遭難生活日記
羽田羅輝
少年は海を漂う
前は水色、左右も水色、後ろは茶色……上は青空で少し曇っているかな? 下はもちろん茶色。
私は木で出来た船の上、周りに人なんていないのに船首に片足を乗せ、腕を前で組んで意味もなくかっこつけていた。
一人ぼっちで何日も船の上で過ごす内に頭がおかしくなった訳ではまだない。少しでも寂しさを紛らわせることが出来るんじゃないかというきちんとした考えがあって無意味にかっこつけていたのだ。
結果、無意味にかっこつけていても無意味だということが分かった。
……駄目だ、思考がおかしいことになってる、ちょっと横になるか。
……宇宙よりも小さい海の上なのに、遭難してからもう二日が経つ。
しかし救助が来る気配は今垂らしている釣り糸に魚が引っかかる気配と同じくらいない。
はあ、ボロボロで全然使われた様子がなかったこの船で勝手に寝泊まりしていたからか? その天罰が今、というより二日前の夜、私が生暖かい潮風に気持ち悪く打たれながら寝ている時に降りかかってきた訳だな。
やはりあの日は厄日だったか……目覚ましがわりとばかりに波と一緒に魚が顔にぶち当たってきたし。
いや、今はそんな暗いことを考えていても仕方がない。明るいことを考えよう、じゃないと気が滅入る……。
今の時間帯は……この明るさだと昼ぐらいか? 太陽の光が眩しい……焼ける、私を焼いてもただの焼肉になるだけだぞ太陽君! どうせ太陽君は私を焼肉にすることは出来ても食べることは出来ないんだから大人しくしてよ!
……おっ、雲に隠れたか、太陽君チョロいわ——うわっ!? また太陽君が姿を現した!
ごめんなさい調子乗ってました焼肉になんかそもそもなれませんでした。せいぜい体の水分飛んで干からびてしまうだけでした。
——そう太陽様に許しを乞うても太陽様はその怒りを鎮める様子はなく、太陽様に向かって土下座を続ける私の背を無慈悲に焼くのだった。
…………やってられるか!! もういい、さっさと水飲もう。これじゃ本当に干からびるわ。
そう独りごちて私はまだ遭難した時に残っていたペットボトルの水をまた少量飲むのだった。
それから太陽をチラ見しながら、波にはまだのまれていないものの、船から波に流された物がないか再度確認する。波にのまれていないのに波に流された物がないか確認する意味だが、特にない。
ただ暇で暇で仕方がないからするだけだ。当然それが終わっても暇なだけだから飽きるまでは何回でも確認するつもりだ。
さて、物資を確認するか。
まず空のペットボトル一本と水の入ったペットボトル一本。
次、
次、寝袋という名の……エプロンだったかな? まあなんかよく分からん布、いつもこれを布団がわりにしている。
あとはノートと筆記用具と鞄とか色々。そう、実は私は学生という職業に入っていたのだ!
そんなことはどうでもいいとして、次は縄だ。船首に硬く括り付けてある。
はるか昔に岸の方に
…………
あとは遭難する前から垂らしてる
船にあるものはこれだけだ、特に面白味もない。でも暇だ、これも暇つぶしゲームの一つとして改めて加えとくか。——よし、次は何しようか?
