第32話 王と寵姫
次の日、私達の帰還を祝って、国王陛下が祝賀会を開いて下さった。
王宮の大広間、玉座の間と言われている大広間には、大勢の人々が晴れ着を着て集まっていた。ロジーナ姫を始めとする洞窟に囚われていた人々、皇女様、バチスタ様、ガリタヤと森の民に化けた竜人達。バーゼル騎士団長と赤獅子騎士団の騎士達。オイゲン大公、侯爵夫人。多くの貴族達。
国立劇場の人々もいた。後で歌を披露するのだろう、私はミルトとダニエルにそっと手を振った。
「国王陛下並びに王妃様のおなりー」
執事長の声が鳴り響く。国王陛下と王妃様が広間に入って来た。私達は皆一様に深々と礼をした。国王陛下と王妃様が玉座に着く気配がする。そして王が言った。
「皆の者、楽にせよ」
衣ずれの音が辺に響き、皆一斉に礼を解いた。私は玉座に座る国王を見てぎょっとした。二ヶ月前、私はケルサ祭の初舞台で国王を見ていた。レオンに似た面差しの炯々と光る眼光の持ち主だった。それが、締まりの無い腑抜けた顔になっている。そして玉座の後ろにジェラルディス様が。ベルハの元王妃。ベルハの華と言われたジェラルディス様が、いつも気品にあふれていたジェラルディス様が、胸が大きくあいたドレスを着、黄金の髪を複雑に結い上げ、眉を細く整え、口紅を濃く赤く塗り、あふれんばかりの色気を漂わせて、国王の後ろに控えている。王がちらちらとジェラルディス様を見て、ニヤニヤと笑っている。ジェラルディス様が身につけているドレスも宝石も、王の隣に座る王妃様の物よりずっと豪華だ。王が与えたのだろう。国を無くした元王妃に買える代物ではない。
女に溺れた王。まさか、ジェラルディス様が傾城の美女だったとは。
ジェラルディス様は復讐されたんだわ。ご自身の魅力を最大限発揮して国王を籠絡したんだわ。宝石やドレスを買わせて、ブルムランドの国庫を空にするつもりなのかもしれない。
私はジェラルディス様の深い復讐心を思った。最愛の夫を、そして、義理とは言え、第一王子を殺され、そして二人のお子様を病いで亡くした。お子様方は直接殺されたわけではないけれど、ブルムランド国王がベルハを攻めなければ、お子様方が病気になる事もなかっただろう。それを考えたら、ジェラルディス様の深い怨みもよくわかる。
「息子よ、これへ」
国王のしわがれた声が響いた。レオンが国王陛下の前に進みでる。
「息子よ、よく戻った。黄金竜を倒し、金塊を携え、なにより無事によく戻った。余は嬉しく思うぞ」
「はっ」
「皆の者、黄金竜は滅ぼされ、ケルサの街に平和が訪れた。もはやヴェールで金髪を隠す必要はない。安心して暮らすがよい」
おおっと集まった人々が国王やブルムランドを讃える。人々の賛辞が静まるのを待ってレオンが言った。
「父上、お願いがございます」
「なんだ、申してみよ」
「私は竜の洞窟から脱出しようと、黄金竜の皮で気球を作りました。気球で湖に降りれば、早く帰還出来ると思ったのです。しかし、気球は突然の風に煽られ森の奥深く飛ばされてしまったのです。その上、気球は底なし沼に落ち、あわや沼にのまれ死んでしまう所でした。そこを助けてくれたのが、こちらに控えておりますロイエンタール公です。ロイエンタール公がいなければ、生きて帰還する事はかなわなかったでしょう。父上、公は湖の国の遠い子孫にあたります。黄金竜が倒されたので湖の国を再興しようとしておいでです。我が国が承認すれば、湖の国ラメイヤは復活するでしょう。どうか、湖の国ラメイヤを国として承認して下さい」
国王はしばらく考えていた。
「地図を持て」
ははっと言って侍従達が地図を運んで来た。その地図には、ブルムランドを中心に半島と大陸、幾つかの島々が書き込まれている。
「ロイエンタール公と申されたな。公に聞くが、湖の国は大体どの辺になるのか?」
バチスタ様が、湖の国の場所を指で指し示す。
「……ふむ、そのような所に新しい国が出来ては、将来禍根を残すかもしれぬ」
その時、深く柔らかい包み込むような声が響いた。ベルハの元王妃ジェラルディス様だ。
「陛下、レオニード殿下のお命を救って下さった方の願いを退けるのですか? いけませんわ。そのような事をしては。陛下のお名に傷がつきましょう」
「むふふふ、そうかの、そなたがそういうなら……。よい、わかった。承認しよう。ロイエンタール公と申したな。我が息子を救ってくれて、改めて礼を言う。そなたの願い、聞き届けよう」
国王が立ち上がった。大音声で宣言する。
「ブルムランド国王の名において、ここに湖の国ラメイヤの復活を宣言する」
こうして湖の国ラメイヤは国として承認された。
ジェラルディス様が何故、国王に進言したかわからない。王への影響力を皆に誇示したかったのだろうか?
