夢四夜 ―家―

ジビエ

夢四夜

一の夢



 ──こんな夢を見た。


 自分は家の中にいる。紛れもない我が家、いつも自分が暮らしている家である。


 ふと風呂場で物音がしたような気がした。その日は風が強かったから最初はそれが風による物だと思った。しかしあんまり続くのでこれはやはり何かおかしい。そう思ってビデオを再生した。見知らぬ人が我が家に押し入る様子が映っている。


 ということで我が家には強盗が入った事が解った。しかし風呂場に入ったというのはおかしい。「もしかしてまだ風呂場にいるんじゃないの」と私は言った。まさかねぇと笑いながら両親が風呂場に行く。しばしがたがたばたばたと音がして両親が居間に戻ってきた。「いた。閉じこめてきた」真っ青な顔で手にはガムテープを持っていた。


 明日になったら通報しようということでその日は落ち着いた。夜寝ていると喉が乾いて居間に降りていく。麦茶を飲んだあとふと気になって風呂場を覗くと扉のガムテープが剥がれていた。瞬間自分は死ぬかも知れぬ、と思った。廊下の扉を閉じて手で抑え、「出てって!」と叫ぶ。何としてもこの強盗を家の外に追い出さねばならないという一心だった。じっとりと湿った手に抑えられた扉の向こうでがたりがたりと音がし、人の気配がしばらく身動きしていた。が、やがて玄関の扉が開く音がして、カチャリカチャリと外から鍵をかける音がした。人の気配が消えた。


 私は恐ろしさで全身に力が入らなかった。強盗は外から鍵をかけてこの家を去ったのである。つまり強盗は我が家の鍵を所持している。玄関の鍵を付け替えない限りはこの恐ろしいやり取りがまた起きるやも知れないという事であった。やっと悲鳴が出た。自分はこんなにも質量のある声が出せるのだと驚いたが勿論助けは来ない。


 そこで目が覚めた。あんまり恐ろしくて今すぐにでも母に抱きつきたかったが、あんまり生々しい夢だったから夢でなかったらどうしようと思って起き上がって確認するのも恐ろしかった。ずっと布団にくるまっていたのでその内また眠ってしまった。




  

二の夢




 ──こんな夢を見た。


 自分がいるのは地下のスラム街である。大きなぎんいろのスロープが二本絡み合った形をした街でそのスロープの両端に家々が建っている。


 そこに住んでいる子供たちに案内してもらって色々な所に行ってみた。「ここは最高の住処僕たちは道を滑る大人たちは転ぶだけ」と子供たちは歌いながらスロープを滑る。なるほど私もやってみたが良く滑るようだった。街の一番そこまで行ってしまうと今度は上に向かって滑る。ここでは良く分からぬ力によって上に向かっても滑る事が出来るのだった。


 「ここは最高の住処僕たちはとっても楽ちん遊ぶにはこの街が一番」また子供たちが歌った。私はその子たちと夢中になってスロープを上へ下へと滑って遊んだ。本当に楽しかった。もう一生ここで過ごしても良いだろうと思えるほど楽しかったので私は子供たちにその事を伝えた。子供たちは笑っていいよとそれを快諾してくれた。昼時だと言われ彼らの家に連れて行って貰った。


 「でもここは最低の住処ご飯はいつもこれっきりそれがなきゃ最高の住処」子供の一人がぼそぼそと歌った。私は出された食事を見て絶句していた。排水溝にハンバーガーショップで出るようなポテトを三本まとめて潰したような物が落ちている。私はここで暮らしていたらじきに飢え死にしてしまうと思った。子供たちの足はスロープでばかり移動するので退化してぬいぐるみのようになっている。自分の足を見た。同じようになっている。二度と帰れないのだと思い知り私はうめいた。


 やがてそのまま意識は薄れて次の夢へと場面が展開していってしまった。起きてしばらくしてから弟の好きなレースゲームのコースに似た街だったと感じた。




  

三の夢




 ――こんな夢を見た。


 どことも知らぬ家の中で食事をしている。家族でテーブルを囲んでいるが1人知らぬ人が紛れていた。鼻の高い禿げた白人の男である。年は分からないが過去自分を担当していた英会話教師に似ていると思った。


