第四章:売買契約

「ねぇ、本当に受けるんですか? やめた方がいいですよぉ」

 心が家に帰って来るなり耳に届いたのは、いつものお帰りなさいという声でなく、情けない声音で梢に懇願している光のものだった。

 そしてもはやいつもと、形容されるほどに光が『黒猫』に馴染んでいることにも驚いた。

「問題ないって」

「暴力団排除例とかにひっかかるんじゃないんですかぁ?」

「法律が怖くてこの業界やっていられないわよ」

「法律恐れましょうよ……」

 もっともである。店の込み入った税金関係等はこの店はどうしているのだろうか。店の収入としては不釣り合いの量が一気に入ることもあるし。『黒猫』としてと『クロネコ』としてとで分けられているのかも知らない。確か宗教法人に関係していれば非課税となる物があるはずだが、『クロネコ』の仕事は宗教行為の一種なのかと聞かれたらそうであるとも言えるし、違うともいえる。

「大丈夫だから。そもそも、光ちゃんは深く関わらなくていいわけだからね。ちょっと、対応をやってもらうだけで」

「それ、対応間違えたら海に沈められるやつじゃないですかぁ」

「さすがに堅気相手にそこまでやらないと思うけど」

 ツッコミとボケが反対になっている。堅気相手に海に沈められると言うことがあるのだろうか。悪くてどこかの樹海でひっそりと殺される程度じゃないかとも思う。どちらにしろ殺されるという事実には変わりないのだが仮定が異なる。この仮定の異なりが心霊現象的にはとても重要ではあるのだが、その話は今はいい。とにかく、話をまとめると暴力団関係者がなにやら関わっているらしい。

「あっ、心。お帰り」

 そこでようやく気づいたらしい梢が声をかけてくる。

「……うん、ただいま」

「あっ、心ちゃん。お帰りなさい」

「……それで、何の話をしてたの?」

「新しい依頼が来たの」

 ウィンクをしながら応える梢だが、それだけでは何の答えにもなっていない。暴力団関係者からの依頼であろうことが推測されただけである。

「……それで?」

「心ちゃんからもなにか言ってよ。今回の依頼主、こっちの人なのよ」

 光が頬にひっかき傷がついているような動きで示す。これで確定だ。

「……そう」

「そうって、淡泊!?」

「……そんなに驚くことじゃないと思う」

「えぇ……。なんで?」

 同意してくれると考えていたのか、まさかの裏切りにあったようだ。少しショックを受けた様子である。そのあたりから、まだ光の経験の浅さがわかる。

「……ある意味仲間だし」

「仲間!?」

「……お姉ちゃん、私たちの家業って何になると思う?」

「えっ、ん~と……。オカルト関係っていえばいいのかな?」

「……それって表の仕事ではないよね」

「まぁ、表向きは黒猫でハンドメイドのアンティークショップだし。えっ、だから裏家業通しって言いたいわけ?」

「……そう」

「えっ、えー。それは、ん、ん?」

 同じ裏家業通しと言われても納得いっていない様子で首をかしげる光。表の家業が全部お友達でないように、裏家業も全部がお友達ではないのだろうが、どうしても裏という言葉にある、非日常性が同じものと一緒くたにしてしまうようだ。普段馴染みないものを提示されるとどうしても混合したくなる気持ちわかる。統計データなどを確認するときにもこういった点は確認する必要性がある。

「……それで、依頼内容は?」

「今回はサービス業としての側面というよりは、商売という面の方が強いかな。クロネコの商品を買いたいということらしいよ」

「……クロネコの。もう、渡したの?」

「うぅん。とりあえず、うちの様子を見に来たということらしいから。今度、頭の人と一緒にまた来るらしいし」

「何それ聞いてない!?組長さんまで来るの!?」

「話的には若頭じゃないかな」

「ジーザス」

 大げさに額に手を当ててうずくまる光。

 Jesusとはイエス・キリストの『イエス』部分の英語読み。そこからか、おお神よ!や、神様!という意味になるのだが、そのことを光は知っているのであろうか。おそらく知らないだろうなと予想をする。

