ソラのカナタのアルタイル
まほろば
空飛ぶ小鳥の行く先は
――西暦2134年。12月20日。
私こと
今日の私の服装は、白のニットセーターに青のフレアスカート。寒がりの私としてはぶ厚いタイツも欠かせない。お気に入りの灰色コートを着込めば、寒さ対策はばっちりだ。尤も、これをお洒落と言えるかどうかは、甚だ疑問だが。
寒さでかじかむ手をカイロで温めながら、私は彼が来るのを待つ。
私が待っている相手は、私の幼馴染であり絶賛片思い中の
文芸部に所属している奏太は、ここ最近は某有名出版社に応募する為の小説の原稿に掛かりきりになっていて、休日は一歩も外に出ない。そんな状況が二週間ほど続いている。
なので、朝から晩までパソコンと睨めっこしている息子を心配した奏太のお母さまに頼まれて、こうしてわざわざ外に連れ出してやったという訳だ。
奏太とは生まれた日も一緒、病院も一緒。家は隣同士で幼稚園から高校まで一緒という、ひと昔前の漫画にでもよくありそうな関係だ。
親同士も仲が良くて、幼い頃はどちらかの親が仕事で家を空けている時、一緒に夕ご飯を一緒に食べたり、お泊りをしたり。おお、思い出してみると結構恥ずかしい。
あの頃は良かったなー。奏太は素直で、可愛くて。私をお嫁さんにしてくれるなんて、言ってくれてたのに。今は仏頂面で、何考えているかいまいちよく分からないし。休み時間とか、ずっと小説読んでるし。私が話しかけても碌に反応しないし。
なんてことをぐだぐだと考えてたら、噂の彼がこっちに近づいてきた。手を振ると、向こうも軽く手を上げる。
「早くない?」
……第一声がそれですかそうですか。このやろう、ぶっ飛ばしてやろうかな。
そんな事を思いながら、私はいつも通り仏頂面の幼馴染を見上げる。黒のパーカーに黒いズボンという、今時流行らない時代遅れのスタイルを地で行く奏太は身長はそれなりにあるのに、所々跳ねた寝ぐせやくたびれたコートの所為で野暮ったく見えた。
仮にも女の子とお出かけをするのだ。その格好は何とかならなかったのだろうか? と一瞬だけ疑問に思ったが、そもそもコイツは誰と出掛けようが自分のスタイルを変える奴ではない。いつもの格好、いつもの態度。
そいつは、私の視線に気づくと首に巻いているマフラーで口元を隠しながら言い訳する。
「いや、これが一番楽だったんだよ。俺、他にたいそうな服なんて持ってないし」
「……はぁ。良いよ、奏太の事は、よく分かってるから。それより、行こ?」
私は奏太の手を握ると、歩き出す。目的地は、ここから一駅分歩いた所にある武蔵一宮氷川神社だ。幼い頃から、この神社にはお世話になっている。交通安全、合格祈願。今年は恋愛成就も加わった。まあ、主に祀っているのはスサノオだから、私は女神であらせられるスセリビメ様に祈っている。
「なあ、天?」
「んー? なに、奏太」
私達は駅前通りを歩く。いつもなら、途中にあるマックに寄って一休みするのだが、今の時刻は13時過ぎ。お昼も家で済ませてきてしまっていた。奏太も同じだったのか、素通りして一の鳥居へと向かう。
「なんか、ありがとうな」
「へ? な、なんで?」
唐突にお礼を言われた私は、その理由が分からずにちょっと混乱する。お礼を言われるようなことは何一つしていないし、今日だって奏太のお母さんに言われたからこうして出かけているだけだ。
そもそも、コイツが誰かにお礼を言うなんてなかなか無いから、これはもしかしなくてもラッキーな事だったりする?
「いや、俺一人だと周りの人に白い目で見られること確実だけど、お前がいるからそんな事にはならない」
奏太は信号を渡りながら、お礼の理由を明かす。なんともまあ、奏太らしい理由だけれども。
……このやろう、ぶっ飛ばしてやろうかな?
私、これでも一応女の子なんですけどね。幼馴染とはいえ、気の置けない関係とはいえ、貴方の言葉に一喜一憂してるんですけど。気付いてるのかな?
いいや、万年鈍感選手権殿堂入りを果たしているコイツの事だ、絶対に気付いていない。絶対にだ。
釈然としない思いを抱えながら歩いていると、いつの間にか一の鳥居を通り過ぎていた。今の季節、参拝客は増えるとはいえ、流石に今の時間は空いている。のんびりと歩きながら、私達は二の鳥居に向かって歩く。流石に道路が狭くなっているので、横一列で歩くことはしなかった。
そのまま特に会話もなく、私達は氷川参道の半分ぐらいまで来た。視線の先には、朱色の大きな鳥居が見えている。二の鳥居だ。時折吹く冷たい風に身を竦ませていると、唐突に奏太が口を開いた。
「――さっきはそう言ったけどさ」
「ん?」
奏太は手で口元を隠しながら、恥ずかしそうにしていた。耳もほんのり赤く染まっている。もっとも、これは寒さの所為かもしれないが。
「今日連れ出してくれたの、俺が小説で煮詰まってるって分かってたからだろ?」
「ああ、うん。そうだね」
もちろん、今日のデートは私がそうしたかったから。でも、実は奏太を連れ出した理由はそれだけじゃなかったりする。私の曖昧な返事に、前を歩く奏太は後ろへと振り返る。
「お母さまが心配してたよ。なんか、奏太がずっと部屋で独り言呟いてる、って」
「え。マジで?」
こっちを向いたまま前に歩き続けるという、地味に器用な真似をする奏太に、私はお母さまから言われた内容をそのまま伝えた。
「マジです。まあ私としても、そんな危険な奴をほっとく訳にもいかないし。ね?」
ニヤリと笑って付け加えると、今度は奏太が面白い
奏太のその顔を見るのは随分と久しぶりで、私は思わず吹き出してしまった。
「……笑わんといてくれる?」
「無理無理。だって、ちょー面白いし」
「そこを何とか、お願いしますよ」
「えー? どうしようかなー」
手を合わせて拝み倒してくる奏太に、私は笑って舌を出す。そのまま二人でじゃれ合っていると、二の鳥居までたどり着いた。ここでも信号に引っかかる。
信号待ちをしている間、奏太がバッグからヘッドセット型の携帯電話を取り出した。《コペルニクス》と呼ばれている
奏太は今年の五月に手に入れてから、事あるごとに使っていた。
「何してんの?」
「今のやり取りを、メモに書きこんどいた。小説に使えないかなって思ってさ」
「なあっ!?」
今度は、私が目を見開く番だった。
相当面白い顔をしていたのだろう、私の顔を覗き見た奏太は思いっきり吹きだした。
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