第三章 王子と皇女
第16話 レオン
「ギル!」
レオンが私に駆け寄って来た。
「どうした?! その血は?!」
喉が痛くて話せない。
「一体どこを怪我した?」
私は、喉を指さした。
「口がきけないのか?」
私は頷いた。喉がずきずきと痛む。ロジーナ姫とセイラさん、他の人達もかけ寄って来た。
「見せて!」
ロジーナ姫が私の口を開けさせ、覗き込んだ。
「あなた、絶対、話したら駄目よ。喉が避けてるわ。セイラ、湯冷ましの水をもってきて、桶と」
セイラさんが走って行く。
「騎士殿。私は、アーリーアイランドのロジーナ・カトレル。ここにさらわれた時は、第三王女でした」
「手紙を書かれた人ですね。初めまして、ロジーナ殿。私はブルムランド国王子、レオニード・フォン・ブルメンタール、ここに医者は?」
ロジーナ姫はレオンが王子と名乗ると、びっくりしたように目を見張った。まさか王族が直接助けに来るとは思っていなかったのだろう。ロジーナ姫の肉の間に埋もれていた新月のような細い目が三日月になった。
「医者はおりませんが、私、少々医術の心得があります。さ、殿下、あなたの傷も見なければ。誰か、この子をベッドに連れて行って」
「私が運ぼう」
「殿下がですか?」
ロジーナ姫の目が大きく見開かれた。三日月のような目が、半月になる。
「そうです。この子は『私のカナリア』ですから」
「まあぁ!」
ロジーナ姫の目はさらに大きく見開かれ、真ん丸満月になった。
「この子は、殿下の話をまったくしていませんでしたよ」
私は俯いた。
言える訳ないじゃない。「私は『王子のカナリア』です」なんて!
「ふーん、この子は抜けている所はあるけれど、少なくとも謙虚ではあるわね」
いつもの毒舌ロジーナ姫復活だ。
謙虚というより、常識があるんです!
と私は心の中で叫んでいた。
心の中で叫ぶ私をレオンが抱き上げようとする。
私は首をふった。それより、レオンこそ傷の手当をするべきだ。
「だめだ、ギル。大人しく言う事を聞くんだ」
レオンが強引に私を抱き上げる。私は慌ててハンカチを取り出し、レオンの傷口にあてようとした。
「ギル、こちらのタオルにしなさい」
ロジーナ姫がセイラさんがもって来た新しいタオルを私に渡してくれた。抱き上げられた私は、レオンの傷にタオルをあてた。流れた血を拭き取る。
「ギル、君が生きていてよかった」
レオンがしみじみと私を抱きしめる。
レオン、私も会いたかった……。
私はレオンの首に腕を回した。涙が溢れる。
レオン、私、あなたが好き。あなたが死ぬかもしれないって思った時、私、心が張り裂けるかと思った。死ぬなら一緒にって思った。
「殿下、こちらに」
セイラさんが、レオンを私の部屋に案内する。ベッドに下ろされると私は何度も喉を洗うようロジーナ姫に言われた。
「さあ、殿下、殿下も傷の手当をしましょう。こちらに」
ロジーナ姫はレオンを連れて部屋から出て行った。私はセイラさんに手伝ってもらって寝間着に着替えた。喉を何度も水で洗う。ベッドに落ち着くと、レオンとロジーナ姫が戻って来た。レオンは頭と腕に包帯を巻いている。
「さ、もう一度、喉を見せて」
ロジーナ姫がもう一度、私の喉を覗き込んだ。
「血が止ってるわね。大した事ないといいのだけれど。いいこと、絶対にしゃべっては駄目よ」
私は、もう一度こくこくと頷いた。
「一体、何故?」
レオンがロジーナ姫に聞いた。
「これは、憶測ですが、さっき、この子は今まで聞いた事のない悲鳴を上げました。耳が潰れるかと思うほどでした。その時、喉に負担がかかったのでしょう」
「ええ、私も聞きました。やはり、あの悲鳴で。私はあの悲鳴で救われたのです。ギルの悲鳴で気が付き、竜を倒せた。不思議なのは、ギルの悲鳴と同時に、竜の鱗が弾けとんだ事です。何故、鱗が?」
「原因はこの子の悲鳴。それしかないでしょう」
「しかし、悲鳴で……?」
「他に説明がつかないのですよ。この子の悲鳴が、黄金竜の鱗を破壊したのでしょう」
「まさか! そんな話、聞いた事がない」
「ええ、私も聞いた事がありませんよ。まあ、私はここにずっと閉じ込められていましたから、知らなくて当たり前かもしれませんが。
音というのは振動だと、かつての私の師が言っていました。
私の国には呪いの塔というのがあって、そこの鏡にひびが入った事があるのです、誰もいないのに。人々は呪いのせいだといいましたが、私の師はある仮説を立てました。音によって鏡が割れたのではないかというのですよ。何故なら、鏡が割れたのは、迷いこんだ鳥が逃げ惑い甲高い鳴き声を上げた直後だったからです。鳥の甲高い鳴き声による振動で、鏡が割れたのではないかと、師は言っていました。
今回も同じではないかと思います。この子の甲高い悲鳴が竜の固い鱗を振動させ、破壊したのではないかと。あくまで仮説ですが」
「では、私の命を救ったのはギルなのですね。ギルのおかげで、我々は竜を倒せたのですね」
「恐らく」
「ギルの喉は直るのでしょうか? ギルは歌姫です。竜を倒したかわりに声を無くしては」
「ですが、そのおかげで我々は助かったのです。不憫ですが、起こってしまった事は仕方ないでしょう。しかし、そうですね。喉を使わなければ、或は、回復するかもしれません。傷口がうまく塞がってくれるといいのですが」
ロジーナ姫は私を振り返ると、休むように言った。
「俺がついていてやる」
レオンが、私のベッドの側の椅子に腰を降ろした。
私の手を握る。
な、何するんですか!
