秘密の部屋の、師匠たち。〜魔王を倒せば彼女らが消えちゃうので倒したくない〜

九里 睦

第1話

 初心に帰ろうと、「はじまりの洞窟」に潜っている時だった。


 ……こんな場所に横穴なんてあったか?


 見覚えのない横穴が、洞窟の中腹辺りにできていたのを見つけた。

 いや、「できていた」と確信を持って言えるほど、この洞窟を知悉してはいないが、とにかく地図に載っていないのは確かだった。


 まぁ、人ひとりが屈んでようやく入れるような小さな穴だ。地図に載っていないこともあるか。


 松明で中を照らしてみると、再奥が見えないくらいには深いことがわかった。


 なにか、魔王を倒す手掛かりが見つかるかもしれない。

 僕は、そんな予感めいたものを感じて、奥へと進むことを選んだ。


 もちろん、この奥に彼女らが待っていることなんて知らずに。


 ♢


 すべての始まりは、勇者である僕と魔王の闘いが引き分けに終わったことだった。


 全ての魔法が使えない代わりに全ての魔法の影響を受けない僕だが、身につけている物はその例外で、魔王の術により、勇者の剣が砕かれてしまった。魔王を封じることができないほどに。


 対して、次元の狭間に逃げられてはいるが、魔王には斬撃による深傷を負わせた。勇者の剣による封印が施せなかったため、時間が経てば復活するのだろうが。


 魔王と勇者の剣に詳しい、中央神殿の神殿長によると、勇者の剣の再生と、魔王の復活はほとんど同時期になるそうだ。


 僕はこの空白の時間の間に、魔王を超える力を身につけなければならない。

 今度こそ、あの悪魔を討つために。


「はじまりの洞窟」へは、そんな再スタートの意味を込めて足を運んだ。

 そこで、今進んでいる横穴と出くわしたのだった。


 横穴は、進むうちに広がりつつあった。


 太陽のような光を放つ光輝石のおかげで、松明はもう必要なくなっている。

 植物が生育できるほどに明るい。


 さらに進むと、草食の魔物が草を食んでいた。モストンだ。

 害はなく、洞窟ダンジョン内から家畜として連れ帰る者もいる、有名な種である。


 天井から水が滴る箇所もいくつかあった。

 掌に集めてみると、とても冷たく、澄んでいた。

 モストンが飲みに来ることからも、毒性はないことが判る。


 いくら「はじまりの洞窟」といえど、こんな……平原のように穏やかな場所はない。

 ここで生活だってできそうだ。


 しかし、今までこの場所が公にならなかったことには何か理由があるに違いない。


 僕は気を引き締め、歩を進めた。


 そして暗くなるとともに、また道が狭まり、屈んだ時だった。


 ……今、声が聞こえた?


 奥の方から声が聞こえたのだ。


 無我夢中で前進した。


 そして細い穴を抜けた先には――舞踏会場のような、円形の広場があった。


「お、ホントにきたよ」

 と、頬の赤らんだ女性。酒瓶を傾けた。


「なんや信じてなかったみたいな言い方して。しっかり準備しとったくせに」

 と、女性の肩を軽く叩いたのは、細長い棒を持った男性。


「信じる信じないはどうでもいい。そんなことより、俺ら3人は彼が来るのを楽しみにしていた。これは間違いないだろう?」

 と拳を鳴らしたのは、肩幅の広い男性。


 言っていることはよくわからなかったが、3人とも僕に戦意を向けていることは判った。


 ……まさか、ここに辿り着いた人たちは、こいつらにやられたのではないか。そう思った僕は、もうこれ以上犠牲者を出さないために、勇者として戦うことにした。


 結果は、惨敗。


 勇者の剣の代用としていた魔剣クラディウスは一撃のもとに蹴折られ、僕もそのすぐ後に地に伏した。


 もう人間、いや、生物とは思えない強さだった。


「アカン、僕らここでやり合ってるうちに強なりすぎたみたいやわ」


 この時の最後の記憶は、細切れのような細い視線の先で、ひょろりとした男が棒を弄んでいるところだった。

 僕は気を失ってしまったのだ。



 目が覚めた時、僕は紐でぐるぐる巻きにされていた。


「……僕をどうするつもりだ」


 僕を取り囲んで眺めていた棒の男に言った。なぜか他の2人は近くで闘っている。仲間割れか?


