ひなたひより
韮崎旭
ひなたひより
12月の街路は想像を絶する不快感で覆われていて、それはさながら重油のような負の感情の吐瀉物を隙間なく路上に敷き詰めた鎮静剤の離脱症状の様だった。大抵は減薬の際に問題が起こるとされており、処方の時点で慎重さが求められている。筋弛緩作用や作用の持越しなども見られることから、特に代謝の遅い高齢者などにおいては、薬剤の選択に関して注意が払われなくてはならない。何故なら、筋弛緩作用や眠気・ふらつきなどは、高齢者の生活に致命的な影響を及ぼす転倒の原因に高い確率でなりうるからだ。壁に塗りたくられた灰色が恨めしげに空気を眺めている。君に呼吸はない。ついでにいえば、存在が曖昧である。私の視線が向けられたとき、加えて重度の疲労に見舞われたときにのみ、君は私にとって存在している。君の声はサイレンではなくハルピュイア。君の爪は肝臓を蝕む怪鳥。君の歌は自殺者たちの断末魔。君の顔はペストに似る。(その患者の顔でも、ペスト医師の仮面でもないことには、注意が必要だ。あくまでも病魔の一種である、赤いハンカチを振る娘、女性名詞のペストなのだ。)君が階段を降りる音は私の視線を先鋭化した、不安定なものにし、君が私の隣でハムエッグを食べている光景は私に、こう思わせる。「まさか、冗談だろう! こんなことが!」
罪悪と害悪が調和しては鈍く思い疼痛へと導く。鼠の走り回る音と硫化物の臭気に追われたここはいわば死都。地下鉄の奏でる葬送の音楽は誰にも注意を払われることがない。誰も何にも注意を払わないせいで、いたるところに遺体が放置される。不衛生の極み。どこであると土地が余っているような地方であろうが、遺体の放置は何らかの法規が禁止している。それなので、空が青いと格別の落ち込んだ気分を、味わうことになる。解離状態を麻酔にすることもできず、空費あれる煙草の本数が時間の経過を物語る。誰もいないじゃないか!
泥濘の中から呼び戻したのは、いつの死者か?放棄された感情は述べたがる。「私は啓発するし、私は光となる。誤った代物だが、汝に希望も与えよう」誰がそんなもん要求するか死にさらせ。私は食事に大量のアヘン製剤を振りかけるとすぐさま眠ろうとした。だがその前に誰かが、嵩のある執着心を郵便ポストに放り込んだせいで郵便ポストが機能しなくなっており、なんておいしそうな子猫なんだろう、今すぐにでもフライパンに放り込んで茹でちまいたい。子猫を茹でないでいられる人間がどれだけいるのだろう。人間は欲望に従うし、だからその辺の小動物が遠慮なく鍋やフライパンで加熱調理される。オリーブオイルで揚げ焼きにすると、スズメはおいしい。鳥だから当然。かわいいねって、不特定多数からよく言われがちだから、おいしく育っている。鳥にとって、社会貢献は本望だし、個々人がおいしい雀を食べて幸せな気分になっても、完膚なきまでに腐敗し脱構築され、破滅一歩手前のところに立つ社会の改善には、全くそんなことは何の役にも立たない。
ということで駅前には、太田リポーターが待機しています。状況はいかがでしょうか?
「はい、こちら駅前です。惨憺たる状態です。まずこれは……(カメラが地面方向をむく。どう見ても無事ではない、ねじれた死体と、そこから離れた女性の手首をカメラが映す。)手首ですねえ。断面の美しさは、10段階評価で6です。先ほどの家屋の崩壊や川の増水、幽霊会社の利用による信じ瓦解ほど汚い手口を用いて法の網を潜り抜ける脱税、などに今後注意が必要であると思われます」
では太田さん、背後をどうぞ。
「はい、背後、駅舎となっておりますがご覧の通り損壊しており、通常の営業が不可能なじょうた」迫りくる、高さ5メートルのタコ! なんで地上で活動できるんだよ! 鎧のような皮膚がまがまがしい光沢を纏い、動作の度に周囲のものを破壊!ガスタンクが先ほど破裂し多数の送電性が火花を上げながらの被切断! よく見るとフラクタルのように全体が小さなタコの集合からなるがその小さなタコもより小さなタコの集合からなるが、実際には規則性皆無でフラクタルではない! より一層ひどい損害を駅舎に与えるタコ(のようなもの)! カメラマンが安全そうな屋内に退避するが、触手で上から一気に潰された! 重機並みに頑強な触手だし、そもそも大きさがあるから重量も当然伴う。タコとは思えない安心設計により街を容赦なく蹂躙し続ける。だが、カメラマンなどに関していえば、死体も見えない。そんななか、「えー、現在駅前では、怪獣の突然の? 怪獣でしょうか……。動物の出現により、被害が悪化している模様です」そんなプロ意識にタコはかまわない。二本の触手が器用にレポーターの両腕を掴むとこの人間の苦悶の表情など仮にカメラが回っていても視聴者が見る暇はなかったであろう迅速さで真っ二つにリポーターを引き裂く。あふれ出る内臓を、残骸のような骨格とともに一方の触手で道路の路面に塗りつける。こんなもんは3時のおやつにしても、腹に溜まらなさすぎる。
だが、カメラマンが先ほど死んだ上に、カメラもひどく損壊して使用不能となっており、誰もその映像を見ていなかった。
おかげでこのタコの出現による被害は死傷者にして50万人に上ったとされている。政令指定都市の要件くらいだ……。
ひなたひより 韮崎旭 @nakaimaizumi
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