「……それでも要望はあったはず。何が目的なの?」

「さぁ? とにかくうちの商品を買いたいと言うこととだからあまり深く話も聞かなかったし。まぁ、クロネコの商品ってことで販売担当は光ちゃんに任せようかなと」

「ってそうだ! 今回の内容が内容だから、応対がメインになるじゃないですかぁ」

 衝撃の事実に気がついたように頭を抱える光。そこまでオーバーなリアクションをとられると逆に、暴力団とはそこまで恐れる必要性があるような団体なのかと、疑問に感じてしまうから不思議だ。

「……大丈夫。商品の説明もいるから私か零が近くにいる。あとユウも」

「ユウに関しては私わからないけど、即戦力にはならないよね?」

「……大丈夫。死んでも私なら見える」

「だから、まずもって死にたくなんかないんだってばぁ」

 ここで私バイトやめるといわないのはなぜなのか。一度出来たつながりを無視することができないからであろうか。本心はわからないがともかく、多大なショックを受けているのは確かなようである。

「……ともかく、商品のチェックしてくる。ユウ、必要とあれば今回は血を吸ってもいいから」

「怖い話の『赤い紙、青い紙』みたいな話してるし……」

「……大丈夫。もうその妖怪はいない」

「もう、って」

 がっくしと椅子に深く腰をかけて、ぽかんと口を開けるその様子はとてもではないが女子大生が見せていい姿とは思えなかった。




 9月末。クロネコの前に異様な車が降り立ち、中から出てきたのは細身のインテリ風の男。その男がこの中では一番であることが周りにいる、パンチパーマの男や、ラグビー選手を思わせるがっしりした体型の男を前に理解できる。

「よ、ようこそ。クロネコへ。ほ、本日はご来店いただき、ま、誠にありがとうございます。こ、今回商品のせ、説明をさせていただく……ミヤミズミツハと申します」

 精一杯考えた結果、ただのアルバイトである自分にまでは危害が及ばないだろうが、万が一を考えた結果偽名を使うことにした光。名前は棒有名アニメ映画を拝借したと言っていた。そのアニメについては心も知っているが、キャラと全くもって違うような気もする。別に演じるということは言ってなかったのでそれでもいいのであろうが。

「……霧桐心、です」

 さすがに自分まで嘘をつくことはできないため本名を告げる。

「これはご丁寧に。私は椎名会直径、道明組若頭の道明

《どうみょう》たけるという。おい」

「へいっ」

 パンチパーマの男が、呼び声に返事をしてさっと名刺を取り出す。道明組のものか、椎名会のものかはわからないが、なにかの家紋がついており、その下には道明猛という名前が確かに記載されている。

 その名刺を受け取りながら心は逡巡する。

 道明ということはここの組長の子供か、ないしは道明組の祖たる存在の子孫として通しているということであろう。そもそも椎名会という名前は聞いたことがある。

 始まりはおよそ100年ほど前、有坂組という組織であり、そこから30年前にその方針などから独立した組織だという。以来、有坂組との抗争はたびたびニュースにもなっている。抗争以外の事件でも名前を聞くことは分かる。

「そ、それでは本日はどのような、用件でしょうか」

「あぁ。いろいろと欲しいものがあるが、まずもってこの店にはどのようなものがあるのか、一般人の私には知りようがないのでな」

 一般人では無いと思うのだが、その風貌だけみると、確かに少々ガタイの言い人間であるだけのように思える。

「とりあえず、この店にある一番高価なものを見せてもらいたい。最高位のものがどの程度のものかわかれば、把握もできると思えてな」

「……わかった。お姉ちゃん、手伝って」

「う、うん!」

 慌てて外に出て行く光、ことミツハ。

 『黒猫』の納屋ではなく、厳重に、何重にも魔神がかけられている『クロネコ』の納屋へと訪れ扉を開ける。そこにあるのは不思議な道具と形容される存在たち。

「えっと、確か一番高いものって」

「……これ」

「あー、そっか。一枚あたりは安いけどまとめると高くなるんだっけ?」

「……最低でも50枚売りからだから。一応次点としてそれも」

「うん、じゃあ私はこっちをもって……戻らなきゃだめ?」

「……ダメ」

 益体のない会話をしてから元の場所に戻る。そういえば喫煙はご遠慮願わなければなるまい。クロネコは禁煙だ。まぁ、灰皿もないのでしないとは思うが。一応たばこを取り出そうとしたら止める必要があるだろう。