「アンタさん、なんや勘違いしてるらしいけど、僕らアンタさんの味方やで」


 それから、僕が目覚めたことに気づいた2人も僕に近づき、すべてを説明してくれた。


 彼らは、偉大な何者かに呼ばれ、過去から蘇った武人であること。

 僕の師匠になる予定だということ。

 闘うのが大好きだということ。


 そして、この場所が見つからなかったのは、その「偉大な何者か」が横穴に、魔法による隠蔽を施したからだということ。つまり、僕にしか見つけられなかったのだ。


 まとめるとこれだけのことだが、説明は長々と続いた。

 僕が理解できなかったのだ。原因は彼らの方だが。


「だから、なんか凄そうなおっさんの声が聞こえて、バーン! ってなってドーン! ってなって気づいたらお前の面倒みることになってたんだよ!」


 女性は赤らんだ頬と、虚ろな瞳、それにギリギリの呂律で説明した。酔っていたのだ。


「やからなぁ、僕らはえらい髭の長いおっさんに呼ばれてやなぁ、ごっつい魔法の洞窟に集まって、世界を救う手助けをすることになったんや」


 棒を持った男性の説明は、わかりそうだが、もう1つ説明が足りず、わからなかった。


「俺はもう覚えてない」


 最後の、道場着に身を包んだ男性は、胡座をかいて腕を組み、そう言うだけだった。話にならなかった。


 結局、女性の酔いが覚めた後、マトモな説明を受けて理解したのだ。


 信じ難い話ではあったが、実際にこの場所が見つかっていないことと、彼らの説明にならない説明が物凄く熱血的だったことが、逆に説得力を持った。



 そして長い長い説明が終わった後、ぼくの傷の回復を待つ間、することもなく、自己紹介の時間となった。


あたしは……酒盛さかもりとでも呼んでくれ。見ての通り、酔拳を使う」


 酒盛さんは、黒髪を後頭部でお団子に結わえた女性。紺色の、腿のあたりまでスリットがついた服を着ている。……座り方がだらしなくてあまり見ていられない。いろんな意味で。


「僕は、そうやなぁ〜棍道こんどうて呼んでや。見ての通り、棒術使いや」


 棍道さんは、明るい火の色のような髪色をしていた。重力に逆らう元気な髪である。

 長い棒をあれだけ巧みに操っていたとは思えない細さをしている。


「俺はケンとでも呼んでくれ」


 ケンさんは、白髪。この中では1番年長だろう。大山の如き存在感がある。……口を開かなければ。


 3人の名乗った名は、明らかに偽名だったが、3人は自己紹介の後、初めて名前を知り合ったように呼びあった。

 その様子は、まるで生まれて初めて「名前」が出てきたような感じだった。僕も馴染めたのはそのためだ。


「酒盛さん、棍道さん、ケンさん、よろしくお願いします」


 ……かくして、僕の修行の日々が始まった。


 棍道さんには武器を折られずに武器として威力をなす方法を学び、酒盛さんには様々な武術を学び、ケンさんには一撃の威力を極限まで高める方法を学んだ。


 どれも僕にとって大切な財産となる修行だったが、すべてが過酷だった。


 説明が苦手な彼らは、(酒盛さんは闘う前に酒を飲むので説明下手になる)実戦形式でしか教えてくれなかった。


 そのため、僕は毎回ボッコボコにされ、その度に這々の体で薬草を摘み、自らを癒すこととなった。


 合算して、僕は薬草摘みの間、酒盛さんのお遣いの間(もちろん買うのは酒だ)、食事や睡眠を含む生活に必須な時間を除き、常に戦っていた。


 しかし、慣れとは恐ろしいもので、いつの間にか僕が洞窟内の食材で作った料理を食べる間は、僕と師匠たちとの間に笑顔が生まれていた。


 てっきり、彼らは三度の飯より戦闘が好きなんだと思っていたけど、そうでもないらしい。


 なんでも、彼らの中に料理ができる者がおらず、なら食べなくてもいいか、となっていたらしい。


 というのも彼女らは2時間に一度(光輝石は1日に一度、地熱の吸収のために夜を作り出す。恐らくそれで2時間という数字を導き出したのだろう)酔いも怪我も空腹も眠気も、全てがリセットされる、というのが前提としてあるのだが。

