第25話 炎の剣「ヴァルサヴァルダ」

「今宵、我らの為に歌うように。広間で歌会を開くのだ。よいな」

「陛下!」

 私は竜王様を仰ぎ見た。竜王様が笑っておられる。

「はい! 承知しました。その罰、謹んでお受け致します。今宵、皆様の為に、精一杯、歌わせていただきます」

 私は丁寧にお辞儀をした。

「レオニード・フォン・ブルメンタール、そなた、ギルの歌声をどう思っておる?」

「それはもちろん、類稀な歌声と、この世に二つとない素晴らしい歌声だと思っています。ギルの歌には力があるのです。ただ、美しいだけの声ではないのです、聞くと元気が沸いてきます」

「そうか……。では、もちろん、今宵のギルの歌、聞きたいと思っておろう」

「はい、もちろんです、陛下」

「ではそなたの罰は、明日の朝までの謹慎とする。明日の朝まで部屋にいるように。ギルの歌を聞く事はまかりならん」

「陛下!」

 私はほっとした。もっとひどい罰、鞭で打たれたりしても仕方ないのに。竜王様は謹慎で許して下さった。レオンも同じ気持ちだろう。

「陛下、陛下の恩情に富むご沙汰。感謝致します」

 レオンは膝をついたまま、剣を両手で捧げた。

「陛下、どうか、私が同じ間違いを犯さぬよう、この剣をお預かり下さい」

 陛下はしばらく、殿下と剣を見つめていた。

「うむ、わかった、そなたの剣を預かろう。ギル、王子を部屋に連れて行きなさい」

 私とレオンは、陛下に深々と礼をしてその場を辞した。部屋に戻って、皇女様にこの話をすると、物凄く怒られた。

「一歩誤れば、竜王様に殺されていたかもしれないのですよ、殿下! あなたは何故、ギルを信じなかったのです? 彼女は決して陛下の閨に行かないと言っていたのに」

「いや、信じていた。しかし、寝間着姿のギルと竜王が一緒にいるのを見て、つい……」

「ああもう、本当に謹慎で済んでよかった。陛下にはお立場があるのです。家来達の手前、あなたを罰しないわけにはいかない。本来なら、私達全員が殺されても仕方ないのに」

「確かに、軽卒だった。……さて、俺は寝室に籠ろう」

 レオンは自分の朝食の盆を取り上げると、寝室に入った。

 二人きりになると、皇女様が私をご自分の寝室に招き入れた。低い声で私に諭すように言う。

「ギル、もう少し殿下に優しくして上げなさい。殿下は自信がないのですよ、あなたに愛されている」

「私は別に……」

「好きなのでしょう、殿下を」

 私は下を向いた。なんと答えてよいかわからない。皇女様はレオンの見合い相手なのだ。皇女様が軽くため息をついた。

「そなた、剣士にとって剣がどのような物かわかりますか?」

「?」

「剣は体の一部なのですよ。戦場にあっては、剣士は剣を抱いて眠るのです。そなたに取っての歌声といったらわかりますか?」

 私は大きく目を見開いた。

「どれほど大切かわかりますね」

 私は小さく「はい」と答えた。

「……殿下の剣は、『ヴァルサヴァルダ』といって炎の剣と呼ばれています。剣の刀身に刃紋が刻まれていて、太陽の光にあたるとまるで剣が燃えているように見えるのです。戦場で殿下がこの剣を高く捧げた様はまさに炎の騎士と兵士達が賞讃しています」

 皇女様の口調からレオンが戦場にいる様がありありとわかる。

「この剣を鍛えたのは、ベルハの名匠オロック・サンデル。彼がもっとも油ののっていた四十代に作られた名剣。

 それほどの剣なのです、殿下が竜王様に捧げた剣は。竜王様は我々の武器を取り上げようとはしなかった。剣士にとって剣が如何に大切か、陛下はわかっておられるのです。

 そして殿下は、その剣を差し出して、陛下への恭順を他の竜人達に示したのです。そこをわかってあげなさいね」

 レオンが陛下に剣を差し出すってそういう意味だったんだ。

「はい、皇女様。教えていただいてありがとうございます。

 ……あの、オロック・サンデルって? あの、うちのおじいちゃんの名前と同じなんですが? 鍛冶屋でした。もう、亡くなりましたけど。まさか、同じ人じゃないですよね?」

「そなた、ベルハの出身ですか?」

「そうです」

「そなたの祖父はいつ亡くなりました?」

「えーっと、私が五歳の時ですから、いまから十一年前です」

「オロック・サンデルが亡くなったのは十一年前です。そなた、サンデルの孫ですか?」

「みたいです! 父も母もおじいちゃんの話はあまりしませんでした。子供の頃、おじいちゃんの家に行った事があります。刀鍛冶だったなんて! 鍛冶屋なのは知ってました。だけど、まさか、そんな有名な人だったなんて!」