「お、お待たせしました。現在ご提供できる中での最高級品……『命令契約書』です」

「ただの、紙、のように思えるが?」

 明らかに殺気だったものを後方から感じる。見た目は確かに小さなメモ帳サイズのもの。ふざけていると思われているのであろうか。

「……これは名前通り。枠の中に使用者の名前を書く。その下には対象者の名前を書く。そして裏面に命令をしたいことを書く。命令は生命に関係すること、現実的に不可能でないことであればほぼ確実に実行させることが可能」

「ほぉ……。ではこちらの方に、Aがある時間にある通りで、道の真ん中にいるとし、もう一枚でその通り、その時間にBがトラックを運転するように仕向けたらどうなる?」

 その言葉にゾクリと光が震える。生命に関係することはできないという命令内容からすぐに、間接的に人を殺す方法を編み出していた。

「……それはできない。どのような効果であれ、これによって操られ、人物がその操られている最中に、その操られていることが原因で死ぬことは絶対にない」

「なんでも実行できると言ったな? では犯罪を犯すことは?」

「不可能ではない。ただし、現代日本における犯罪との関係性を考えると、現実的に不可能なことに区分され、効力を発揮しないことがある」

「どういう意味で?」

「強盗をしようにも誰かを傷つけずに終わるという可能性はかなり少ない。この契約書は能力を発動させる際にいくつもの未来を計算する。その計算された未来の中で生命に関係する可能性があれば……ということ」

 その意味をすぐに道明は理解したらしい。人の死に興味はないようだ。

「だとするならばできることが限られるな。主な使用方法としてはどうなる?」

「……私なら賭け事に使う。マカオにでも飛んで、ある人物を操って自分に有利なようになるようカードを配らせたりする」

「金儲けも可能と言うことか。それで、次にそこあるのは?」

「あっ、こ、これはこの商品の次に高価なものです。『命令契約書』は1枚あたり4万円……最低でも50枚からなので合計200万からのものなんです」

「思いの外安いな」

 200万を安いと言い切るその人物が恐ろしい。ちらりと屈強な男の方を見るとアタッシュケースを持っている。カードの使用などはクロネコの性質上できないことになっているので、中身はおそらく現金であろう。そこにはどれくらいの金が積み込まれているのだろうか。

「それで、これは一個あたりの単価で考えれば……さ、最高級になるものです。『運命のルービックキューブ』……。価格は、150万円からとなります」

「から?」

「ふ、付属品などの関係によってはさらに高くなることもあります。フルセットで買われますと……えっと、『命令契約書』より高くなります。300万ほどに」

「それでも300か。いいだろう。教えてくれ」

 命令契約書に対する熱意はどれほどのものかはわからないが目線はすでに運命のルービックキューブへとうつっている。決して値段が高ければ強力ということではないのだが、高価なものであればあるほどその効果は複雑であることは確かだ。

「……運命のルービックキューブ。ちなみに一般的なルービックキューブの配置パターンって何通りか知ってる?」

「考えたこともないな。そもそもルービックキューブ自体触ったこともない」

「答えは4325京2003兆2744億8985万6000通り。このルービックキューブを使えば、この通りの数だけ過去に辿った運命を任意のものに変えることができる」

「過去を?」

「……うん。変えたい過去が写された写真、ないし絵や文章など……なんでもいいからそのときのことをはっきりとわかる内容をルービックキューブの中心に入れる。ルービックキューブ自体は6つの中央の点のうち2つを同時に押すことで解体される。こんな感じに」