次に黄金の分配と授与式がはじまった。
ロジーナ姫達が運んで来た夥(おびただ)しい金は公平に分配された。四分の一をレオニード殿下が、もう四分の一を皇女様、すなわち、サルワナ帝国が、残りは囚われていた人々で等分にわけられた。
私の前にも黄金の入った箱が置かれた。
「あの、これ、皆さんでわけて下さい。私、洞窟に何年もいたわけじゃないから」
ロジーナ姫があきれた顔をした。肉に埋まった細い目が三日月になる。
「あら、欲のない子ね。あなたにも受け取って貰わないと困るのよ。そうしないと、囚われていた年月で差をつけようなんていう意見が出て来るでしょ。そうなると計算がややこしくて。等分が一番いいのよ。それに、あなたの悲鳴で黄金竜をやっつけられたのよ。どうどうと受け取っておきなさい」
私はロジーナ姫の説得に負けて箱を受け取った。
黄金の受け渡しが終わり、王宮の中庭で宴会が始まった。庭には大テントが張られ、テーブルが並べられている。テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、色とりどりの花で飾られていた。中央は空いている。後でダンスが始まるのかもしれない。
人々がテーブルに次々と着席して行く。国王陛下が上座に座られた。オイゲン大公が立ち上がって乾杯の音頭を取る。
「レオニード殿下、サルワナ帝国皇女ミレーヌ姫、囚われていた人々の無事の帰還を祝して! 乾杯!」
「乾杯!」と人々が唱和する。人々が楽しそうに、料理を食べ、酒を飲み、談笑を始めた。
ロジーナ姫の声が聞こえた。レオンと話している。
「……故郷の大使がケルサに来ていたので、私が生きていると本国に知らせている所よ。二十年あれば、いろいろ変わっているだろうけど」
「アーリーアイランドといえば、現国王はあなたの兄君にあたられるのでは?」
「そうですわ、殿下。兄ですの。私と違って、まっとうな人間ですわ」
「ロジーナ殿は、何故ブルムランドに?」
バーゼル様が尋ねた。
「好奇心よ」
「は?」
「竜が見たかったの」
周りがシンとした。バーゼル様がさらに尋ねる。
「竜を見たいだけで、はるばるアーリーアイランドからブルムランドまで来られたのですか?」
「そうよ。だって、私の国には竜はいないんですもの。竜の平原で見られるっていうから見に来たの」
その場にいた全員があきれた顔をした。
「でも、なかなか来ないのよ。それで、試しに、金髪をなびかせて立ってみたの。エバンズが、うちの執事だけど、やめさせようと揉み合っている内に、竜がやってきてさらわれたの」
ロジーナ姫が太った体を揺すって、私達を見回した。
「だからね、行き過ぎた好奇心をもってはいけないの。身を滅ぼすわ。私は、滅ぼさなかったけれど……。でも、この話は教訓として、残すべきね」
「くっくっくっく、いや、楽しい方だ。ロジーナ殿は」とバチスタ様。
「あーら、みんなそういうわ」
その場にいた全員が、腹を抱えて笑い出した。
騎士の一人が声を上げた。
「殿下、ぜひ、黄金竜を倒した話をして下さい」
周りからぜひにと声が上がる。私はバチスタ様の顔色を伺った。
自分の妹が殺される話を聞いて、不快に思わないだろうか?
私は心配になった。しかし、バチスタ様の表情からは何を考えているのか読み取れない。
レオンが話し始めた。
「……黄金竜の鱗は固く、剣で貫けない。黄金竜にわざと捕まり、竜の洞窟に潜入した私とミレーヌ殿は、鱗のない部分、竜の翼と目に向って剣をふるった。ミレーヌ殿は翼を、私は目を狙った。片方の目は潰したが、もう片方がうまくいかない。黄金竜は痛みに腹を立て、私達を殺そうと暴れ回る。私は残った目に向って剣を投げた。しかし、あと少しの所でかわされてしまった。黄金竜は私を壁に叩きつけ、火を吹こうとした。竜が息を吸い込むのがぼんやりと見えたが、壁に叩き付けられた私は体が動かない。もう、駄目だと思った。すると、ギルが……、アップフェルト嬢が駆け寄って来て、私をかばった。そして、悲鳴を上げたのだ」
レオンは言葉を切り、人々を見渡した。
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