第48話『後の祭り』3


「羨ましすぎてぶっ殺したい」


「何をいきなり」


 唐突な統夜の言葉に、僕は疑問を呈した。


 怒涛(?)の昼休みが終わり、今は五限目。


 科目は体育。男子はマラソン、女子は棒高跳びだった。


 ……差別じゃね?


 女子もマラソンにするか、男子も棒高跳びにすべきだろう。


 ていうかなんで残暑もまだあるこの季節にマラソンなのだろう。


 持久力に問題のある僕は統夜と一緒に、走る男子の列の後方に陣取っていた。


「それで……誰を殺したいって?」


「お前だお前」


「何で僕が統夜に殺されなくちゃならないの」


「今日の昼休み、姉貴と華黒ちゃんにキスされたらしいな」


 華黒には能動的にキスをしたんだけどね。


「もう噂になってるの?」


「当たり前だ。華黒ちゃんに関する情報なんて爆発的に広まるわ」


「いやはや、みんな華黒が好きだねぇ」


「その勝者の余裕が気に食わねえ!」


「そんなこと言われても……」


 理不尽だ。


「甲斐甲斐しい妹属性! そんな絵空事が目の前へ見せつけられるとは! おお神よ! 何故あなたは私に二つの眼をお与えになり申した!?」


「そこまで大げさなものでも……」


 甲斐甲斐しいのは認めるけど。


「華やかしい姉属性なら統夜も持ってるじゃん」


「あれは変態っていうんだよ」


 我が姉をつかまえてすごい言い様だなぁ。


 まぁ……否定はしないけど。


「おっ! 華黒ちゃんが跳ぶぞ」


 グラウンドに目をやった統夜がそんなことを言った。


 とろとろと学校の外周を走りながら、僕も金網のフェンス越しに華黒を見る。


 華黒は少しだけ背伸びをして、それから走り出した。テンポよく走って加速すると、背をそらして高く跳ぶ。


「「「おおっ」」」


 その洗練された体さばきに男子どもがざわめく。


「…………」


「何不機嫌な顔してんだ、真白?」


「いや、ちょっとね。男子どもにね。華黒のことを変な目で見ないでほしいなぁなんて」


「無茶な注文だろうよ」


「そうだけどね。ちょっと華黒が心配」


「というと?」


「華黒の奴、そういう視線が好きじゃないから」


「まぁ有名税ってやつだな」


 華黒の内心を推し量って、ため息を一つ。


 僕はマラソンへと意識を戻した。




    *




 キーンコーンカーンコーン。


 ウェストミンスターチャイムが鳴る。


「おう、それじゃ今日の学校は終わりだ。とっとと帰れよジャリども」


 目つきのきつい女教師(担任)がそんなことを言って、今日の学業はお開き。


 僕は宿題に必要なぶんだけの教科書を鞄にしまい、背伸びを一つ。


 背伸びし終わると同時に華黒が寄ってきた。


「兄さん兄さん兄さん、一緒に帰りましょ」


「はいはいはい」


 投げやりに答える。


 僕が左手で鞄を持つと、華黒は鞄をわざわざ左手から右手に持ち替え、空いた左手……というか左腕を僕の右腕にからめてきた。


「ちょっと華黒」


「なんですか兄さん?」


「わざとやってるでしょ」


「それはもう」


 そう言って華黒はグラジオラスのように笑った。


「華黒……その……胸が当たってる」


 華黒にだけ聞こえる小声でそう忠告する僕。


 華黒は悪びれずに言った。


「嬉しいですよね?」


「発情しないでよ」


「サービスです。もちろんこんなことするのは兄さんにだけですよ?」


「なんて答えればいいの。僕は」


「素直に喜んでいただければ幸いです」


「あーはいはい」


 できるだけやる気なさげに答えておく。


 ふと周りを見渡す。


 嫉妬とやっかみの視線がそこら中に見て取れた。


 でもいいのだ。


 今は恋人同士なんだし。


 腕を組んだまま僕と華黒は教室を出た。


 廊下に出てもやっかみの視線はそのまま。


 華黒はというと、


「えへへぇ」


 デレデレだった。


 頭を僕の肩に乗せてくるあたり、周りにとっての挑発がちょっと過ぎると思う。


「華黒、歩きにくい」


「そうですか。では歩きにくい程度にゆっくり歩きましょう」


「いつ刺されるしれない身でそれは遠慮したいけど」


「堂々としていればいいんですよ。なんといっても私と兄さんは恋人同士なんですから」


 語尾にハートマークをつけながら華黒。


「えへへぇ」


「華黒、またニタニタ笑いが出てる」


「嬉しさの証拠ですよ。できることなら世界中の人に叫んでまわりたい気分です。兄さんが私のものだってことを」


「何の自慢にもならないと思うけど」


「そんなことありませんよ? 兄さん、お顔が整っているし妙に色っぽいから意外と陰で人気なんですよ?」


「マジで!」


 意外な真実。


「そもそもそうでなければあの酒奉寺昴が兄さんに惚れるわけないじゃないですか」


「うーん……それ、喜んでいいのかなぁ」


「もちろんダメです。兄さんは私だけ見てればいいんです」


「浮気は?」


「兄さんが浮気なんてするわけありませんから、誘惑した相手の方を殺します」


「……銘記しておくよ」


 そんなことを言ってる間に下駄箱につく。


 腕を組んで離そうとしない華黒のせいで靴が履きにくいったらなかった。意地でも組んだ腕を離したくないらしい。


 校門を通って、道路に出る。


「ところで兄さん」


「なんでがしょ」


「兄さんの好きなシチュエーションってなんですか?」


「言ってる意味がわからないんだけど」


「ほら、あるじゃないですか。萌えというかフェチというか、そういう男のロマン的なものが」


「……なにそのつっこんだ質問」


「兄さんをどうやったら発情させられるのか考えた末の質問です」


「華黒なら猫耳でもメイドでもなんでも似合うと思うよ」


 猫耳でメイドな華黒を想像してみる。


 おお、胸ときめく映像だ。


「ありがとうございます。でも兄さんにとってのオンリーワンを知りたいんです」


「別にないなぁ。華黒は元から可愛いからそんなこと気にする必要ないと思うけど」


「でも兄さんったら私にムラムラしてくれないじゃないですか。もしかして私、魅力ないですか?」


 なんの冗談かと華黒を見ると、真摯なまなざしで返された。


 華黒なりに重要な問題らしい。


 僕は肩すくめて言った。


「まさか。いつモラルのたがが外れるか戦々恐々だよ、実のところ」


「抱いてくださって構いませんよ?」


「だーめ」


「なんでですか」


「まだ責任をとれる年齢じゃないから」


「じゃあ二人そろって学校をやめてしまいましょう」


「心にもないことを言わないの」


 チョップのつっこみをしてやろうと思って、両腕ともふさがっていることに気付く。


「やっぱり勝負下着の出番ですかね」


 あーあーあー聞こえない聞こえない聞こえない。

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