「なるほど。これは使い捨てで?」

「うぅん。壊れない限り半永久的に使える。でも、一度変えた過去は二度と変えられない」

「返ることのできる過去は任意なのか?」

「……運命のルービックキューブに記された通りの過去数……つまりは4325京2003兆2744億8985万6000通りの過去であれば返ることができる。それとあくまでルービックキューブだからその過去にたどり着けるようにパズルを解く必要がある」

 それだけの通り数があればいくらでも過去を作り出すことができそうなものだが現実は違う。

 そのときの風の通り道、心情、その場にある全ての存在に対しての出来事が変換される。逆に言えばそこに描写されない瞬間に関してはこのルービックキューブの預かりしれぬところ。つまり、局部的に雨を降らせると言うことができても、それは描写されていない場所には一切影響を与えないこととなる。

「おもしろい。では、その付属品とやらの説明をしてほしい」

 自身の頭脳に絶対的な自信があるのか、よどみなく尋ねる。これまでの説明を聞いていればよっぽどの頭脳か運がなければ自分が望む過去を生み出すのは難しいことは理解できるであろうに。

 彼はよっぽど賢いのか、よっぽどの馬鹿なのかのどちらかとなる。

「……大きく分けて三種類に分けることができる。一つは過去の付け足し。基本的に運命のルービックキューブでできるのは過去の修正だけど、そのときに存在しないものを新たに付け加えるということが可能になる。これは使い捨てのものがほとんど。二つ目、計算のしなおしを強制できる。つまり、自分望む過去がルービックキューブになかなか現れないとき、一度だけ再計算することができる。もちろんその結果、より望みからかけ離れることもあるけども……。そして三つ目。過去の消失。4325京2003兆2744億8985万6000通りの一つとしてその過去がなかったものとすることができる力を乗せることができる」

「おもしろい……。そういったのがいくつも入ってるんだな?」

「……詳しい説明はこれを見て」

 手渡されたリストには運命のルービックキューブの付属品の説明と値段が書かれている。

「……よし、わかった。この店の傾向などもな……」

 ぱたりとメモ帳を確認した後眉間にしわを寄せる。本題に入ろうということなのだろうか。これまでは前座ということではないのであろうがどのような結果を押し出すつもりか。

「単刀直入に聞く。人を殺すような道具はあるか?」

「ひっ」

 思わず声が漏れる光。単刀直入にもほどがある。

「……ないことはない」

「ちょっ、心ちゃん!?」

「聞かせてくれ」

「……言うと思ったからすでに用意している。これ、『払いのボウリング』……」

 机の下から出したのはボウリングに使われるようなボールとピンだ。ただし、本物のそれとはちがい重さはあまりないようである。

「なるほど、ボウリングの起源から、ということか?」

「あぁ? どういうことっすか?」

 後ろにいるパンチパーマの男が声を上げる。説明をするのが面倒というように光を見る。光は小さく息を吐いて説明をする。

「倒すピンを厄災や悪魔に見立ててそれを倒すという宗教儀式が元になったと言われているんです。この儀式は紀元前5000年頃からあったと言われています……」

 この説明も以前、ボウリングへ言ったときに零から聞いたものであるのだが。

 合計5ゲームやって、その際の平均スコアだが零が230、心が190、光が90だった。決して光の点数が低いというわけではないのだが、なぜこのような結果になったのかと悔やんでいた。

「それで、どうやって人を殺す?」

「……簡単。ピンに殺したい人物の名前と写真を載せてボールを投げる。瞬殺というほどではないけど……その呪いは確実にむしばみ、殺すことができる。もちろんこれは作った際にできた副次的な効果でしかなかったんだけど、人を殺すということに関しては問題ない。ピンの数を調整すれば怪我を負わせるとか不調にさせるとかもできる」

