卵かけご飯はオムライスの夢をみるか?

@20180910

許せないくらい高カロリー

 眠るために夜があるのではない。午前三時十八分だ。ブランケットの編み目を数える。……十九分になった。

 カチコチって音が気に入らなくて、目覚まし時計の電池を抜いた。一昨日のことだ。単三電池は燃えないゴミになった。

 夜に、たまに眠れることがある。眠れないこともある。そういうときは、ブランケットの編み目を数えたり、時報に電話をかける。織姫(おりひめ)くんにも電話をかける。次の日怒られる。

 今日は眠れない日だ。カップラーメンが食べたくなった。午前三時二十四分。ブランケットを剥いで、あっちにポイ捨てした。ゴミ捨て場みたいなフローリングは、ひんやりしてて寒天みたいだ。ひたひたって音がして、幽霊みたいって思ったら、足の裏がフローリングにひっついては、剥がれる音だった。

 織姫くんっていうのは、かごめの一番の恋人だ。十七歳で、人間で、隣町の高校生で、かごめのことが好きっていうのは、かごめと同じ。だけど、男で、育ちっていうのが良くて、パパとママがいて、そこだけは、かごめとお揃いじゃない。お揃いじゃない、畳張りの六畳間のキッチンに、カップラーメンだけがある。カップラーメンは「ぽい」からだ。「ぽい」ものは、息がしやすい。織姫くんはぽくない。

 こういうのには説明書きがあるって、織姫くんが言っていた。こういうのじゃなくても、世の中のものは、おおよそ、取扱説明書っていうのがあるんだって。織姫くんの取扱説明書はないのに? って言わなかった。言ってしまうと、取り返しがつかなくなるような気がした。……あ、あった、説明書き。織姫くんにはないけど、カップラーメンにはある。そういうのも、「ぽい」。

 「……させた、お湯を、線まで、そそいでください……」沸騰させたお湯を……。沸騰。沸騰……? 沸騰って?

 ガラがらのクタクタになったケータイで、電話帳を開く。ガラクタケータイだから、ガラケーっていうらしい。それで、これは電話の帳だから電話帳っていう。五十音順だから好きじゃない。織姫くんはおりひめくんなんだけど、一番に見つけたいから、「あ」で登録した。ありひめくんだ。内緒だけど。憂くんは、うーちゃんだから、あ行。入間さんの次だ。入間さんは、明日のかごめの春を買ってくれるお客さん。入間さんには家庭があるから、電話に出ないけど、あと家庭のない織姫くんも電話に出ないけど、うーちゃんは出る。だから、こういうときはうーちゃんに電話をかける。出る。次の日、怒鳴られる。

 「ぶん殴るぞ」開口一番。「うーちゃん、これってなんて読むの?」「言え」「……させたお湯を、線までそそぐ」「ふっとう」「ふっとう」「沸騰」「沸騰」「寝ろ」「あ」切られた!

 こういうところが、織姫くんによく似ている。

 ところで沸騰ってなんですか?



 沸騰、沸騰、沸騰……。

 午前三時四十一分、やかんを火にかけた。……しまった! 空っぽだ!

 蛇口をくるくる回して、水道水は真っ逆さま。そのままシンクのステンレスを叩いて、深夜三時の耳を劈(つんざ)いた。重力の言うことをきくエイチツーオーに、やかんを差し出してあげた。やかんに水がたまる、たまるたまる。午前三時四二分になると、やっぱりやかんを火にかけた。それから、かごめは、ブランケットの編み目を数えることにした。一、二、三。十までいくと、一になる。ひい、ふう、みい……ここのつ、とお。ひい、ふう、みい……ぷしゅん! やかんが言った。そうだ、やかんだ。放ったらかしのやかんは、ふしゅうふしゅうって、ご機嫌ななめ。あちゃー。びしょ濡れのやかんを火から下ろす。ごめんねって、よしよししてあげたら、人差し指を火傷した。やかんの中で、ちゃぷちゃぷ音がする。かわいい音がする。

 カップラーメンの、蓋って言われてる凹凸の凸を、シャーベットカラーの爪で剥がす。ぺり。これ、本当に蓋っていうの? 蓋っていうのは、なんというか、もっと、こう、こう……。

 こう。

 午前三時五十一分だ。待たなきゃ。待つ。待つ。待っている。待つ。待った。午前三時五十三分。……に、二分。……いっか。凹凸の凸っぽい凸を、シャーベットカラーに塗り固めたら爪で剥がした。ぺりり。めくれて裏側は、びっしょり濡れそぼっていた。汗? 涙? カップラーメンも、汗をかいたり、涙を流したりするのか。かごめたちみたいに。

 「いただきまぁす」

 カップラーメンの湯気はふわふわして、かごめのつるりとゆで卵みたいなほっぺを滑って、目に入った。はふはふ出し入れした吐息が、真っ白──に見えてるだけで、触れてみても、指の先が白くなったりはしない──の湯気とまぜこぜになる。正座した下の足が、フローリングに押し潰される。手の中の箸たちが、ガチャガチャと音を立てる。織姫くんの箸は、こんな音はしない。織姫くんの手の中にあるものは、きれいに見えるし、聞こえる。

 ずる。ずるずるずる。

 カップラーメンを啜る音がしていた。時計の音はしない。単三電池は星になった。織姫くんはカップラーメンが嫌いだと言った。織姫くんは、夜になると眠るらしい。織姫くんは、夜中三時にカップラーメンを食べる女の子、嫌がるのかな。

 「……あ、ちゅーしたい」

 カップラーメン味のキス、嫌ですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

卵かけご飯はオムライスの夢をみるか? @20180910

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る