僕と先輩

鳥見風夫

四日目

 「どうして私たちは存在するんだと思う?」

 「それに関しては先輩。過去に我思う、故に我在り、という言葉がありまして」

 「私は、君の意見が聞きたいんだ」

 「それは……」


 彼女の言葉に、僕はしばらく悩んでいたと思う。いや、実際はそんなに悩んでいないのかもしれない、まぁ、時間のことなんて、今となってはどうでもいいのだが。


 「分かりません。逆に聞きますけど、先輩はどうして僕たちがこうして存在しなきゃならないんだと思います?」

 「それはね、私たちがこうやって存在したいと望んだからだと思う」

 「は?」


 僕は思わず耳を疑った。まさか、先輩の口からそんな言葉を聞くなんて。想像もしていなかった。


 「じゃあ、先輩はこうやって存在したい、と思ったんですか?」

 「分からない」

 「何ですか、その答え」


 あっけらかんと先輩の口から放たれた言葉に、僕は少なからず安堵した、のかもしれない。


 「でも、他の誰もが私たちなんて存在しなければいい、と思ってても、私は君に存在していて欲しいよ」

 「どうしてですか? 僕たちなんて」

 「私たち、だからこそ、だよ。わがままかもしれないけど、私は君に存在していて欲しい。突然君がいなくなったら、私はおかしくなっちゃうかもしれない。いや、もうおかしくなってるのかもね」