 本来の使い方は名前から連想されるとおり、厄払いをするものであるのだが、作成をすると予想外の効果が出てきてしまった。

 払いのボウリングを作ったのは零であるが、そのあたりの爪の甘さは梢にかなわないところであろう。

「……値段は?」

「……110万」

 ゴクリと息がのまれるのがわかる。200万を安いと言い切った男だ。無条件で購入をすることがあってもおかしくない。そうすると間接的に人を殺すことに参加しているようでとてもじゃないが気分のよいものではない。

「……ただし、問題がある。人を呪わば穴二つ……この言葉から遠からず近からず、何かが起きることを忘れないで」

「丑の刻参りなんかと同じで、呪っている最中に見られたら呪いが自分に返るというやつか?」

「……あなたならこの諺の意味を知っているはず」

「他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるものである……。ということか。呪いの成功失敗関わらず呪えば自分にも同等の呪いが返ってくるということか」

「いえ、それも違います。本来の意味は合っていますが、呪いに成功しようとも失敗しようとも呪いは倍となって返ってきます」

 光がかわりに応対した。呪いというものを安易に持ちいりすぎだ。もっと恐ろしいものであると言うことを理解していない。コトリバコの例をとると、先に呪いの代償として子どもの殺害というものがある。呪いというのは決して一方向的なものではなくそれなりの代償が必ず必要なのだ。

 人の心には必ずエネルギーが必要となる。

「普通なら使い物にならないと言うことか」

「……そもそも、クロネコの道具は決して人を傷つけるためだけに存在をするわけではない」

「何を今更」

 半分笑ったような声音だったが、心はそれを聞き流す。

「……クロネコで用意できる道具はこれぐらい。買うか買わないかはあなた次第。それに使ったからといって必ずしも幸せな結果が訪れるわけではない。そのことはよく理解しておいて」

「そうか……」

「どうするんすか? 若頭?」

「……ちょうどいいな。よし、それらを買おうじゃないか」

「……それら、というと、『命令契約書』、『運命のルービックキューブ』、『払いのボウリング』の三つで?」

「あぁ。全部で、660万だな」

「……先伝えとくけど、どんな状況でも返品はできないから。それと使い方の説明の入った紙も入れておくけけど、私たちの方から直接説明を行うということもない。そして、道具の使用によってあなたや、その他対象者がどのような運命を辿ろうともクロネコは知らないからね」

 心は注意事項を伝える。本来であればもう少し詳しく説明をするところであるが、彼らにはその必要性を感じないのだろう。

「問題ない。おい」

「へい」

「……ここで使い方の説明が書かれた紙を見なくても大丈夫?」

「問題ない」

「……そう、釘はさしておいたから」

 アタッシュケースからぽんぽんと現金の束を取り出す。一つの束で100万。それを7つ取り出す。アタッシュケースの中にはまだ現金が大量に入っておりざっと見ただけでも5000万はありそうだ。

 それらが本物であるというのだから驚きであると同時に、中小企業の金銭力を持つ暴力団という組織に恐ろしさを持つ。

「つりはいらない。小遣いにでもしてくれ」

「……そう言うのであれば。もし、後からおつりだけでも返してほしくなったらクロネコに言ってくれたら、それでいい」

「そんなケチくさいことはしない」

 金と引き替えに三つの商品を引き取る。その顔つきは幾分も厳つく、袖の合間から除く入れ墨が荒々しい。彼らの目的は一体何なのであろうか、そのことは心は完全に把握することは出来ていない。そう、心には、だが。

「それでは、失礼する」

 男らは立ち上がりクロネコ用の出口へと向かう。

「……あなたに幸せを」

「あなた方も」

 意味深に最後を残した道明は振り返ることもせずそのまま去って行った。少しの間の後、エンジンがかかり車が飛び出していくのがわかる。

 全てが終わった……そういうことであろう。

「し、心ちゃん……本当にこれでよかったの? あの人たち、人を殺しちゃうよ?」

「……クロネコは道具を売っただけ。包丁を使って人を殺したからって包丁を売っている店にまで責任はいかない」

「でも、飲酒運転で人をはねちゃったら、その店まで逮捕されちゃうんだよぉ? そりゃ、クロネコのことだし、そもそも呪いという、一般的には非科学的なものだから、大丈夫だろうけども……、それでも気持ちのいいものじゃ」