 食事はにこやかに進んでいる。両親とその男はにこやかに談笑しているがその男は誰とも知れない。会話の声も良く聞こえない。弟と私は黙って料理を口に運んでいた。


 すると不意に男が立ち上がった。私の手を取り「コウデスヨ」と言ってナイフとフォークを使わせる。私の作法が気に入らなかったようだった。私の後ろから手を握っているので二人羽織のような姿になっている。肉を食べながら私は内心恐怖でいっぱいだった。今度作法の事でこの男の気分を損ねたらその時自分はどうなるだろうと思うともう生きた心地がしなかった。優しいような事を言いながらきっと内心ではこのクソガキめ次はどうしてくれようと冷たい事を考えているのである。それは以前私をつけ回していた女と同じだと思った。現実の私がストーカーの被害に合った事は無かったが少なくとも夢の中ではあったようだった。真面目に見えてその実本当に冷酷な女だった。と思いながら男に手を取られて食事を続ける。


 「あ」手が滑りかちゃりと音が鳴ってしまった。振り向くのも恐ろしかった。今度こそ死ぬると思った。


 この夢もまたここで途切れ次の夢へと場面が移った。この時私は夢を夢だと分かっていたとも知れない。




  

四の夢




 ――こんな夢を見た。


 また家の中を私は歩いている。この家はあちこちにぬるい茶色の泥水が溜まっていて歩くのにも結構難儀した。私は長靴を履いていた。一緒に歩いている親戚の人々もそうだった。母方と父方が混ざっていた。


 親戚の人達は私と弟の婚期が遅れるのを心配しているようだった。叔父さんが言った。「何あんまりそうなら○○(私の弟の名前である)と××(私の従妹の名前である)を婚約させてしまえばいいのですよ」私は本物の叔父さんはそんな事を言わないと思った。「せめて一人は男の子が欲しかったなあ」と祖父が言う。「何を言うんですか△△(私の従弟の名前である)は男の子ですよ」と叔母さんが返す。私はまた現実では言わないような事を言うなと思った。少なくともこの夢は明晰夢であった。


 私は従兄と話していた。この従兄とは昔から話が合うし一緒にいると落ち着くと自負していた。話の内容は覚えていないが大変に楽しかった。ざぶざぶと足元の泥水を掻き分けて従兄と歩く。話は弾む。楽しい。ふと見ると従兄は数年前の容姿である。私よりも年下に当たる頃であった。


 話の分からぬ親戚共を置いてけぼりに私と従兄はその家の中を進む。どうもこの家は観光地か何かのようであった。泥水で濡れた赤いじゅうたんを他の客が進んでいる。小さな子供を連れた母親である。その客は廊下の泥水が水たまりのようになっている所に歩いて行く。あっ、と声も上げぬうちに子供が頭の上まで沈んだ。すぐに母親がその手を引きずって歩いたので子供は引き上げられたが一度水に全身浸かったのは事実であった。同じ所を私も通ってみたが足首までしか浸からない。それでこの家は歩く人によって深さが変わるのだと思った。私にはその基準が分からぬ。そうしている内にも足元がずぶずぶと下がっているような気さえした。夢の作り出した悪魔と知っていても親戚の人々と一緒にここまで来るべきだったと後悔したが遅く口元が水に浸かった。


 やがてしばらくして目が覚めた。いずれの夢もひどく生々しく、私は現実をしばらく現実と思えなかった。




  

一の現実




 やがて目が覚めて布団の中でしばらくもぞもぞとしていたが今まで見ていたのは紛れもなく夢であったとやっと自覚した。恐怖は少し薄れていたが悪夢を見た事には変わりない。支度をして外出せねばならなかったがどうも初めに見た夢だけはあまりに生々しかったので夢と思えなかった。それが夢じゃなかったらどうしようと思って震えてしまうので結局風呂場を見ないで家を出た。


 そして今朝見た夢を書き留めている今も――先ほど手も触れないのにカーテンが落ちた――怖くて私は風呂場を見に行けていない。


 それだけの話である。




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