第5話 夢を語った

 ドラゴンを倒した私たちは、すぐに地上へと降り立った。


「ふぅ……疲れた……」


 ちょうどその時、ふっ、と、意識が繋がっていた感覚が途切れる。《共鳴レゾナンス》が途切れた合図だ。

 危なかった、もう少し降りるのが遅ければ、空中から真っ逆さまになるところだった。


「…………………」


 というか、ミラはどうしたんだろう。めでたくドラゴンをやっつけたというのに、さっきからだんまりだ。もしかしたら気づかなかっただけで、どこか怪我してるのかもしれない。


「ミラ、だいじょ……」


 声をかけようとしたその時、ガシッ、と、ミラが私の肩を掴んできた。

 そのままブンブンブン、と、脳みそがぐちゃぐちゃになるんじゃないか、というほどの勢いで私の体を揺さぶってきた。


「うわ、な、に、ちょ、やめ、きもちわ、る、おぇ……」

「……………ごい……」

「えっ? 」


 気のせいか、何かを呟く声が聞こえた。その時には既に、私の肩を揺さぶる行為は止まっていた。


「………すごい、すごいすごいすごいすごいわああああ!!!!! 」

「うひゃあっ!? 」


 と思ったら、今度は歓喜の声を上げながら、私の腰に手を回し、思いっきり抱きついてきた。

 あまりに唐突だったので、思わず変な声を出してしまう。


「あたしっ、魔法使えた! 初めてよ! 初めて使えたの! しかも、あんなすっごい魔法を! 信じられないわ! ねぇ、どうやったの!? ラズカが何かやったんでしょ!? どうやったのねぇねぇねぇ!! 」

「ちょ、やめ、離して……! 」


 勢いよくじゃれるように抱きついてきているため、とてもじゃないけど話せる状態に無い。仕方なく、腰に巻きついた彼女の腕を強引にベリッ、とはがす。


「はぁ……はぁ……ごめんなさい、つい興奮しちゃって……」

「いや、いいの……それより、さっき魔法を使えた仕組みの事なんだけど……」


 私はなるべく簡潔に、《共鳴レゾナンス》を応用した魔法術式の共有について説明した。

 その説明の間、ミラの頭には終始「?」が浮かんでいたので、おそらく完全に理解はしていないだろう。


「……つまり、《共鳴レゾナンス》を使えば、あたしはどんな魔法でも使えるってこと? 」

「うん、魔法の効果が続いてる間は……さっきも言ったけど、30分ぐらいかな」

「つまり裏を返せば、30分は無敵ってことなのよね? 」

「……まぁ、そうなるかな……」


 こればかりは自慢になるけど、私は今まで、自分にもいつか使えるかもしれないと思い続けて、小さい頃から数々の魔法書を読み漁っていたため、魔法の名前、詠唱、術式、その全てが頭の中に入っている。

 多分、この世に現存するもので知らない魔法はほとんど無いと自負している。

 そしてミラは言わずもがな、今日の|魔能開示《ステータス》で見た、抜群の魔力と魔法適正がある。私が知ってる限り、あの魔力量で唱えられない魔法は、この世には存在しない。