 光の心配としては犯罪の片棒を担ぐという事実について。どんなにいいわけを重ねたところで犯罪は犯罪である。決して許されるものではない。それは法律がどうという話ではない。そもそも現在試行されている法律において呪いによって人が死んだ場合それを殺人罪と立証することができるかどうかは不明だ。

「……安心していいと思う。クロネコは別に世界平和を求めるとかそんなことはしないけど……、一応信念はもってやってるんだから」

「『あなたに幸せを』?」

「……うん。不幸になる人間をできうる限り作らない……。それが理念。詳しくはお母さん」

「はいは~い。登場しましたお母さん、梢で~す」

「もはや梢さんがいつ、どこから出てくるのか少し楽しみになってきている自分がいますよ」

 ユウがもし実体化をすることができれば母と同じく光を驚かせることになるだろうとなんとなく想像する心。ユウも案外、悪戯好きである。

「それで、なんなんですか?」

「私の能力をお忘れかい? 右手がうずくの」

「能力じゃないです、中二病ですよ、それじゃ……。と、それは置いておいて……梢さんの……。もしかして、心を読むという」

「そういうこと。ところでミツハちゃんは彼がこれらの道具をどんな風に扱うと思う?」

「光です。うぅ~ん、普通に考えたら、抗争相手を殺すことですよね。道明組というのは知らないですが、椎名会といえば最近でもニュースでやってたりしますし……。その相手を殺すことに意味があるんですよね?」

「ミツハちゃん、ファイナルアンサー?」

「光です。違うんですか?」

「ファイナルアンサー?」

「ごり押し……。ファイナルアンサーでいいです」

 どこか面倒くさげな光。極道相手に心身ともに疲弊しているのか全体的に元気もない。あくまでもただのアルバイトでありここに勤めて、まだ日にちも浅い彼女にしてみれば梢のテンションに応対するのも一苦労であろう。

 ぐったりと椅子の背に体をゆだねて上目で聞いている。

「ざーんねん。ミツハちゃんの700万円は没収です」

「光です。クロネコの売り上げですしいらないですよ。そもそもバイト代も平均を大きく上回ってもらってますし」

 東京都の平均アルバイト時給は1042円。それに対して黒猫での時給は1300円プラスα。α分はクロネコでの仕事のことを表す。それは仕事の難易度、および危険性やそのとき得た利益などから総合して決めているが、最低でも時給5000円を下回るということはあり得ない。新卒のサラリーマン、下手をしたらちょっとした管理職よりもらっている可能性がある。

「で、何ですか?」

「彼の狙いは親殺しよ」

「お、おや?」

「あっ、本当の親じゃないわよ? 組の頭を殺すこと」

「い、いやいや。どちらにしろ殺しなんて……そんなの認めちゃっていいんですか?」

「……大丈夫、心配しないで」

「えっ?」

 心が確信を込めた声で伝える。光はどういうことかと視線を合わせてきた。

「私の作った道具たちはある感情に強く反応してオーバーヒートを起こすようにしてある。その感情は悪意。私は道具が悪用されるのは嫌いだからね」

「ま、まさか」

「そのまさか。もしあの道具を使って悪さをしようというのであれば、悪意が反応してオーバーヒートで故障。それに悪意と長くいすぎてもダメ」

「なんか、詐欺みたい……」

 少しほっとしたように光はぐったりと天を仰いだ。人殺しが起きないのであれば、まだ詐欺ととれることをした方がましと考えたのだろう。犯罪は犯罪だが、相手が悪いのだから罪悪感も薄れるはずだ。心も、使い方をみないかと釘も刺してある。

