空飛ぶ小鳥は、鷹を目指す
お互いにひとしきり笑いあった後、奏太と私は再び歩き出した。目指すは埼玉県が誇るパワースポット、武蔵一宮氷川神社。奏太は小説の題材の為、私は恋愛成就の祈願の為。
私にとっては、神様に願った所で叶わない確率の方がずっと高い。そんな事言ったら、祀られている神様たちが怒るかもしれないけど、ここは広い心で許してもらおう。
「ねえ、奏太?」
「んー?」
三の鳥居に向かって氷川参道を歩きながら、私は奏太に話しかける。特に話題は無かったけれど、なんとなくお喋りしたい。そういう気分だったのだ。奏太も同じだったのか、《コペルニクス》を外して私を見る。
「小説書いてて、楽しい?」
「ええ?」
「んー、特に深い意味は無いんだけどさ」
私の問いに、奏太は立ち止まって空を見上げる。つられて私も上を見ると、珍しく晴れた空が、参道を覆う欅の枝の隙間から顔を出していた。のんびりと流れる雲を見ていると気分が安らぐ。私達は暫くそのまま空を眺めていた
「わっかんねぇ」
ぽつりと零した奏太のは困っているような、迷っているような、そんな表情だった。だけれども、目の奥に輝く光はとても美しくて、私は思わず息を呑む。
「なにそれ」
「いや、楽しいんだよ。俺の書きたい物語を書くのはさ。けど、評価してもらえないとやっぱり悔しい。ましてや酷評されると、何だこの野郎って怒りたくなる」
「……」
「けど、やっぱり書くことはやめられない。なんだろうなあ、この感情」
奏太はそう言って笑うと、後頭部を掻く。ホント、なにそれ。私にとって、愛を語っているようにしか聞こえない。その気持ちの
答えをはぐらかされて怒っているとでも思ったのだろう、奏太がむくれる私の頭をポンポンと撫でる。私はその手を振り払うと、そっぽを向いた。
私達は再び歩き始める。参道を歩く人の中には、受験生やらカップルが混じっていた。私も来年は受験生。進学するにしろ、就職するにしろ、氷川神社のお世話になる事は間違いないだろう。
では、奏太は?
奏太のお母さまは、好きな事をさせてあげたいと言っていた。私は奏太の希望を聞いたことが無かったから、どういう道に進みたいのかよく知らない。
だけど、今までずっと一緒に居た奏太が、遠くに去ってしまうことを考えると、物凄い変な気分になった。いいや、ここははっきり言おう。嫌だった。
それ以降特に面白い会話もなく、私達は三の鳥居に辿り着いた。一礼してから鳥居をくぐり、境内に入る。何事にも、礼儀は大事。これ絶対。
奏太は《コペルニクス》を再び付けると、本殿に向かう。多分、祀られている神様に挨拶するのだろう。そう言う所、奏太は律儀だから。私も用事を済ませてしまおうと、奏太の後を付いて行く。神池の橋を渡り、桜門の左横にある手水舎で手と口をゆすぐ。
一礼して桜門をくぐり、舞殿の向こうに見える拝殿を目指す。中には五、六人の参拝客がいたが、既に参拝を済ませてしまっている様だった。特に並ぶこともなく、私達は拝殿の前に立つ。
「奏太、五円ある?」
「ある。けど、一枚しかない。あるのは五十円かな。ほら」
「ありがと。後で返すね」
奏太が財布から五円と五十円を取り出す。私の財布には一円が三枚と百円が二枚だけしか入ってなかった。……お札なら、一万円札が二枚入ってるんだけどね。
お賽銭箱に小銭を入れて、二礼。奏太は大きく、私は控えめに手を鳴らし、目を閉じて願いを込める。どうか叶いますように、と。
目を開けると、奏太はまだ願っていた。邪魔しちゃ悪いかなと思って、一礼すると、先に神札授与所へ向かう。縁結びのお守りを買ってバッグに仕舞った所で、後ろから奏太が声を掛けてきた。
「お待たせ。なに買ったの?」
「それは内緒。はい、さっきの五十円」
「あ、どうも」
奏太は恭しく受け取ると、神妙に財布に仕舞った。その動作が可笑しくて笑うと、奏太も小さく笑みを浮かべた。
さて、これからどうしよう? お母さまからは外に連れ出してくれ、とだけ言われているので、その目的自体は達成されたともいえる。まあそれでも、久しぶりにこの神社に来たからには周ってみるのもありかもしれない。そんな事を考えていると、珍しく奏太の方から提案してきた。
「取り敢えず、神社の境内を歩いてみよう。なんかいいアイデアが生まれるかもしれない」
「え? ああ、うん。そうだね」
「なに、乗り気じゃない?」
「ううん。奏太の方から行くのって、珍しいなって思っただけ。いっつも無愛想で、何をするにもダル重ーって感じだから」
私が悪戯っぽく笑いながらそう言うと、奏太は何故か顔を赤くして唇を尖らせた。奏多にしては珍しい。ふいっとそっぽを向くと、ずんずんと勝手に歩き始めた。私は見失わないようにと慌てて後を付いてゆく。
桜門をくぐると、ちょうど結婚式が行われていた。紋付き袴に白無垢の新郎新婦が桜門前で写真撮影を行っている。私達は邪魔にならないようにとなるべく脇に
――いいなぁ、結婚式。
私も女子の端くれだ、結婚に憧れが無いわけではない。だけど、これから自分がどうなってくのかも分からないし、それに肝心の相手がいない。だけどもし、結婚するんだったら、私の事を良く思ってくれる人が良いな。
満面の笑顔で写真を撮られている二人を眺めていると、奏太が私を見つめている事に気が付いた。顔を赤くして、ぼーっと突っ立っている。
「なに?」
「うえっ!? いや、何でもない」
首を傾げて奏太を覗き込むと、奏太はあからさまに動揺して私から一歩遠ざかる。
……傷つくなぁ。
私が内心落ち込んでいると、その雰囲気を察したのか、奏太が慌ててフォローし始める。
「待て待て! 別に引いたわけじゃなくてっ。あの二人を見てる天の顔が、綺麗だったなーとか、天もやっぱり女の子なんだなって!」
「は、はあ!? 何言ってんの!?」
「だからそのっ! 空の顔、改めて見てるとやっぱり可愛いとか、別にそれだけだから!」
慌てて大声でそんな事をぶちまける奏太に、私は絶句するしかない。自分が口にしている内容を認識したのだろう、奏太も口を噤む。周りで聞いていた参拝客が、「若いっていいわね」とか、「大胆だねぇ」とか好き勝手なことを言って去って行く。
「~~っ」
まさか、まさか、まさか。鈍感で浮いた言葉の一つも言えないはずのコイツが、私の事を綺麗だとか、可愛いだとか。
こっちはなんの覚悟も出来てないのに、いきなりそんな事を言われたら今まで以上に好きになっちゃう。
私は何も言い返せずに、限界まで熱くなった顔を両手で覆う事しか出来なかった。
ああ、顔から火が出そうとはこの事だ。
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