第47話『後の祭り』2


 そして昼休み。


「はい、兄さん♪ あーん」


「あ……あーん……」


 華黒の持った箸に掴まれたミートボールが、僕の口に放り込まれる。


 咀嚼。


 嚥下。


「おいしいですか?」


「おいしいよ、華黒」


 なるたけ自然な微笑をたたえつつそう答える僕。


 ここは学生食堂。略して学食。


 昼休みともなれば人のごったがえすこの場所の、隅っこの席で、僕と華黒は一つの弁当を共同でつついていた。


「兄さん、あーん」


「あ……あーん……」


 いったい何のプレイだろうねこれは。


 弁当を持ってきてるのなら学食にこなくていいじゃんとか、あまつさえこれみよがしに恋人ごっこをするんじゃねえとか、そんな風な敵意にも似た視線を受ける今日この頃。


 華黒が僕に奉仕するたびに、周りの生徒の幾人かが力勢い余って割り箸を折ってしまっている現状は寒気すら覚える。


「はい兄さん、あーん」


「あのさ、華黒」


 華黒が箸でつまんだたまご焼きをとりあえずわきにおいといて、僕は一つの提案をした。


「とりあえず場所を変えない?」


「ん? 何ででしょう?」


「周りの視線が痛い」


「まぁ見せつけることが目的ですから」


 確信犯かい。


 華黒は遠い目をしながら呟いた。


「この前、またラブレターをもらってしまったんですよね……」


「ああ、あったね」


「もういい加減夢見がちな第三者に付き合うのも面倒くさいので、ここらで一つ私と兄さんの関係を見せつけようかと」


「つまり全校の華黒ファンを絶望の淵に叩きつけようと」


「言葉はアレですがそういうことです」


 そう言って華黒は箸で掴んだままだったたまご焼きを僕の口元まで運んだ。


「はい、兄さん。あーん」


「あ、あーん」


 僕は口を開いてたまご焼きを受け入れようと、


「あむ」


 する直前に別の誰かがたまご焼きを食べてしまった。


 その人は両目をつむって、もぐもぐとたまご焼きを咀嚼して嚥下。


 それから、


「多少甘くはあるが焼き加減は絶妙だね。おいしいよ、華黒くん」


 そんな批評をした。


「あ、昴先輩」


「酒奉寺……昴……!」


 先輩がそこにいた。


「やあやあ百墨兄妹。咲く花の美しからん子猫ちゃんたち。私に会えて感動もひとしおといったところかな?」


 なんでやねん。


 華黒が激昂した。


「酒奉寺昴! 今あなたが食べたたまご焼きは私から兄さんへの愛の結晶です! あなたごときが口にしていい代物ではありません!」


「そうかい。真白くんへの愛情を奪ってしまったわけだ。よろしい。ならば愛情で返そうじゃあないか」


 そう言って先輩は僕の頬に軽くキスをした。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 たじろぐ僕。


「っ!」


 殺意に満ち満ちた視線で先輩を睨みつける華黒。


 あまりといえばあまりのことに衆人環視がざわついた。


 先輩はというと泰然としている。


「私の兄さんに何をするんですか!」


「愛情のお返しさ」


「たわけたことを……!」


「落ち着きたまえ。未来の妹君」


「誰が未来の妹君ですか!」


「当然君のことだが?」


「それは私に対する宣戦布告ととってもいいのでしょうね!?」


「いいや。私は真白くんを婿に迎え、返す刀で百墨兄妹をハーレムに加えると、そう言っただけに過ぎないよ?」


「いうにことかいて……!」


 華黒、華黒。


「華黒、落ち着いて」


「これが落ち着いていられますか!」


 ……はぁ。


 僕は机の反対側にいる華黒の、その制服のタイを握って、僕自身の方に引き寄せて、華黒の唇に唇を重ねた。


「っ!」


 絶句する華黒。


 握っていたタイを離す僕。


 大人しくなった華黒がストンと元いた椅子に座りこんだ。


「華黒、落ち着いた?」


「ふやあ」


 帰ってきた答えは感嘆詞だった。


 華黒は顔を紅潮させて黙り込む。


 昴先輩が意外そうな顔で僕を見る。


「君、意外と大胆なことをするね」


「華黒を大人しくさせるにはこれが一番なんです」


「なるほど。今後の参考にさせてもらおう」


「いや、先輩がすると怒り狂うと思いますよ?」


「ハーレムの娘たちは喜んでくれるのだがねぇ……」


 一緒にするな。


 ていうかアレだ。


 衆人環視たちの前で酒奉寺昴にキスされて百墨華黒にキスしてしまった僕の運命やいかに。


 生きた心地がしないなぁ。

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