第7話「そうですね、スケルトンレベル1みたいな」
それから一時間ほど経った頃、スケットンはナナシと共に再び山の中に戻っていた。
せっかく脱出した山に戻るなど正気の沙汰ではない。スケットンは疲れたように肩をすくめ、大きくため息をついた。
「何でまた山に戻るはめに……」
「いいじゃないですか、スケットンさん最強なんだから」
「俺もう最強じゃねーし」
ナナシにそう言われても、スケットンは完全にふて腐れている。
生前サクッと倒していたゾンビに敗走したという経験が、予想以上にショックだったようだ。
そうこうしていると、スケットン達の前にゾンビが一体姿を現す。
「あ、いたいた」
「そんな知り合いでも見つけたような調子で。……で、どうすんの? お前が戦うわけ? 最強の応援してやっぜ」
「まぁ私も戦いますけれど……それよりもスケットンさん【竜殺し】を抜いてみてくれませんか?」
「何で? 抜けねーぞ、多分」
「物は試しで」
「えー……」
スケットンは嫌そうに顔をしかめる。
正直嫌だったが、ナナシがあまりに頼むので、スケットンはしぶしぶ【竜殺し】の柄を握り、引っ張った。
抜けた。
「あれ?」
【竜殺し】はすらり、と鞘から抜けた。剣心も僅かに淡く光っている。スケットンの記憶にある元のままの【竜殺し】がそこにあった。
スケットンが訳が分からないという顔で【竜殺し】を見ていたが、感極まった様子で思い切り抱きしめた。
そのままキスでもしそうなテンションの上がりっぷりである。
「お帰り、俺の【竜殺し】ちゃん!」
「スケットンさんスケットンさん、頬骨が削れますよ」
「おっと俺様のイケメンフェイスが」
「骨ですけど」
「骨格良いだろ?」
【竜殺し】が抜けた途端に上機嫌のスケットンは、そう言いながらゾンビを見た。
そして【竜殺し】を構え、ゾンビの頭部目がけて薙ぎ払う。
言動とは裏腹に凪ぐような剣筋だ。
思わず拍手をするナナシをよそに、スケットンは「俺ってやっぱ最強」などとしみじみ呟いている。
「しかし何だったんだ、さっきの。何で今は普通に戦えるんだ?」
「うん、やっぱり」
「やっぱりって?」
「私、ちょっと特殊な体質なんですよ。周囲の生き物の能力をマイナス方面に弱体化する『レベルドレイン』体質なんです」
「何その絶望的に嫌な体質は」
スケットンが嫌そうにそう言うと、ナナシは後頭部をかきながら笑う。スケットンはそんな体質があるのかと思ったが、本人がそう言うのならそうなのだろう。
ナナシ自身もその体質の事はよく分からないらしく、
「良く分からないんですけど、そう教えて貰いまして。人も魔物も誰彼問わず弱くするんで、誰も仲間になってくれなかったんですよ」
そう言って笑った。
ナナシ自身も人づてに聞いた話だが、実際にそうなってしまえば「そうなのだろう」と思わざるを得なかったのだろう。
だから出会った時にナナシは一人だったのか、とスケットンは妙に納得した。
「つまりぼっちか」
「ぼっち言わんでください!」
ナナシは顔を両手で覆う。恐らく気にしていたのだろう、今までで一番感情が込められていた。
「うう……つまりですね、アンデッドって普通に考えたら存在がマイナスからのスタートじゃないですか。なので、そこをマイナスしたら逆に強くなるんじゃないか、と思いまして」
「ほうほう」
マイナスに幾ら足してもゼロに近づくだけである。
しかし逆は無限だ。マイナスにマイナスをしていけば、どこまで行っても底はない。
だから逆にレベルドレイン体質の自分が近くにいればスケットンは強くなるのではないかとナナシは考えたようだ。
その流れで行くとアンデッドも強くなるのだが、それ以上にスケットンが強かったのだろう。
「だからゾンビも倒せなかったのか……って、うん? 待てよ、つまり何だ、俺は素の状態だと弱いって事になるのか?」
「そうですね、スケルトンレベル1みたいな」
「最弱じゃねぇか」
「まぁ強化状態でもブチスラに負けかけていましたけれども」
「最弱じゃねぇか!」
ブチスラ自体は相性が悪かったからではあるのだが。
スケットンは自分が口にし続けた『最強』という単語がガラガラと崩れていくのを感じた。
これは、つまり。つまり、何だ。
スケットンはふっと嫌な事に気が付き、ナナシを見た。
「……つまり、何だ。アレかこれは。お前がいねぇと俺って最弱……?」
「そういう事になりますね」
「マジかー……」
スケットンはがくり、と地面に両手をついて項垂れた。
もしかしたら弱いのかもなんて、スケットンは確かに思った。思ったが、現実はその想像を遥かに超えていた。
生前に最強と呼ばれた勇者スケットンは、今現在、スライム一匹にすら勝てない最弱の元勇者となってしまったのだった。
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