手なんて握られたら眠れないじゃないですか!
私は目で訴えた。
レオンの手から私は自分の手を抜こうとした。
「駄目だ!」
レオンがさらに強く手を握る。
「どれだけ心配したと思う。君が竜に連れ去られるのを、俺は見ているしかなかったんだぞ! 君が八つ裂きにされたんじゃないかと……、苦しんで死んでいってるんじゃないかと……。頼む! 君が眠るまで側にいさせてくれ」
レオン!
私は思わず、レオンの手を両手で握りしめていた。涙が溢れる。
「いい子だ。さあ、目を閉じろ。これからはずっと一緒だ」
私は目を見開いた。
ずっと一緒? 一緒って、どういうい意味? どうしてそんな事いうの?
「君が竜にさらわれて、俺は、俺は君がどんなに必要かわかったんだ。君は……」
レオンが目を伏せた。言い淀むレオン。
どうしたの? 何が言いたいの?
「王宮に戻ったら、君に話がある。今は、眠ってくれ」
ずっと見つめていたいレオンの瞳。目を閉じてもレオンの瞳が見える。手から伝わるレオンの温もり。
私とレオンは身分が違う。どんなに好きになっても、無理なのだ。それでも、もしかしたらと夢を見てもいいだろうか。
幸福な夢。
レオンがもしかしたら、私を好きかもしれないという夢。
身分を飛び越えて愛し合う夢。
(これからはずっと一緒だ)とレオンは言う。
本当に?
本当にずっと一緒?
ずっと一緒にいてもいいの?
ううん、そんなことあるわけない。あるわけないの。
でも……、夢の中ならいいでしょう? ねぇ、レオン。
私は、きっと物凄く疲れていたのだ。竜が倒されてレオンが助かってほっとしたのだと思う。それから随分長い間、私は眠った。
目覚めたのは、三日目の朝だった。
喉の痛みは引いていた。しかし、ロジーナ姫は私に絶対しゃべるなと言った。
「専門医に診てもらった方がいいの。いい事、それまでは絶対にしゃべっては駄目よ」
私が眠っている間に起きた出来事をセイラさんが教えてくれた。
竜を倒した後、みんなで怪我人の世話をしたという。一人、焼き殺されてしまったが、後は皆、軽い怪我だったそうだ。
レオンの怪我は軽い火傷と頭の切り傷だった。随分、血が出ていたが、もともと頭の傷は血が出易いのだそうだ。大した事がなかったと聞いて私は安心した。
私は筆談でセイラさんに聞いた。
「一体、どうやって来たの、レオン、じゃないレオニード殿下は?」
「金髪の姫君に化けたんですって!」
セイラさんが笑いを含んだ声で言った。
私は声を出してはいけないと言われているのに、思わず大声で笑いそうになった。
あのレオンが金髪の姫君に!
堅物のバーゼル騎士団長がよく許したものだわ。
そう言えば、洞窟の床に見た事のない派手なドレスが落ちてたっけ。
あれは……。思い出した! あれは、芝居の早変わり用のドレスだわ。
私が胸の中で一人納得していると、鈴をふるような美しい声がした。
「詳しく話して上げましょう」
皇女ミレーヌ=ゾフィー様が私の部屋に入って来た。
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