第72話「スケルトンだって肋骨と鎖骨が入れ替わっていたら大変ですし」


 じっさまと話をしたあと、スケットンたちはエルフ剣匠ダムデュラクを連れて、オルパス村の村長宅に戻っていた。

 家の中に入るとティエリが、


「それじゃあ、見てきますわね!」


 と、ダイクの様子を見に行ってくれた。

 パタパタと走る後ろ姿に「良い子ですね」とナナシが言う。それを聞いてダムデュラクが「人間にしてはな」と同意した。

 そうしていると、スケットンたちの声を聞いて、奥からトビアスが顔を覗かせた。

 トビアスはにこにこ笑うと、


「お帰りなさい、皆さん」


 と言った。トビアスはエプロン姿だった。たぶん、家事か何かやっていたのだろう。

 ちなみにそのエプロンは贈り物のようで、端の方にトビアスの名前が刺繍されていた。


(…………ん?)


 ふと、その姿にスケットンは違和感を覚えた。

 何だろうか。そんな事を思って考えていると、トビアスの動きに合わせてエプロンが揺れる。

 その時、剣の鞘が見えた。鞘だけを提げてという事はないはずなので、たぶん中身も入っている。

 これか、とスケットンは違和感の正体を理解した。エプロンの端から剣の鞘が、ちらちらと視界に入っていたのだ。それを違和感としてスケットンは感じていた。


 スケットンも、大体の時は魔剣を所持している。だが、自宅や寝る時などは外して、手の届く範囲に置いている。

 いくら大事なもので、体に馴染んでいるとしても、持ちっぱなしだと肩は凝るし、疲れるものだ。

 まぁ、寝る時や風呂の時まで一緒だという者も、いないわけではないのだが。少なくともスケットンは見たことが無い。


 それで、トビアスがそういう者なのかと考えると、それは違う気がした。

 性格などもそうだが、そもそも出会った時にトビアスは武器など持っていなかった。

 だが、そう言えば世界樹の時は使っていたな、とスケットンは思い出す。戦闘時だったので、あまり気にはしなかったが。


 使えるか、使えないか、そのあたりは置いておいて。

 そう言う意味でもスケットンは違和感を感じたのだ。

 最初に持っていなかった事も踏まえて、少なくとも安心できるであろう場所で、剣を提げている理由は何か。

 ダイクがいるからとも思ったが、今のダイクは素手でも簡単に倒せるほどだ。

 スケットンが聞いてみようかと口を開きかけた時、


「ダムデュラクさんも、お久しぶりです。えっと十年ぶりですかね?」

「ああ。元気そうだな、吸血鬼の小僧」


 とトビアスが挨拶し、ダムデュラクが答えた。

 おや、とスケットンは空洞の目を瞬く。


「お前ら、知り合いか?」

「はい。と言っても、顔見知り程度ですけどね。以前に一度、オルパス村にいらっしゃった時に」


 懐かしそうに目を細め、トビアスは頷いた。

 十年前ならば勇者が魔王を倒した頃だ。その頃にダムデュラクがオルパス村に来ていたというのならば、恐らくじっさまがドラゴンゾンビになった時だろう。

 それならばもしかしたら、死霊術師ネクロマンサーを見ているかもしれない。

 剣の事は後回しにし、スケットンはそちらを聞いてみる事にした。


「トビアス、ちょっと聞きてぇんだが」

「はい、何でしょう?」

「お前さ、じっさまをドラゴンゾンビにした奴の顔を覚えているか?」


 スケットンの質問に、トビアスは少し目を開いたあと、首を横に振った。


「いえ、すみません。その時は、村の皆を避難させるのに精一杯で……」


 申し訳なさそうにトビアスは言う。

 そうか、とスケットンは呟いた。

 まぁ予想の範囲内ではある。もしかしたらと思っただけなのでスケットンは、


「いや、聞いてみただけだ。気にすんな」


 と軽く手を振って言った。

 そのやり取りを聞いたルーベンスは手で口を押え、


「大人に……なったのだな」


 などと、何やら感心していた。

 思わずナナシが「ぶはっ」と噴き出す。スケットンがジロリと睨むと、ナナシは顔を逸らしたが、その肩は小刻みに揺れていた。


「それはともかく。すっかり忘れていたがトビアス、お前、剣が使えたんだな」

「え?」

「その剣」

「あ、これですか。えっと……はい。使えたというか、使えるようになったと言うか……」


 後回しにしていた疑問をスケットンが聞くと、トビアスはその剣を抜いた。


