18.恋だとか愛だとかー2
私から、『恋バナ』の説明を受けた伊月は、意外そうな顔をした。
「……そんなに『恋バナ』が珍しいの?」
月にはない風習なのだろうか。
「いえ、月の官女たちも仕事の合間とかに集まって似たようなことをやってるのです。そうじゃなくて、あなたがそういう話を好むのが意外なのでした」
あー。確かに、平安時代の宮廷文学では、官女たちが憧れの貴公子たちの噂で盛り上がったり、青年貴族たちがどこどこの姫が美しいだのという話に興じる一幕があるが、月の宮廷というのもそういうものなのだろうか。
というか、私がまさか色恋に無関心なクールキャラ認定されてたとは意外だった。
『あなたがそういう話を好むのが意外なのでした』か……。侮蔑のニュアンスは入ってないよね……?
伊月と話すために無理矢理恋バナという身の丈に合わない話題を引っ張り出してきたけど、もしこれで伊月に引かれていたら、多分泣く。
……よし!
「まっさかー。色恋におぼれるやつなんて何やってもダメだよー」
私は前言を撤回して安全地帯へ退避することにした。
「……疲れているなら休んだほうがいいのです」
……撤退作戦には高度な統率技術を要する。
私にはそれがなく、『伊月に引かれる』といういろいろと甚大な損害を被る羽目になった。
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「……というか、その言い草だと、伊月は恋愛ごとを馬鹿にしてるみたいだけど」
まあ私も馬鹿にしているのだが。
「ええ、かぐや様が地球にいらっしゃったとき、地上のありとあらゆる男どもの誘いの手をお断りになったお話が好きで、あたしもそういう色恋から遠い在り様に憧れるようになったのです」
「じゃ、友達とかと色恋の話をしないの」
「はい。そういう話になったら黙ってます」
「それ……友達とかから浮かない?」
私は、輪になって恋バナに興じる官女たちの中で伊月一人がつーんとそっぽを向く、高潔でかわいらしい姿を簡単に想像することができた。
「友達は、なんというか、あまり多いほうでは無いのですが……まあ諦められているのです」
後から聞いた話だと、伊月は、ほかの官女たちよりも頭一つ抜きんでて『かぐや様』を尊敬しており、それはそれは言行やら衣服やらを真似するといった行為は当たり前なほど熱烈なものらしい……。
「……伊月、ちなみに男に言い寄られたことってある」
「ありますが、全部無視しているのです」
「……忘れない間に『小野小町』って人のことを調べておきなさい」
伊月は美人だ。せめて、今のうちに変な癖を直しておけば……。
「お嫁に行き遅れることはないだろう……」
気が重くなってきた。
伊月には、尊敬する上司のために一心不乱に仕事に打ち込んだ結果行き遅れて40代まで独身のしなびたOLの月の住人バージョンにはなってほしくない。
「あなたが、あたしの婚期を心配しているのですか?」
私のぼやきを聞き逃さなかった伊月は、そう尋ねてきた。
「うん。今から胃が重いよ……」
「……本当に考えているのですか?」
「はぁ、そうだよ。頼むから変な意地張って良縁を逃さないでよ……」
伊月の将来を不安するあまり、語尾に
「ばかやろー」
ぽすっと、肩に力の抜けた伊月の頭突き。
私はショックだった。
まさか、まさか……。
「伊月が、グレた……」
「……は?」
「悪口を言うのは……この口かっ!?」
私は、伊月のほっぺたをつねる。
この、友達付き合いの悪く、自分から良縁を断ち、悪い言葉を覚えた、お馬鹿でかわいい妹分に、しつけをしてやらないと。
ふにふにとつねる。
ああ、このいじらしい時間をピンで止めてしまって、永久のものにしてしまいたい……。
「いい加減にしろこの勘違いおんなー!」
伊月の本気の頭突きを食らって、私はいじめるのを諦めた。
猫の子供みたいな喧嘩だった。
そのあと、私と伊月は晩御飯を食べた。
「今日のご飯は何なのです~?」
伊月はノリノリだが、コンビニ飯だ。
貧乏くさいことに、伊月はものすごくコンビニ飯を気に入ってしまったらしい。せっかくいろいろなものを食べさせてあげたのに、結局人間はコンビニに回帰するのだろうか。
だとしたら。
「……私は、悲しい」
伊月の胃袋を、掴めなかった。
「?今からチンするので待っていてください」
「……はい。」
やがて、目の前に温められたコンビニ弁当が置かれる。
うまい。少なくとも私の手料理よりは。
でも、私のおすすめした定食屋はもっとおいしかったでしょ……。
「大丈夫ですか?心なしか元気がなさそうなのです」
「うん、平気。気にしないで……」
コンビニに負けた自己嫌悪に沈んでるだけだから……。
「え、えっとじゃあ、恋バナの続きをしたいのです!」
伊月は、落ち込む相手を心配するあまり、自分の得意じゃない恋バナをしようと言い出した。
なんだ、構図が同じだけど逆転しちゃったじゃないか。
「そう、じゃあ普通の恋バナとは違った滅茶苦茶なものになるけどいいかな?」
「あたしは『普通の恋バナ』を知らないのでどんと来いなのです」
私はペットボトルのお茶を一口飲む。
私に恋愛はわからないから、つまんない話になるだろうし、伊月が飽きたら切り上げよう。
「じゃあ始めよう。どうして人間は恋だとか愛だとかから逃げられないのだろうか?」
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