 これは酔ってない時の酒盛さんが円滑に説明してくれた。


 にわかには信じ難かったが、目の前で酔いや傷が一瞬のうちに癒える様を見せ付けられては信じるしかなかった。


 ……この「リセット」があるから、彼らは対人への手加減を忘れていたのかもしれない。


 だから僕は容赦なくボッコボコにされたのだ。毎回毎回、毎回毎回……。


 僕には「リセット」はないのだから、これ以上やってはいけないという限度を、彼らには学んで欲しかった。だが、学びもリセットされているのかもしれなかった……。


 結局、僕自身が、怪我をしない方法を学ぶしかなかった。……慣れることとこれは別である。


 幸いなことに……とは言い難いが、毎回死にかけていると、危機感のためか、成長は早かった。


 半年もしない内に、僕は酒盛さんの酒瓶を奪えるようになり、棍道さんの棒を蹴折ることができ、ケンさんの拳とぶつかることができるようになった。


 その頃にはもう、僕の心に余裕がうまれ、生き抜くこと以外のことも考えられるようになった。


 例えば、お遣いの時に酒盛さん用に、サプライズでラフな部屋着を買って帰ったりした。


 その時酒盛さんは、

「なによこれは。地味だけど、まぁせっかくだからきてやるよ」

 と、目の前で着替えやがった。

 大胆というか、いろいろと無頓着なひとである。


 このサプライズはまずまず成功と言えたが、ある問題も生んだ。


「酒盛ばっかずるいで。僕らにもなんか買ってきてやー」

 と、我儘男が現れたのである。


 しょうがないから、巷で話題になっていた魔法少女ステッキをプレゼントしてやった。使い方指南書(原作)もセットで。

 ……これが驚くほどウケたのは意外だったが。


 ケンさんは何も言わなかったが、何か欲しそうだったので、カッコよさ気な黒い薄手のグローブを買ってあげた。

 次の日の修行からさっそく付けてくれていたので、気に入っていたようだ。


 3人とも、それぞれの反応を見せてくれたが、変わらなかったのは、僕がプレゼントしたものを自慢し合っていたことだった。


 最初は、酒盛さんにあの服装でだらしなくされると僕が困るから、という理由だったのだが、それでも、喜んで貰えるとこっちまでうれしくなった。


 恐らく、このことがキッカケで、僕は彼らのことを「家族」と思い始めたのだと思う。


 僕にはこの時まで生きてきて、およそ「家族」と呼べるものはなかった。


 産まれた時に行われる適正検査の魔力を弾いてから、僕は半ば強引に中央神殿へと引き取られた。

 その時に動いた物や金は、自分の価値を表しているようで、知りたくない。


 中央神殿で育ち、物心ついてからも、僕に「家族」はいなかった。教育者ならいたが。

 それでも、自分に与えられた力と、役目と、植え付けられた正義感で生きてきた。


 しかし、僕に突然現れた家族。

 それはカラカラの砂漠に突然現れたオアシスのように、僕の心を惹きつけた。


 幸せだった。

 この、誰も見つけることのできない、地下深くにこそ、僕の幸せがあった。


 ある日僕が病に伏した時、酒盛さんはこの円形の武道会場から出られないことを本気で悔やんでくれたし、僕の恋心を茶化す棍道さんは、剽軽な兄のようであったし、何も言わずに全てを聞いてくれるケンさんは、父のようであった。


