影と黒

 後列の士官が獣使いの少女を生け捕りにするよう指令を出した頃、前列では傭兵達が奮闘していた。


 たった一人の少女――いや、少年か? どちらにせよ、五十人の隊を一人で蹴散らすなど、例え神国の異能と言えど認められない。認めることは死を意味する。


 だが斧は盾を千切り、ロングソードは鎧ごと人間の体をぐしゃぐしゃに潰してしまう。


 そんな死に方を目の前で見せられて、たかが『雇われた腕自慢の寄り合い』でしかない前列の傭兵は、簡単に後退してしまう。


 距離を置かれても慌てることなくでんと構える姿は、お嬢ちゃんと呼ぶに全く相応しくない。返り血を浴び、その血を味わうように舐め、据わった目で威圧する姿は――。



狂戦士ベルセルク……」



 神国に限った話ではない。どこにでも伝説が存在し、暴力の化身を指してそう呼ぶだけのこと。


 傭兵達は二歩、三歩、どんどん後ろへ下がる。


 狂戦士ベルセルクと呼ばれた少年は、一度空を見上げた。


 後退った傭兵が後列の正規軍間近まで来て、背中がぶつかった瞬間、雲が太陽を隠す。


 同時に少年は、溶解するようにヌルリと艶のない黒に姿を変えると輪郭を溶解させて、雲の影と混じり合ってしまった。



「どっ、どこに行った?」



 声を発した傭兵の前で、影が迫り上がる。



「ひぃ……ぎぁ」



 斧で真っ二つに裂かれ、下半身は大地に転がり、上半身は後列の正規軍へ向かって飛ばされた。


 突然上から振ってきた傭兵の上半身に、正規軍は低い悲鳴を上げて混乱する。



「……大丈夫か」



 狼と睨み合いながら混乱に貶められた正規軍と、既に全ての統率を失い腰の抜けた傭兵達。


 その間に、蓑を被せられた数人の女。



 ――捕虜か。子供もいるな。



 いざとなれば彼女達を盾にするつもりだったのだろう。高木こうぼくから確認しただけでは気付けなかった。



「森に逃げて、待っていろ」



 血を塗った姿の少年に言われて、女達は震える足で森へ歩き始めた。


 止めに来た正規軍の兵士を、少年はロングソードで脳天から叩き潰す。肉塊とすら呼べない潰れた姿と溢れて飛び散った紅血に正規軍の兵は狼狽え、怖じけ、嘔吐く。

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