第2話 八つ当たりしてんじゃねぇよ


「おい! ふざけんじゃねぇぞ! どういう事だアヴェル!──」


 戦闘から帰還した戦闘機達で満たされたハンガーの一角で、一人のパイロットがアヴェルの胸ぐらを掴み上げた。その長身大柄の男、ジプシー小隊三番機、ミケル・マッケンジーの憤慨するその顔を、アヴェルは鬱陶しいように睨みつける。


「んだよ、ビビり野郎。助けてやった礼ならいらねぇっての」

「あれで助けたつもりかよ! 俺の機体に弾当てやがって、てめぇに殺されるところだったんだぞ!!」


 ミケルの怒りはさらに激しくなり、さらに乱暴に胸ぐらを引き上げる。


 先の戦闘で、ミケルはアヴェルに助けられたのだ。背後につかれ振り切ることのできなかった敵機を、アヴェルが撃墜したのだがその時放った機銃の流れ弾が、ミケルの機体に数発命中してしまったのだ。当たりどころが悪ければ、ミケルも撃墜されていたかもしれない。


「てめぇがビビってなけりゃ、あんな弾当たってねぇんだよ。人の所為にしてんじゃねぇぞ!」

「っ! この野郎──」


 火に油を注ぐようなアヴェルの言葉に、とうとうミケルに限界が訪れた。鍛えられた剛腕が振り上げられる。


「わー! ストップストップ! ミケル少尉、落ち着いてください!」

「止めんじゃねぇよリタ! お前もお前だ! 自分の犬のリード手網くらいちゃんと持ちやがれ!」

「す、すみません! 以後気をつけますので、どうかその拳は収めてください!」


 アヴェルとミケルの間に、褐色肌の少女が割って入る。ジプシー小隊二番機、リタ・パトリシオは二人の小競り合いを仲裁しようとするが、ミケルの怒気に気圧されたじろいでいる。


「……じゃねぇ……」

「……なに? 今なんて言った?」


 アヴェルが何かを呟き、自分の胸ぐらを掴むミケルの腕を掴む。


「リタは関係ねぇだろうが──」


 アヴェルの声に静かな怒りが現れ始める。ミケルの腕を掴むその手の力が増し、ミケルの腕を引き剥がす。


「八つ当たり……してんじゃねぇよ!──」


 アヴェルは掴んでいたミケルの腕を強引に懐に引き込んで彼の体勢を崩す。前のめりになったミケルの頬にアヴェルの拳が炸裂する。


「っ!? てめぇ上等だこの野郎!──」


 床に膝をついていたミケルが立ち上がり、アヴェルとの殴り合いが始まった。


 拳と拳の応酬、時に躱し、時に受け流すその闘いはほぼ互角であったが、次第に体格の大きなミケルの手数が増していく。


「は! 威勢がいいのは空の上だけか? あぁ!?──」


 膝を着いたまま血の滲む口元を拭い立ち上がるアヴェルにリタが駆け寄る。


「アヴェル! もうやめてよ。私は別に──」

「っせぇな。てめぇは関係ねぇんだよノロマ女。引っ込んでろ」


 リタを押し退けて、アヴェルは拳を改めて構える。


「何カッコつけてんだよ。へなちょこ野郎──」


 不敵な笑みを浮かべたミケルが、ふらつくアヴェルを挑発する。アヴェルは体勢を低くして雄叫びを上げながら、ミケルの懐に飛び込んでいく。その時、ハンガー中に響き渡るようにハウリングした男の声が木霊する。


「はーい、皆傾聴」


 ハウリングが収まるところで、その場に似合わない気の抜けたような声が広がっていく。


「一〇分後にデブリーフィング反省会を始めるから、皆遅れないようにね」


 その声の主は一機の戦闘機の上に立っていた。顔立ちの整った灰色の髪の男、ジプシー小隊一番機、ロベルト・サーフェイスが拡声器で指示を出していた。


「あ……それと、アヴェル──」


 ロベルトは拡声器を下ろして戦闘機から飛び降りようとしていたが、思い出したように拡声器を持ち上げてアヴェルを呼んだ。


「艦長が呼んでる──」



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