夏と少女と不幸の手紙
有里 紅樹
第1話 出会い
セミの声と照りつける太陽。そして、隣を歩く仏頂面でじっと前を向いたままの女の子、江坂ナツキ。顔立ちはかなり整っているのに、相変わらず機嫌は悪そうだ。ぼくも江坂に倣って前を向いてみたが、少し先にビルが見えるだけで面白そうなものは何も無い。アスファルトの上が揺らめいて見えるのは、暑さによる陽炎か、あるいは、ぼくが目眩を感じているからか。
「えーと、今日も暑いな」
「うん」
「雨が降ってくれても、いいくらいだよな」
「うん。まあ」
また、長い沈黙。さっきから、ずっとこんなことを繰り返している気がする。クラスではいつもイヤホンをつけて女子とすら話さない江坂と一緒に買い出しに行くのは、やはりハードルが高かった。いや、今回ばかりはぼくが悪い。気象予報士でも、天気の話で盛り上がれるかは怪しいものだ。
学校から出てまだ五分も経っていないのに、もう話すことがない。というか、ぼくが一方的に話しかけていただけで、そもそも会話が成立していない。これが続くと思うと、頭が痛くなる。せめて、もう少し打ち解けたいところだ。
そんなことを考えながら黙って歩いていると、ようやく駅に到着した。学校から駅は歩いて十分もかからないのに、黙って歩く時間は永遠にも感じられた。階段を下って地下に降りたものの、劇的に涼しくなるということはない。電車内は冷房が効いているだろうが、江坂と二人で黙り続けているとなると、むしろ汗をかいてしまいそうだった。
「え、っと」
「ん?」
「行く場所、秋葉原で合ってるよね?」
「ああ、うん。ぼくの知り合いの店に行こうと思ってる」
初めて、江坂に声をかけられた。内容は業務的なものだったが、ぼくの心は確かに舞い上がっていた。江坂が心を開いてくれたのではないかと錯角しそうになる。
「とりあえず、切符買おうか」
券売機を操作し、二枚の切符を購入する。もちろん、領収書の発行も忘れない。
「はい。これ」
「ありがとう」
ぼくが差し出した切符を、江坂はおずおずと受け取った。どこかぎこちないその表情は、普段の仏頂面ではなく、少し緊張しているだけの少女に違いなかった。
怒らせると怖い狂犬のような女の子と聞いていたが、案外人と話すことが苦手なだけなのか。
「切符じゃなきゃ経費で落ちないの、面倒だよな」
「うん。うちの学校、そういうところ、面倒くさいよね」
人と普通に話をして感激したのは、おそらく初めての経験だった。
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