 つまり私たち二人が今のような戦い方をすれば、『この世の全ての魔法を30分間唱え放題』、という反則にも程がある所業が出来てしまうのだ。

 これを無敵と言わず、果たして何と言うだろうか。


「…………………」

「み、ミラ………? 」


 ミラは何故か、また静かになってしまった。なんだろう、嫌な予感が……。


「……ごい……………」

「えっ……」

「すごいすごいすごいすごいすっっっごぉおおおぉおおい!!!! 」


 デジャブだ。今度はさっきより強く、ガッチリと巻きつくかのように抱きついてきたため、剥がすことさえ敵わない。


「昨日あたしが言ったこと、冗談でもなんでもなかったわ!! あたしたち、きっと出会うべき運命だったのよ!! 」

「う、運命……」

「きっと、ううん絶対そうだわ! あなたが唱えて、あたしが撃つ! きっとあたしたち、世界最強のパーティになれるわ!!」


 そんな、大げさな。

 そうやって吐き捨てられないのは、あながち間違いでは無いかも、と思っている自分が居るからだった。


「これならあたしを捨てたあいつらをギャフンと………いや、そんな小さな事じゃ足りない!! きっともっと、誰も辿り着けない高いところだって行けるはずよ! 」

「――――! 」


 誰も辿り着けない、高い所。

 ミラはその言葉をきっと、ただ『すごい』を表す言葉として使用したのだろう。

 だけど、それは正に、偶然に……私の生来の目標と、あまりにも合致する言葉だった。


 この子は今、私とだったら最強のパーティを組めると、そう言ってくれた。さっきだって、命がけで私を守ろうとしてくれていた。

 今なら、この子になら、話せるかもしれない。

 とても馬鹿馬鹿しい、私のこの夢を。


「………ミラ、あのね……聞いてほしいことがあるの」

「ん? なぁに? 」

「さっきは言えなかったんだけど……私の、夢の話」

「……!」


 ミラは驚いたような、だけれど少し嬉しそうな顔で、私を見つめている。

 

「……そっか……」

「子供っぽくて、馬鹿馬鹿しい、現実なんて見えてないような夢だけど……聞いてくれる? 」

「……そういえば、さっきあたしも言いそびれてたわね」


 さっき? ああそういえば、さっきベリー摘みの時、ドラゴンが出る直前に確か、何かを言おうとしていた。一体……。


「あたしは、仲間の夢を笑ったりしないわ」

「っ…………!」

「だから、安心して…あなたの夢をあたしに教えて? あたしが一緒に叶えてあげる、あなたを支えてあげるから」

「ミラ………っ」


 ……その一言は、今の私にとってどれだけ勇気になっただろう。

 気付けば、己の夢を晒すことを恥じる気持ちは、すっかり失せていた。この子に、私の夢を語りたい。共に歩んでいってほしい。そんな気持ちばっかりが、胸の中をぐるぐると駆け回っていた。


 私は、持参しているバッグの中から、一冊の本を取り出した。

 それは、この世界で最も有名なお伽話の本。

 この世界における「冒険者」と呼ばれる存在を生み出した原点にして、私の人生のバイブルでもあるその本の表紙には……『冒賢者ワイズマンと叡智の塔』というタイトルが記されていた。


「これが、私の夢だよ……小さい頃から、叡智の塔へ行きたくて行きたくて……」

「へぇ、何それ? 絵本? 」



 絶句。

 その言葉が、頭の中を埋め尽くした。



「…………え? なんで黙って……」

「うっっっっっっそでしょミラぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

「わっ、なになになになに!?どうしたの!?」

「どうしたもこうしたもぉ!! し、し、知らないの!? これ、世界一有名な書籍だよ!?!?!? 」


 世間知らずな子だ、とはさっきから思っていたけど、よもやここまでとは想像がつかなかった。恐らく、人生の9割は損してるんじゃないだろうか。


「知らないものは知らないし……それ、どういう話なの? 」

「……わかった、みっちり説明してあげる……」


 そこから私は、『冒賢者ワイズマンと叡智の塔』の大まかな内容をなるべく簡潔に語った。







「………という話です」

「つまり、世界の全てを冒険し尽くしたら、天界っていう所にある『叡智の塔』に連れてかれて……それを攻略したら、神さまが願いを叶えてくれるっていうお話よね? 」

「……そうなるね」


 このお伽話は、世界に多大な影響をもたらした。

 初めてこの本が出された50年前から、この本の主人公たちである《冒賢者ワイズマン》になぞられた4人1組の冒険者--今で言うパーティが発足しだし、叡智の塔の真実を確かめるべく危険を冒す者が跡を絶たなかったため、それを統治、管理する『ギルド』が作られた。