少し考えた後、久しぶりに木の木目を眺める暇つぶしをすることにした。
遭難生活三日目
…………
太陽に許しを乞うた。聞き入れられず。
波に流された物がないか確認した。問題なし。
船にある木目であみだくじをしたり興味深く観察した(30回目)今日は新しく1という数字を75個ぐらい見つけた。
船の上で準備運動をした。特に運動する予定はないが学校で大事って聞いたから。
…………
今日も救助は来なかった……もう一つ、残念な報せがある。さっき、ペットボトルが波に飲まれた。空の方じゃない、水の入った方だ。
波の奴に思いっきり全部飲まれた。そりゃいい飲みっぷりだったよ。私はあの瞬間、絶対一生波の奴を恨んでやるって誓った。
……これからどうなるんだろうか。干からびて死ぬのか? 空腹にはもうなってる、それを紛らわすために腐った食べ物を何回も見て食欲をなくさせていたけど、限界が近いかもしれない。グーグーうるさく鳴いていた腹が元気をなくしたのか鳴らなくなっているし。
……でも、大丈夫だよな? 腹は減ってるけど、水さえあれば1ヶ月は生きていけるよね? 水がない? 大丈夫だ、きっとなんとかなる。最悪は……海水……飲めば、いいんだし…………
駄目だ、暗いことを考えていたら気が滅入る。……そうだ、この状況を楽しもう。いつだってそうだったじゃないか。この前だって親父に追い出されてこの船に乗り込む羽目になったけど、こんな経験普通の奴じゃ出来ないって優越感に浸ってたじゃないか。
あの下手したら死ぬほどいじめられてた時だって、こんな経験あいつらはしたことはないんだって、得意になったりした! そうだ! この遭難した経験は今までみたいに良いことなんだ! こんな船で寝ている間に遭難する経験なんて滅多にない……! おまけに干からびて死ぬ経験まで出来るんだ……! すげぇことじゃねぇかよ! あいつらが経験したことがないことを私が先に経験出来るんだ!
あいつらを見返してやる! 私が先に干からびて死ぬという経験をしてやる! あいつらは私がそんな経験を先にするとあとから知って、死ぬほど羨ましがるだろう! ククク、なんだぁ、この状況はむしろ良いことだったんじゃないかぁ。今まで不運だったと思って損してたなぁ。今気づけて良かったぁ。本当に……良かった。ああ安心したら眠くなってきたぁ。ああ楽しみだなぁ。どんな辛さが待ってるんだろう、死ぬって感覚がどうなのか今から楽しみだなぁ——
●月●日
沖に流された木の船を近くの住人が発見、船はボロボロで、おかしいと感じた住人が人を呼んで船を引き揚げると、船に一人の少年が真ん中の方で衰弱していた様子を確認、少年はすぐに病院へ連絡され、少年は病院へ搬送された。
医師からは、少年は酷く衰弱していて、栄養失調なども見られたが、少しずつ快方に向かっているとのこと——
これは、新聞記事だ、あの出来事のことが書かれている。この記事には出されていなかったが、実はあの少年には幾多もの擦り傷、打撲痕が見つかっていた。
私はこの少年の第一発見者だ。いつもの通勤路の海岸沿いを歩く途中、あのボロボロの木の船を見つけた。その様子に違和感を感じて近くの通行人を集めて船を引き揚げると、中で少年が倒れていた。その後はさっきの新聞の記事通りだ。
今はあの少年がなけなしの力で握りしめていた日記帳を読み終わった所だ。すべてのページが、海水に濡れてしまったのかノートは少しぐしゃぐしゃになっていたり、字が一部滲んだりしていたものの、ページ同士がくっついて取れないということもなく、普通に読めた。
……私はこの少年に何かしてあげられないか……この日記帳には、この少年のこれまでの辛かったはずの人生が明るい語調で綴られていた……。
内容は、親からの虐待の数々、特にこの子の父親が酷く、良く暴力を振るわれたり、刃物で切りつけられたりしていたらしい。母親はそれを見て見ぬふりをした上で、ネチネチこの子の悪口を言っているようだった。学校生活も最悪の一言で……これ以上は辛いだけだ。
私はそんな内容を会社に休みを貰った時間で読み続けていく内、次第に胸が苦しくなって行き、何度も読むことをやめようかと思った。
でも、すぐにこの子の歩んできた人生を受け止める為だと思い、執念で今、最後まで読み終わった。
深く深呼吸をした後、私はこの子のために何かをしてあげられないか必死に考えた。
何か、ないのか?
この子を幸せにしてあげられる方法は……
遭難生活日記 羽田羅輝 @satoumizu
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