 だからこそ、この場所が、彼女らが、魔王を倒した時、時空の歪みの修正のために消え去ってしまうのだと聞いた時、僕は絶望しかけた。

 熱を出し、悪夢にうなされ、酒盛さんを中心に、何日も介抱してもらったほどだ。


 そして、その悪夢から目覚めた時、初めて見せるほっとした表情の酒盛さんを見て、決めた。


 僕は魔王を倒さない、と。


 植え付けられた正義感のためか、胸の奥にしこりが残った気がしたが、幸せな日常のおかげで気にならなかった。


 しかし、僕が逃げても、現実は追いかけてきた。


 モストンの角煮を彼女らに振る舞った翌日の、お遣いの時だった。


「勇者アルノ・サンクチュアリ様ですね。神殿長バーン・サンクチュアリ様がお呼びです」


 始まりの洞窟の前、僕の幸せは終わりを告げられた。


 神殿に行くと、神殿長に、今まで何故遊んでいたのだと怒鳴られた。

 同時に、近衛隊長が檜で作られた棒を抜いた。僕に「指導」をするようだった。

 むしゃくしゃしていたので、近衛隊長を、鎧の上から素手でぶちのめした。


 すると、大人しくなった神殿長が、ビクビクしながら勇者の剣を渡してきた。


 そして、

「魔王の復活は、今から1週間後です。よろしくお願いします」

 と、今まで僕に使ったことのない敬語で言った。


 僕はそのまま、無言で「家族」の待つ家まで帰った。

 その時に何故、勇者の剣を折らなかったのかは、今でもわからない。


 武道会場に入ると、酒盛さんたちが心配して待っていた。が、僕の腰に下がった一振りの剣を見て、全てを察したようだった。


 それから魔王討伐への出発まで5日間、彼女らは「普通」だった。

 僕は意識してしまい、今まで通りとはいかなかったのだが。


 そしてついに来た最後の日、僕は告白した。


「僕は、魔王を倒したくないよ」

 まず、酒盛さんに言った。


 ケンさんは、いつでも僕の話を真剣に聞いてくれるのだが、答えは出してくれなかった。それに、僕は1番、酒盛さんに答えを出して欲しかったのだ。


「どうしてだい? やっぱり、私らが消えるのが嫌なのか?」

 酒盛さんは酔っていなかった。まっすぐで綺麗な瞳が、僕を見つめていた。


 僕は頷いた。


「そうだねぇ……」


 酒盛さんは、後ろで闘っている棍道さんとケンさんを見た。


「あの2人は、別に消えても悔いはないと思うね」


 酒盛さんは? と言いたかった。だがその前に、

「私は、アルノ、お前の気持ちを全部告白させてから消えたいね。消えるのなら」

 と言った。優しい顔だった。


「……3人は僕にとって、家族です」

「私らもそう思っているよ」

「……これはちょっと言いにくいんですけど、酒盛さんはその中でも特別で………母でも姉でもない……その……」


 酒盛さんは驚いた顔をした。


「こ、こりゃ驚いた。告白って、そっちの『告白』をするのかい! いや、まさかお前がこんなガサツな女を……」

「ガサツなのは自分のことだけでしたよ。他の人に対しては、丁寧に看病してくれたり、励ましてくれたりしました」

「そこに惚れたって言うのかい」


 顔が熱くなった。


「アルノ、お前、女を見る目ないねぇ……」


 その声のトーンは、心底残念そうだった。


 だが、思わず下を向いてしまったその時、

「だけど、私は男を見る目あるね」

 酒盛さんは僕の顎を優しく掴み、そして……


「……なんてったって、世界を救う男に惚れたんだからね」


 僕はしばらく放心した。酒盛さんの顔が離れた時、涙が流れていたから、心は動いていたのかもしれない。が、放心状態だった。


 酒盛さんはそんな僕の涙を拭い、

「ほら、シャキっとしろ! かっこ悪い!

 ほら! アンタたち! 英雄の出陣だよ!」


 棍道さんとケンさんは、すぐに戦闘を止め、寄って来てくれた。


「遂に行くんかいな」

「頑張れよ」

「はっ、私らが鍛えたんだ。片手片足でも魔王なんかに負けないよ」

「確かになっ!」


 彼女らは、最後まで笑って見送ってくれた。僕もそれに応えて、なんとか笑った。

 笑えていたかはわからないが。



 そして、魔王との決戦で、僕は、酒盛さんを見る目がない女にしない為だけに、世界を救った。



 ♢



 魔王を倒してから、僕は、「ごっつい魔法」が解けた横穴を正式に買い取り、立派な家を建てた。


 彼女たちが、「バーン!」と現れるのを信じて。


 光輝石が、今日も滲む。








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