「でも、面白いのはここからなのよねぇ。あのときの様子をずっととってたんだけど、これを見て」

「えっ?」

 携帯の動画を再生される。そこに写っているのは神秘の水晶。悪意に反応をするというその水晶がドアップで写っている。

「これは……?」

「もうこのときには交渉テーブルについているわ。だけども、水晶は」

「反応、してない?」

 その輝きが変わることはない。つまり、ただの水晶のままだった。

「そう、全く反応していないの。これがどういうことをあらわしているか、あなたにはわかる?」

「これがあらわしていることって……この人は悪意を持って殺人をおかそうとしているわけではないということ?」

「その通り。悪意的なもの善意的なもの、関係なく殺をもしないであろうことは私も読み取っている。では、何が目的か。それは道明組の離反。うぅん……椎名会をつぶすことね。よくやるわ、あの人」

 梢が肩をすくめてみせる。ますますぽかんとする光。

「はっ? 話がついてこれないんですが」

「問題。コールドリーディングと対になる技法は?」

「ホットリーディング……?」

 その正解判定の前に心は後ろを振り向く。

「このあたりは零のが詳しいわね」

「お呼びですか?」

 そこには先ほどまでいなかったはずの零が、いつもの微笑みを持ったまま立っている。

「霧桐家は忍者のスキルでも持ってるんですか?」

 どこからともなく現れた零にそう突っ込まざる得ない。名字の通り、霧のごとく現れる人たちだ。

「彼、道明猛と連れいていた2人は警察のスパイですよ」

「け、警察ぅ!?」

 驚くと言うことを放棄していたのだが、これはさすがに反応せざるえなかったであろう。声がこぼれ落ちていく。何がどうなっているのか、全くわからない。

「ど、どういうこと?」

「今回は事前に予約という形になりましたし、相手が相手だったのでホットリーディングをさせていただいたんですよ」

 コールドリーディングと同じく占い師などがよく使う技法の一つである。事前に予約が必要な場合に使われることの多い。予約で得た情報を元に近辺を調査し、それらをまるで言い当てたのごとこ披露するというもの。コールドリーディングとは違い、かっちりと言い当てることができたりするので当てられた側の衝撃も大きいことだろう。

「『クロネコ』のコネと力を使えば色々とわかったんですよ。彼の本明は晴梅はれうめ俵太ひょうた。キャリア組として警察に入ってまもなく道明組に潜入調査を行った。しかし、なかなか椎名会を陥れるような決定的証拠を見つけることができなかった。そのさなか、どこかで我々のことを知ったのでしょう。そもそも警察にはなんどか協力しておりますからね。私たちの道具を頼りに、致命傷となる証拠を欲していた」

「それで、あの道具たちを?」

「その通り。払いのボウリングに対して恐怖を抱いていなかったでしょ?」

「あっ……確かに。死ぬと言うことにも別に。そっか、使わないなら」

「そういうことです。本当の目的は『命令契約書』と『運命のルービックキューブ』の二つ。ただし組、上層部ぬ疑われないように、そして組のお金で買う以上、最低限のカムフラージュとして『払いのボウリング』も買ったというところでしょうか」

「なるほど。というか、みんなは知ってたの?」

 一瞬納得しかけた。しかし、それなら緊張するのもばからしいということに気がついたらしい。騙されていたのではという想いが出ても仕方ない。

「……私も知らなかった……。でも、ユウを通してなんとなくそうじゃないかと思ってた。ユウが血を吸う必要がないと判断してたみたいだし」

「なにげに、ユウもすごいんだね」

 これらの事実に天井を仰ぎ見ている。これなら悪意で道具が壊れると言うこともないだろう。我々市民たちにとって最大の善意で行っているんだから。仮に彼が心の中で極道に惹かれてしまい悪さをしようというのであれば道具も壊れる。どちらにしろ、クロネコにとって不利になると言うことがないという訳か。

「いや~、面白かった光ちゃん」

「光です……。って、光って呼んでる。はぁ、もういいです」

 どこかすねたように頬を膨らませて息をつく光。

 ともかく、そういうからくりがあったらしい。先ほどは道明寺という架空の存在へ送ったため改めて言い直す。

「……あなたに幸せを」

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