「その、飛ばされた時に、親切な人から頂きまして。その時に戦い方も教えて頂いたんです」


 トビアスは話しながら、それをスケットンたちの前に差し出した。

 それを見てスケットンは空洞の目を見張る。

 その剣には、炎を纏った狼の紋章が彫られていたのだ。


「――――こいつは」


 見覚えがあった。

 錆、刃の欠け具合。それはスケットンがオルビド平原で拾った剣に酷似していた。

 屋敷を燃やした際に、墓標のつもりで置いてきたが、それが何故ここにあるのか。


「これ、オルビド平原にあった剣ですよね?」


 ナナシも同じことを思ったようで、確認をするようにスケットンに聞く。 

 スケットンも「ああ」と頷いた。


「君はあの屋敷まで飛ばされていたのか」

「はい。だから戻るのに、少し時間が掛かってしまいましたけれど……」


 トビアスは指で頬をかいて、少し困った顔でそう言った。


「……トビアス、あんた、使えるようになった、、、、、、、、、って言ったわよね?」


 ふと、今まで黙っていたシェヘラザードが口を開いた。

 スケットンが顔を向ければ、何やら怖い顔になっている。


「え、あ、はい。それが何か……」

「その時、何か変な事はなかった?」

「変な事ですか?」

「ええ。そうね……何かが身体に混ざるような感じはしなかった?」


 シェヘラザードの言葉に、トビアスの目が少し開いた。

 思い当たる節があるような反応だ。

 だが、トビアスは直ぐに、


「――――いえ? 別に、何もありませんでしたよ?」


 と、にこやかに首を横に振った。

 シェヘラザードは少し考えていたが「そう」と小さく呟いた。


「……でも、そうね。そう言えば、あんたの事しばらく診てなかったわね!」

 

 次の瞬間、シェヘラザードがわざとらしいまでに明るい笑顔になった。

 そしてガシッとトビアスの腕を掴むと、


「し、師匠? 何を……」

調整メンテナンスよ!」


 びしり、とトビアスの鼻先に指をつきつけ、元気に言う。


「アンデッドって、ゴーレムみたいに調整メンテナンスするもんなのか?」

「まぁ個体によるのではないかと。ほら、スケルトンだって肋骨と鎖骨が入れ替わっていたら大変ですし」

「入れ替わりようがねぇよ」

「分かりませんよ、スケットンさんだって、左腕だと思っていたものが実は右腕だったかもしれません」

「一瞬確認しちまったじゃねーかコンチクショウ」


 スケットンとナナシがそんなやり取りをしていると、シェヘラザードが大きく頷いた。


「そうそう! そんな感じね! というわけでゴーよ、ゴー! ルーベンス、ティエリ、ちょっと手伝って!」

「ああ、構わないが」

「まかせて!」


 トビアスを引き摺るように歩いて行くシェヘラザードに、ルーベンスとティエリは続く。

 そして四人は居間の方へと消えていた。

 姿が見えなくなると、黙っていたダムデュラクは腕を組んで息を吐く。


「賑やかな事だ」

「まぁな。……まぁ、実際に様子見でもあるんだろうが」


 スケットンは四人が消えて行った方を見て、目を細める。

 トビアスは覚えたと言った。そしてシェヘラザードは混ざるようなと言った。

 それは、勇者が聖剣や魔剣に触れ、戦い方を覚えると話したナナシのそれと、良く似ていたのだ。


「ええ。ただの偶然であるなら、良いですけれど」


 ナナシにもそれが分かっていたようで、スケットンの言葉に頷いた。

 手伝いにルーベンスとティエリの名を挙げたのは、戦力的なものと、精神的なものの意味合いが強いからだろう。

 ルーベンスは教会騎士だし、ティエリはトビアスにとって大事な人だ。その二人が揃っていれば、万が一何かあっても対処が出来る、とシェヘラザードは判断したのだろう。


「親切な人、どなたですかね」

「さてな。屋敷の前で、となると嫌な予感がするが……ひとまず、シェヘラザードたちに任せようぜ」


 役割分担、という奴だ。

 スケットンはそう言うと、ダイクがいる部屋に向かって歩き出す。それにダムデュラクも続いた。

 ナナシはシェヘラザードたちが向かった方を見て、


「…………混ざる、か」


 と呟く。そして自分の胸に手を当て、目を伏せる。

 幾何か考えたあと、ナナシは顔を上げ、スケットンたちを追った。

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