 だが流石に50年も経てば、世界のあまりの広さに冒険を諦める者や、ただ金稼ぎという目的のために冒険者をやる者が多くなってくる。

 いつしか《冒賢者ワイズマン》の伝承は、語ると笑われる、といわれるほどの、本当の意味での『おとぎ話』と成り果てたのだった。


「私は、世界の全てを知り尽くしたい……そして、叡智の塔が本当に存在することを、世界に証明してみせるの」


 それこそが、私の本懐。生涯における最大の目標。

 誰に言っても馬鹿にされてきた、あまりにも古すぎる野望だ。


「……いいじゃない」


 しかし、彼女は違った。

 初めて悪い意味じゃなく、私の夢を笑って聞いてくれた。


「絶対、叶えられるわ! 私たちで、世界中を冒険し尽くしてやりましょう!! 」

「ミラ………っ! 」


 それどころか、今こうやって同調さえしてくれている。

 絶対に叶えられない、馬鹿馬鹿しいと否定することなく、私と一緒にこの無謀な夢に挑んでくれる、と言ってくれているのだ。


 なんて、なんて頼もしい。そして、嬉しい、うれしいっ………!


 気付いた時には、私の目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。


「ちょっ、な、なんで泣いてんの!? 「お腹でも痛いの!?」

「ちっ、ちがっ、うれ、嬉しくてっ、嬉しくてぇぇぇ………! うぐ、ぅぅ……! 」

「な、泣き止んで! ほら、幸せ逃げちゃうわよ!? 」


 本能的に溢れ出したそれを、理性で塞きとめることはもはや敵わない。

 ミラはそんな私を見て慌てて涙を拭いてくれたり、頭を撫でたくれたりしている。


「あ、りがとうっ……ありがとうっ……! 」

「もー、お礼なんて言わなくていいって言ってるでしょーが、仲間なんだから」

「でもっ……!」

「それよりほら! まず依頼されたベリー摘

み終わらせなきゃ! 初めてのクエストで失敗するわけにはいかないでしょう?」

「……そう、だね……ひっく……」


 そうだ、ドラゴンが出たからすっかり忘れてたけど、今はクエストの途中だった。

 私は急いで涙をぬぐい、逃げてる途中で落としたベリーの入った籠を探しに行こうとする。


「あ、そうだ、ごめんラズカ、その前に一つ良い?」


 しかしそこで、クエスト再開を促した本人であるミラに呼び止められる。


「さっき言ってたパーティ名なんだけど………あたしが付けていいかな? 」

「あっそうか……そんなのもあったね」


 さっき結成した時に、慎重な項目だからと、保留にしておいた所だ。

 私としては、ミラに決めてもらえるならそれで構わない。流石に下ネタ系の名前だったら否定するけど……。


「何か、思いついたの? 」

「ええ……《レゾナンス》って、どうかしら? 」

「……! 」


 その名は、さっき私たちを繋ぎ、私たちの持つ抜群の相性に気づかせてくれる要因となった、その魔法の名前だった。


「どうかしら…? 」

「うんっ……! それ以上無いぐらい、いいと思う!」

「よねっ!? 私もそう思うわ! 」


 ミラは嬉しそうに目を輝かせ、うんうん、と首を縦に振っている。挙動が犬のそれだ。


「じゃあギルドに帰ったら、早速報告してきましょっ!! このクエストが終わった後に! 」

「うん、そうしようっ!」


 その後私たちはベリーの採取を終え、ギルドにそれとパーティ名を報告した後に、宿に戻るのだった。


 こうして、人生の転機ともいえる、波乱万丈の一日が終わりを告げた。

 明日からが私たちの……《レゾナンス》の、本格的な始動となる。


 昨日と同じく、期待を胸にしながら……しかし今度は一筋の不安さえ抱くことなく、私は床に就くのだった

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