シュレディンガープレゼント実験

ちびまるフォイ

×望んだ ○覗いたものが手に入ります

案内された部屋には星を見るのに使いそうな望遠鏡が備え付けてあった。

壁には大き目のレンズが監視カメラのようにあり、それ以外はなにもない。


長くいると頭がおかしくなるほど殺風景な部屋。


「これから1時間だけ、この部屋にいてもらいます。

 1時間後に迎えに来ますが、

 その時点でこの望遠レンズの先にあるものが手に入ります」


「見ていいですか?」


「かまいません。ですが、注意点があります。

 この望遠レンズの先に映っているものは見るたびに形状変化します。

 1度見てしまえば、前の状態に戻ることはありません」


「なんだかルーレットのストップボタンみたいですね」


「なにか問題があれば呼んでください。

 望遠鏡に備え付けてあるマイクが声を回収します。

 この部屋から出るまでは影響がないのでしゃべれますから」


「わかりました」


スタッフが部屋を出たので、急に静かになった。


「……何が映ってるんだろ」


好奇心に駆られて望遠鏡をのぞいてみた。

レンズの先にはかわいらしい猫が映っていた。


「猫か! かわいいなぁ! あと1時間耐えれば猫がもらえるんだ!」


猫カフェ通いで借金するほどの猫好きだったので嬉しかった。

スタッフは自分の欲しいものをリサーチして入れてくれたのだろうか。


望遠鏡から離れて1時間待つことにした。



が、やっぱり気になる。


「……まぁ、1回くらいなら覗いてもいいかな。

 どんな変化があるかわからないし」


三毛猫がペルシャ猫になっているかもしれない。

淡い期待を込めて望遠鏡をのぞいてみる。


レンズの先には、ネコミミがついている美少女が映った。


「ヒトかよ!?」


あまりの変化の落差に驚いた。

1回覗くたびにこれほどの変化が起きるなんて予想してなかった。


草食系で彼女なんてできたこともない自分にとって、

ネコミミ美少女が手に入ること以上にこの世の幸せはなかった。


「よーし! 今度こそ、これで決まりだ!!」


これ以上の期待はできないと望遠鏡から目を離した。




が、しだいに気になっていく。


「……次、覗いたらどうなるんだろう」


きっと、また劇的な変化が起きるかもしれない。

ネコミミ美少女を天秤にかけても、変化を望むべきなのか。


覗いた結果よりいいものに変化しているかもしれない。


「3度目の正直! これで最後だ!!」


自分に言い聞かせるようにして望遠鏡をのぞいた。


レンズには、ゲル状の物体が映っていた。



「え……」


言葉を失った。

すでに生物の面影はなく、ぴくりとも動いていない。


「そ、そんな……」


どうして欲をかいて覗いてしまったのか。

あのまま覗いていなければ1時間後にネコミミ少女が手に入ったのに。


「こんなのリセットだ! リセット!!」


慌てて望遠鏡から目を離し、またすぐにのぞき込む。

これでまた形状変化が起きているはずだ。


けれど、レンズの向こう側にはゲル状のものだけが変わらず映っていた。


「なんで!? なんで変化しないんだよ!!」


何度も何度も覗いては目を離し、また覗くを繰り返す。

それでもレンズの向こう側では何も変化がない。


耐えきれなくなってスタッフに文句を言った。


「おい!! 俺の声が聞こえてるんだろ! さっきからまるで変化がないぞ!」


『いいえ、被験者さま。きちんと変化していますよ』


「どこが!?」


『見た目にはわからないかもしれませんが、内部の性質がまるで違うんです。

 水と塩酸だって、見た目の区別はつかないでしょう?』


「あんなゲルなんていらねぇよ!!」


『覗いたのはあなたです。あなたが覗いたから変化が起きたんです』


「くそ!! わかったよ!!」


残り時間はあとわずか。

何度も覗いては目を離して形状変化をうながしていく。


色や形が変化することはあってもゲルからは出られない。


残り10秒。


「たのむ!! なにか変化してくれ!!」


残り1秒。


最後の1回覗いたとき、レンズの向こうには、黒猫が映っていた。


「や、やった……!!」


終了を伝えるブザーがなった。

ゲル状の物体から最後の最後に黒猫まで復元に成功した。

最後まであきらめないで本当に良かった。


『お疲れさまでした。これからスタッフが迎えに参ります』


密室のドアの向こうから人が歩いている音が聞こえた。

集中していたのかやけに足音がはっきり聞こえる。


がちゃり。


ドアが開くと、スタッフは鏡をもって部屋に入った。


「おめでとうございます。

 最後に覗いた黒猫の体を手に入れた気分はいかがですか?」


望遠鏡があるだけの殺風景な部屋には、黒猫1匹だけが待っていた。


「にゃあ」


黒猫は鏡に映る自分を見てないた。

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