと間接キスですよ?」
「………………~~~っ!」
ブンブンと首を振って拒否するルシール。
熟れたトマトみたいに顔が真っ赤だ。
それが微笑ましくもある。
「では私が……」
そう言った昴先輩が手を伸ばしたところで華黒がその手を払う。
「私とルシールくんで随分態度が違うじゃないか」
「あなたみたいな下衆に兄さんの神聖な唇は渡せません」
「ルシールくんならいいのかい?」
「ルシールは二号さんですからいいんです!」
おいおい。
華黒の無茶理論を聞きながら僕は時計を確認した。
「そろそろ時間だね」
直後、ドォウンと鈍い音がしたと思うと夜空に炎の花が咲いた。
花火だ。
さすが大学の学園祭。
スケールが大きい。
「たーまやー」
そう言って華黒が僕の右腕に抱きついてきた。
「………………かぎや」
そう呟いてルシールが僕の左腕に抱きついてきた。
「綺麗だね真白くん。刹那の美の集大成だ」
そう言って僕の首に腕をまわす昴先輩。
「あの、なんで誰も彼もが僕を抱きしめるんです?」
問う僕に答えはない。
また夜空に炎の花が咲いた。
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