夜明けの夢

@rainy000

第1話 気分は遠足

ことの発端は、数日前に自宅にかかってきた電話だった。

普段電話に出る事は無いがたまたま留守にしていた母に代わって電話を取ると、相手は母方の祖父だった。

「よぉ、友也。元気にしてるか」

「おじいちゃん。久しぶり。いつも通りだよ」

祖父から電話がかかってくるのは、何年ぶりだろうか。祖父は母と仲が悪い。もしかして、母が居なそうな時間を狙って電話をしてきたのかもしれない。

「友也、今何年生だ?」

「高2になったよ」

最後に会ったのはたしか小学生の頃だ。電話の向こうでおぉ、そうか…と小さく聞こえた。

「学校はどうだ」

「あ、うん、まぁ…普通」

祖父は挨拶程度に聞いただけだと分かっているが、核心を突かれたようでドキッとする。

なんせ俺は高校2年生になってすぐから、学校に行っていないのだ。

もちろん、祖父が知っているはずはないんだけど。

祖父が何かを察したのか、何かを考えているのか、ほんの少しの時間沈黙が流れた。

居たたまれなくなった俺は、こちらから会話を繋げることにした。

「それで、おじいちゃん、今日はなんで電話なんてしてきたの」

「あぁ、久しぶりに友也に会いたいなと思ってなぁ…もしよかったら、夏休みの間こっちに来ないかと誘いの電話なんだが」

唐突な話に驚くも、悪くない話だなと思っていた。

学校に行っていない俺に夏休みも夏休みじゃない日も特に変わり映えはしないのだが、確かに今週から学校では夏休みが始まったらしい。

どうせ遊ぶ友達も居なければ、バイトも部活もない。

毎日こうして家の中でだらだら過ごすよりは有意義かもしれない。

「そうだね、久しぶりに行こうかな」

その返答を聞くと祖父の声が少しトーンが上がった。

声を弾ませながら住所を読み上げ、嬉しそうにしながらも最後は絶対に母は来させないでくれと何度も念を押されて電話を切った。


祖父の電話から数日過ぎて。

俺は明日に向けて準備を始めていた。

祖父が来るのはいつでもいいと言っていたので明日出発することにした。

準備をしている間、小学校の頃行った遠足を思い出していた。

学校で配られたプリント用紙を折りたたんで前の席から回ってきたホチキスで止めて作るしおり。

そのしおりに書かれているバスの席順の確認。

しおりの準備するものリストに書かれたものをチェックを入れながらリュックに詰めて行く作業。

全部が楽しくてワクワクしてたなぁ。

しおりもバスの席順も無いが、リュックに詰めて行く作業はどこか心が踊る。

初めて一人で遠出するというのもあるかもしれない。

片道3時間半。

祖父に聞いた住所が書かれたメモをリュックのサイドポケットに入れる。

一通りの生活に必要そうなものを詰め終わったところで、何か忘れ物はないかぐるりと部屋を見回す。

すると壁いっぱいに広がっている大きな本棚の一番上に、無造作に置かれている未開封のインスタントカメラを見つけた。

母にカメラが欲しいとせがんだ時、俺が欲しいと言っていたのはデジカメだったが機械に強くない母がカメラならなんでも同じだろうと買ってきた物だ。

…もはや機械でもないので機械に強いか強く無いかが関係するかはわからないけど。

何個かあるが、全て有効期限は過ぎている。まぁ、撮れなかったら諦めよう。

棚を漁って見つけた5個のインスタントカメラもリュックに入れて、準備は完了した。

明日出発できそうだな。

俺は急いで風呂に入り、上がったところで母に呼び止められた。

いつ帰ってきたのか分からないが夕飯の準備できたよとリビングから顔を覗かせている。

振り向いた俺の顔をみて母が驚いた顔をしていた。

「あんた、なんでそんな嬉しそうなの。怖いんだけど」

俺は自分でそんな顔をしていると気づいていなかった。

そうか、嬉しそうな顔をしているのか。

この歳になってこんな気持ちになるとは思ってなかったが、

おそらく、


「明日から遠足に行くんだ!」


とてもワクワクしていた。

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