登る煙は竜の元へ

彼方野 栞

prologue 「生きる為に必死なんだ」

ザァーー。


 早朝。

 暖かい季節だろうと容赦なく体温を奪う雨は無慈悲だ。そして無差別に俺たち6人の皮膚へと溶けて、消える。

 ザァーっと叫び、否応もなく降り注ぐこの絶対的な強引さはこの世界一のエゴイストなんじゃないかと俺は思う。

 つまり何を言いたいかと言うと…。


「さみぃなぁ。」


「おいクル毛カナタぁ!呑気なこと言ってる場合じゃねぇだろぉが!?一回もその槍当たってねぇのバレてっからなぁ!」


「う、うっせぇな!リイ、お前こそ何もやってねぇじゃねぇかよ!そもそも奇術師って何が出来んだよ!トゲトゲ頭だけ一丁前にしやがってっ。」


「この頭は俺様のチャーミングでイケメンなストロングポイントなんだよっ!自分の髪にこだわりくらい持っとけってんだ!」


「はぁ。問題はそこじゃねぇだろ…。」


 ここは元ルイーズ友軍団第ニ駐屯地って呼ばれる所で、俺たち初心者組織が経験を積むには適した場所だって教官から教えてもらった。


 リイと俺が子供の喧嘩をしていてもアイラは冷静に戦況を把握する事に勤しんでいた。


「ソフィ。ポテンシャルを使って獲物がどこにいるか索敵してくれないかな。」


「わかりました。ふぅー。…。…見つけましたっ!約650メートルくらい離れた青色の屋根をした建物の中にいますっ!」


「流石だよソフィ。よし。改めて言うけど僕がみんなに念を共有できるのは大体100メートル。だからそれまで態勢を低くして縦一列に行こう。運良く雨が降っているお陰で音も目立ちにくいしねっ。」


 流石なのはアイラだよ。俺よりもリーダーに相応しいに違いないよな。てか出来るなら譲りたい。


「万が一の時の為、重盾持ちのアロンが先頭にいて欲しい。」


「了解したアイラ。みんな絶対に俺の脇に顔出すなよっ。」


「あとベレナは行動光魔法で敵から見つけにくくしといてくれないかな。」


「う、うん。あんまり使わないから失敗しちゃったらごめんなさいっ。…。」


「その時はその時だよ。じゃあ…いこうっ!」


 すげぇ…。俺の出る幕が全然無い…。

 安心できる。アイラと一緒だと、今日こそは倒せるんじゃ無いか?って本気で思える。


 ザッ。ザッ。ザッ。


 あの建物まで残り300メートルって所かぁ。


 "よし。みんなここから分散しよう。アイツらに見つからないように瓦礫や建物の陰に隠れながら100メートルくらいまで近づいたらまた合図するよ。"


 頭に直接語りかけてくるこの感覚このスキルは相変わらずなれないな。でも暖かい。多分アイラの性格も反映されてるに違いない。


 空を見上げるとさっきまでの勢いは何処へやら、雨はポツポツと治り、七色の綺麗な橋が遙か彼方に掛けられていた。


「…すげぇ綺麗。」


 ほんの数秒だけ。

 七色の橋に気を取られていると左側から黒い何かがその光を遮ろうと落ちて来た。


「ナニコレ?…。」


「あ…ぶないっ!!」


 ガチンッ!!!


 アロンが投げた盾が剣を持った"獣人"の右手にヒットした。


 我に返り左側を向くとさっき獣人の他に短剣持ちが2体いた。


「グウ"ゥ!?」


 剣を持った獣人が右手を痛そうに掴みながら、輝く鋭い牙を剥き出し食いかかって来る。


 ガッ!


 なんとかギリギリ槍の持ち手の部分を口に挟む事で退ける事が出来た。


「ちょ、ちょっと待てって!話と違くね!?」


 いや、待てって言っても通じる相手じゃないよな…人間じゃないし。

 マジで危なかった…


「す、すいません!良く集中出来て無かったのだと思います!」


「おいてめぇソフィ!危ねぇじゃねぇかっ!ちゃんと俺様みたいにビンビンに集中しやがれっ!」


「で、でも。集中出来なかったのはリイ君の所為でもあるんじゃないのかなぁ?なんて私は思うんだけど…」


「あっ!?なぁにを言ってんだベレナちゃん。俺はソフィにいつ如何なる時でもポテンシャルを使えるように鍛えてやってんじゃねぇかっ!それに応えられないソフィが悪いっ!」


「むぅ。流石にムカつきます。」


 ドカッ。


「イテェッ!何すんだバカ女!アホ!」


 あははぁ〜。仲良いね本当に。でもそれよりさ…


「ね、ねぇ…誰か助けてくれない…かな?」


 そうだよ。助けてくれないと俺…もう腕が持たねぇ。


 あれから俺は剣を持った獣人に馬乗りにされながらも首の皮一枚耐えていた。


 他の敵は!?

