桜の奇跡
子竜淳一
第1話 全員集合
━━なぜこのようなことになってしまったのだろう。なぜ平穏な毎日に終わりが告げられたのだろう。世界は残酷だ。心からの叫びであった。
少年は血まみれになった少女を抱きかかえながら絶望していた。止まない雨の中、少年の意識はそこで途切れた……。
セミの声もすっかりと聞こえなくなり、徐々に夏が終わりをつげ、今日から二学期が始まる。俺、平野教也は久しぶりの学校ということで寝坊した。
「おばさん、どうして起こしてくれなかったの?」
「あら、何回も起こしたのに起きなかったのはどこのどなたかしらね~」
「とりあえず朝ご飯はいらないから!いってきます!」
俺の家から学校までは十分かかる。きっと走れば五分でつくだろう。とりあえず今は走ることだけに集中しよう。
学園名物の桜が坂を上っている途中で教也は親友の存在を発見した。
「おい、そんなにのんびりしていると遅刻するぞ」
「わかってないなー、教也は。こんなくそ暑い中、走るくらいなら正々堂々と遅刻したほうがよほどましだ」
こいつの名前は金平身楽。切れ長の目、長髪と見た目は中々のイケメンだが、性格がちょっとあれなので女の子にもてない残念な奴だ。
「始業式だからこそ遅刻できないんだ!いいから走るぞ!」
俺は身楽の手を強引に引き、学園へと走った。
「はぁはぁ…なんとか…間に合ったな…」
何事にも全力とはすばらしい。不可能と思われた遅刻だったが奇跡的にチャイムのぎりぎりに体育館にたどり着くことができた。
「間に合ったのはいいけど、汗だらだらで始業式するのはお断りだぜー」
確かに身楽の言うとおりだ。今から始業式なのに下着があせだらけで体にくっついているのでかなり気持ち悪い。
「まぁ俺や教也だけじゃなくここにいる全員、こんな密室の体育館にいるんだから同じ気持ちなんだろうけどよ」
「………」
俺は身楽の発言を返す余裕もなくなっていた。
校長の話が二十分ほど経過し、ようやく終わった。
「えーと、次は生徒会長のお話です」
俺の学校は少し特殊である。普通は文化祭が終わってから生徒会役員というのは変わるのだが、進学校だからか、一学期の期末テスト後にすでに変わっているのだ。
「はいみなさん、おはようございます。有意義な夏休みは過ごせましたか?」
生徒会長があいさつする中、身楽が俺に耳打ちをした。
「なぁなぁ、咲姐さん、少しイメチェンしたのかな?」
咲とは、今挨拶している生徒会長、水鏡咲のことだ。俺や身楽と一緒の二年二組である。才色兼備の頼りになるお姉さんのような存在で、身楽は咲姐さんと呼んでいる。
「まぁ髪の毛をポニーテールにしたのがイメチェンになるのかは疑問だけどな」
「わかってないなー教也は。いいか、ポニーテールについて少し語ってやろう」
いや、誰も頼んでないし迷惑なだけだ。そう思っていると、いつの間にか咲の話はもう終わっていた。
「ほら、もう始業式終わりみたいだぞ。早く教室に帰ろうぜ」
「おいおい、待てよー。今からがいいとこなんだから!」
まったくあの男は。俺はそんな身楽を見捨てていくことにした。
始業式が終わり、二年二組の教室に戻ってきた俺は後ろの席の女子から声をかけられた。
「よう、教也。久しぶりなのだ。夏休みどうだったのだ?」
こいつの名前は二上ノエル。男に勝る怪力をもっており、髪型も非常にボーイッシュである。
「まぁまぁだったな。ノエルはどうだったんだ?」
「俺か?俺はずっとこいつの世話をしていたのだ」
ノエルは肩に乗せているフクロウに目を向ける。このフクロウの名前は福郎。いつも肩に乗せていて、非常におとなしい。
「ほーほーほー」
「ほら、福郎も同意しているのだ」
いや、福郎が人の言葉なんてわかるわけないだろう。そう思っているとき、突如俺の後ろから声がした。
「いやいや、ノエルよ、動物が人の言葉をわかるわけないだろう」
あ、身楽よ、それは禁句では…とおもった時にはもう遅かった。
「ノエルパーンチ!」
「うぎゃあーーー!」
まあわかりきっていたことだな。それにしても相変わらずの威力だ。入り口のドアまで飛ばされて、のびてやがる。
「きゃあー!金平さん、大丈夫ですか!」
「きらら、大丈夫だ。手加減してノエルパンチしてやったからよ」
彼女の名前は天川きらら。髪が非常に長く、まるで日本人形のような見た目をしている。そして、彼女の頭の上にはひよこのぴよが乗っている。
「ノエルさん、あんまり乱暴してはだめですよ」
「わかってるのだ。久しぶりの再会を祝した挨拶ってやつなのだ」
「もぅ……」
さすがは学校で一番いい人と言われていることだけある。俺はきららの髪の毛を見て、少し違和感を感じた。
「あれ、もしかしてピン止めカエルからひよこに変えた?」
「よ、よくわかりましたね」
「ああ、カエルも良かったけどひよこもかわいいな」
「あわわ、あ、ありがとうございます…」
顔を真っ赤にするきらら。何がそんなに恥ずかしかったのだろうと思ったが
「…鈍感」
「なんだ、ノエル。何か言ったか?」
「いや、別にーなのだ」
顔を赤くしているきららがノエルに話しかける。
「ノエルさん、いいんですよ。これでも平野さんは本気なんですよ」
なんだよ、俺だけ仲間はずれみたいじゃないか。そう思っているとき、先生が教室に入ってきて、生徒に着席を促す。
「お前らー、今日は始業式だが、普通に授業もあるからな」
……その瞬間俺は机に突っ伏すことを決めたのだった。
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