 「確かに、そうかもしれませんね。こうして、先輩という理解者がいるからこそ、僕だって正気でいられますし」


 そうでしょ? と、先輩は笑った。それは、口角を吊り上げただけの、不器用な笑みだったが、一緒に僕も笑った。


 「こうして笑えるのだって、君がいるおかげだ。君がもしも存在しなかったら、私は笑ってなかった。もしかしたら、とうの昔に自殺していたかもしれない」

 「先輩は、僕たちという存在を、どうやって認識しているんですか?」

 「憎まれ、石を投げられるべき存在だ」


 一瞬の迷いもなく、先輩は即答した。


 「じゃあどうして、先輩は生きてるんですか?」

 「君がいるからだよ」

 「照れるじゃないですか、やめてください」

 「逆に問おう。君はなぜ生きている?」


 真剣にそう聞かれ、またもや僕は黙り込んでしまった。気まずい静寂だけが流れる。


 「……僕だって、早く死んじゃいたい、と思いました。だけど、死ぬのは最後の手段です。死にたい、それだけで死んだら、僕が殺した人たちに、顔向けできません」

 「そうだ。私たちは、私たちが背負った十字架の存在を忘れてはいけない。私たちが嗤いながら踏みにじった彼らが、私たちに与えた罰を、簡単に放り投げてはいけない」

 「先輩、随分とマジメなことを言いますね。珍しい」

 「そうかな? 私はしょっちゅうマジメだと思うのだが」

 「そう思ってるのは、先輩だけですよ」


 先輩は笑った。どうやら僕の返答がお気に召したらしい。


 「そうやって話に付き合ってくれる。こうやって私を笑わせてくれる。だから私は、君が好きだ」

 「やめてください。照れますよ?」

 「それはどういう意味の疑問符なんだ?」

 「やめなければ、僕が赤面して、しばらく話を聞かなくなる、という意味の疑問符です」

 「そうか、どうせ二人しかいないのだから、いくら君が赤面しても構わないが、君が話を聞いてくれなくなるのは困る。やめるとしようか」

 「そうしてください」


 先輩は何の躊躇もなくそういうことを言ってくるから困る。この人には羞恥心がないのだろうか。


 「でも、これは言っておこう。私は君が好きだ。だから、君に死んでもらっては困る。くれぐれも、自殺してくれるなよ?」

 「もちろんですよ。でも、もしも僕が自殺しそうになったら、先輩、止めてください」

 「あぁ、当然だ。安心してくれ。私の命と引き換えにしても、君を止めて見せよう」

 「先輩が死んだらダメじゃないですか」

 「私にとって君とは、それほど意味がある存在なのだよ」


 また恥ずかしいセリフを、臆面もなく言ってくる。これだから先輩は、本当に扱いに困る。取扱注意だ。


 「じゃあ、君にとっては私とは、どんな意味があるんだ?」

 「先輩とは、ですか」

 「忌憚ない君の意見を聞かせてくれ」

 「えっと、大切な人、ですかね」

 「君こそ、恥ずかしいことを言ってくれる。私の方が照れるじゃないか」


 先輩は頬を押さえて、わざとらしく僕から視線を逸らす。その表情こそ分からないが、照れていないことだけは分かる。


 「恋愛的な意味じゃないですよ。どちらかと言うと、家族みたいな感じですかね」

 「そっちもそっちで照れるなぁ」

 「照れないでくださいよ」

 「じゃあ、私も君にその言葉を返そう」

 「うっ」


 それを言われては困るが、そのようにしか表現できないのだ。もしかしたら先輩も、こういう意味で言っていたのだろうか。


 「ちなみに私は、恋愛的な意味でも君が好きだが」

 「からかうのは止めてください」

 「確かにからかってはいるが、私の本心でもある」

 「そうですか」


 僕は頬に昇ってくる血液を誤魔化すように、先輩から顔を逸らした。


 「というか、さっきまたからかうのなら、話を聞かなくなるって言いましたよね⁉」

 「あぁ、そうだったな。すまない。君と話せなくなるのは、とても困る。謝罪しよう」

 「……まったく、止めてください」

 「君をからかうと、反応が面白いからねぇ。我慢が利かないのだよ」


 それを聞き、僕は無言で耳に手のひらを押しあてた。もう話聞きませんよ、というポーズだ。それを見て、先輩は困ったように眉を寄せ、おもむろに僕の手首をつかんだ。


 「先輩、その手を離してください」


 そう言うと、先輩は無言で笑った。そして、ものすごい力で僕の手首を引っ張る。

 僕の手がどんどん引き離されていく。先輩の方が力が強いのだ。情けないが仕方ない。


 「まったく、これだから君は可愛いんだ」

 「……怒りますよ?」

 「分かったよ、それなら、他の話をしよう」

 「どんな話ですか?」


 僕は先輩の方に向き合った。先輩はニッコリと笑っている。


 「恋の話だ」

 「そうですか」

 「まぁ待ちたまえ」


 無言でそっぽを向こうとする僕を、先輩は押しとどめる。


 「生物にとって、恋とは繁殖のために行われるものだ」

 「それは、随分と色気のないことを言いますね」

 「しかし、極論してしまえば、そうだろう?」

 「確かに、極論してしまったら、そうですね」


 イレギュラーもあるが、恋なんてその大部分はそんなものだろう。


 「だが、そう言った行為による繁殖が必要のない私たちは、恋に落ちる必要はあるのかどうか?」

 「でも、繁殖という生存本能に基づいた感情。それが恋だと言ってしまうと、何となく違うような」

 「君はそう思うかい?」

 「だって、感情というのは、自分では制御できないじゃないですか」

 「フフッ、君は随分と乙女のようなことを言うな」


 先輩だって一応、年頃の女の子だと思うのだが、僕の方が女々しいのは気のせいだろうか。いや、気のせいではないと思う。


 「じゃあ、先輩は恋をしないんですか?」

 「いや、する。必要がないのと、する、しないは別だ」

 「そうですか」

 「たとえ繁殖が必要ないのだとしても、恋という感情がなくとも、私は君が好きだ」

 「はぁ、ありがとうございます」


 もう諦めた。先輩とは、こういう存在なのだと思うしかないのだ。


 「こうして会話していると、人間だったころが懐かしいな」

 「そうですね、先輩」

 「私たちは人間に戻れるかな」

 「戻れるといいですね」


 僕たちは大体四日前、吸血鬼となった。そうなった原因も、理由も不明だ。だが、吸血鬼となってから約三日間、僕たちが理性を失い、吸血鬼の力で人間を殺し尽くしたのは確かだ。

 たとえ人間に戻れても、僕たちは吸血鬼としての業を背負っていくのだろう。


 「さて、散歩にでも行こうか」

 「そうしましょうか」


 誰もいない町、僕たちは二人、歩き出した

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