 とチラッとだけ隣を見ると、盾を拾ったアロンと木刀を持ったアイラが一人一体食い止めていた。


「情けないなカナタ。俺様ならそんな奴瞬殺だぞっ!てかそもそも俺は近接系じゃねぇんだ。」


「ご、ごめんね!?今助けるよ!」


「おっ?ベレナっ!ついにカッケェ魔法でも使えるようになったのかっ!」


「リイ君!静かにしなさい!ベレナが集中出来ないでしょ?」


「…。」


「「…。」」


「…。…ダメ…やっぱり出来ない…。」


「「はぁ…。」」


「焦らず一緒に頑張りましょうベレナ!」


「クゥーやっぱ出来ねぇかっ…早く見てぇなぁカッコイイやつ。って事はこの状況を打破出来るのは俺様しかいねぇなぁ!」


 なんでも良いから早く助けてくれ…。


「"偽は真よりもまことなり、欺けっゴレムッ!"」


 リイが足元を指差すと指したところを中心に土がゆっくりと盛り上がり、その周りは凹んでいった。


「ゴォォォッ!」


 リイと身長は同じだが、ガタイの良さは2倍3倍くらいはありそうな、等身大の土人形が現れた。


 正直めっちゃ強そう。


「おぉ!ゴレムちゃん来てくれたかぁ〜!よしよし!…じゃあ早速あの獣人野郎ども蹴散らしてくれっ!」


「ゴォゴォォー!」


 ドシンッ。


「ナイス。リイ!」


 ゴレムが獣人に大きく振りかぶった。

 てか奇術師強すぎね?ズルッ。


「グワァン!?」


 獣人は頭を手で抑える。生き物の本能的な防御システムだ。

 ゴレムは腕を振り抜き、ゴツい拳を獣人の頭に叩きつけた…。


 …。…。アレ?


「クゥン?」


 サラサラぁ〜〜。


 砂埃が宙に舞い、光に反射するその砂はこの世の中で1番と言えるくらいとてつもなく綺麗だった。


「何ボウっとしてんだカナタぁ!早く蹴り飛ばせっ!」


「うるっせぇなっ!」ドカッ!


「ギャンっ!」


 なんとか距離を取ることが出来た。

 てかあのゴレムちゃん?は?


「おいおい。俺様は奇術師だぞ?騙す事が本業の俺が物語みたい力のあるヤツだすわけねぇだろっ?」


「あぁ。そうだよな。」


 奇術師って本当にコイツにピッタリだよな。ってつくづく思うよ。


「みんな!こっち!アロンの後ろに来てっ!」


 アイラが叫んだ。

 そうだよ。アイラは完璧に後方支援のジョブなんだ。

 なのに前線ジョブのアロンと同じ位置で戦ってる。

 助けないと!


「ごめんアイラ!!」


 先端に申し訳程度に付いてる槍を敵の脇腹目掛けて伸ばした。


 ヒュンッ。

 かわされた。獣人は身体能力が高すぎて、初心者槍術士の俺には当てられない。マジで当たんねえ。


「陣形を整えよう!アロンとカナタは前へ!リイはゴレム召喚と陽動して!ベレナもゴレムの後ろへ!ソフィはそこにある瓦礫で身を隠しつつ狙撃してくれ!僕もそこで皆んなに"念"で身体強化バフをかける!」


 すごい…。


「獣人にも生活がある!あっちも死ぬ訳にはいかないんだ!僕達は生きて行くために戦ってる。敵も同じだって事を忘れないでくれっ!」


 すごい……すごいよアイラ。


「うおぉぉぉお!!」


 俺たちの現実、敵の現実を再認識し、さらに士気も上がった。

 既にこの時には雨に体温を取られていた事なんて忘れるくらい熱かった。


 ―――



 結局勝てなかった。負けもしなかったけど。

 いや、銃弾の数とか装備の劣化とか諸々含めると俺たちの方が負けたのかも。


 ゲームの様にはいかない。敵は強いし、俺達は弱い。

 簡単に倒せないからこそ"戦い"なんじゃないかな。


 俺達はこの世界でもやっていけるのかな。ってこの時はみんな思っていたに違いない。


 こんな世界で生活するって幸せなんだろうか。

 というか他の生活ってどんなのがあんのかな。


 わかんねぇや。

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