「殿下とそなたの間には、何か繋がりがあるのかもしれませんね」

「皇女様、私は平民です。初めてレオンに会った時、殿下は『レオン・バルト』と名乗ったのです。私は殿下が王子だとは知らずに恋をしました。殿下とは決して結婚出来ません。たとえ、恋人になっても、『王子のカナリア』と呼ばれても、いつか殿下はどこかの王家の姫君を娶られるのです。いいえ、そればかりか、現国王のように平和の為、征服した国の元王妃を愛妾として後宮に迎えるかもしれないのです。私は……、私は、耐えられない、殿下が他の女性を、それも一人ではなく多くの女性を愛するなんて! わかっているのです。それが、国王の務めだと。それでも……。だから、私は距離をおいているのです!」

「そなたがレオニード殿下に求めるのは何です。愛ですか? それとも地位ですか?」

「私は地位など求めていません! 私は……、レオンに何も求めていません。皇女様、私の両親は愛し合っていて、とても仲が良かったのです。私は小さい時からそんな両親を見て育ちました。いつか私も父と母のようになるのだと。愛する人と幸せな家庭を築くのだと。貧しくても、愛にあふれた。レオンとでは、恐らく、無理です」

「では、せめて誤解されないようにしなさい。あなたは十六なのです。子供ではない。寝間着で外に出るなど、誤解されても仕方ありませんよ」

「はい、皇女様、気をつけます」

「ギル、歌えるようになって良かったですね。さ、私達も食事にしましょう」

 皇女様は朝食が終わると支度をして陛下に会いに行かれた。今朝の出来事を詫びるのだという。

「いいですか、ギル、陛下がここでの一番の権力者です。陛下の気持ち一つで我々の生死が決まります。しかし、陛下におもねってはいけません。かえって陛下に馬鹿にされ、嫌われるでしょう。だけど、陛下の好意は勝ち取らねばなりません。そなたの歌声のおかげで、私達はかなり安全です。それをさらに強固なものにする為に私は日々陛下の相手をしてきたのです。殿下も同じです。それでは、行ってきますね」

 ロジーナ姫もそうだったけど、王族の方々というのは遊んでいるように見えて、しっかり考えているのだと私はしみじみ思った。

 私は私に出来る事をしよう。竜人達が私達に親切だからといって、その親切の上にあぐらをかいてはいけない。一歩間違えたら、人の世界に生きて戻れないのだ。

 私は、皇女様が行ってしまうと、今夜の歌会の準備にかかった。

 ガリタヤがタントルーフとトルーフを使い分けて伴奏してくれるという。ガリタヤはすでに私の「風よ届けて」の曲を吹けるようになっていた。私が黄金竜ファニに向って歌った映像を再生して、曲を覚えたのだという。私はその夜歌う予定の曲をガリタヤに教えた。勘のいいガリタヤはすぐに吹けるようになった。


 日が暮れて、歌会を始める時間になった。

 広間にぞくぞくと集まる竜人達。華やかで美しい色とりどりの衣装を身につけた竜人達。あけっぴろげで、よく笑い、愛し、自分の感情に忠実でありながら礼節を知る陽気な竜人達。竜人達が広間でざわざわとしていると陛下が広間に入場した。陛下の隣には、皇女様が並び立つ。麗しのミレーヌ様。竜人達に劣らぬ美しさだ。陛下が席についたので、ガリタヤが歌会の開会を宣言した。

「お集りの皆様、ご紹介致しましょう。奇跡の歌姫、ギルベルタ・アップフェルト嬢です」

 拍手が沸き起こる。私は一礼して、挨拶をした。

「皆様、今宵、お集まりいただきありがとうございます。また、私達にしていただいた数々のご親切、決して忘れません。今宵は、竜王様、皆様への感謝の気持ちを込めて歌います」

 一曲目は「銀の星一つ」を歌った。遠く離れた恋人を想って娘が星空に願う歌。しっとりとした歌だ。最後に高音部がある。高音部のビブラートを私は丁寧に歌い切った。

 次に私は幾つかのコミカルな曲を歌った。

「竜王様、竜王様の御前でこのような歌会を開く事が出来、これ以上の名誉はございません。流浪の私共にとって、身に余る光栄。陛下、並びに皆様へ、この歌を捧げます。『風よ届けて』」

 シーンと静まり返った広間に、ガリタヤのタントルーフの音色が流れ出した。

 私は心を込めて「風よ届けて」を歌った。

 透明な高音部。

 広間に満ちる高音の歌声。

 歌い終ると、大広間を揺るがす程の拍手が沸き起こった。集まった竜人達が一斉に立って拍手をする。拍手がいつまでたっても鳴り止まない。私は拍手が鳴り止まないので「風よ届けて」の高音部をもう一度歌った。

 やっと竜人達は満足してくれたようだ。陛下が立ち上がった。

「歌姫ギルベルタ、素晴らしい歌声であった」

「もったいないお言葉……」

 私が陛下に向ってお辞儀をしていると声がした。

「陛下!」

 栗色の髪をした青年が立ち上がった。

「陛下、このように美しい歌声の人間を人の世界に返すのはあまりに惜しい。このままここに留め置いてはいかがでしょう?」

 私は一瞬、青くなった。

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