不思議なお店~クロネコへようこそ~

椿ツバサ

プロローグ

 科学で証明できない存在があるのかと聞かれたら、否定的な意見を出す――――少し前の私なら。

 東京と言えど、23区を離れた郊外ならば人々の活気も少なくなる。その中でも特にひっそりとした影道に、アンティークショップ『黒猫』は立っていた。

 アンティークショップ、とはついているものの古物的な意味合いは薄く、正しくはアンティーク調ということになるのだが。そもそもが、『黒猫』の商品は全てハンドメイド作品となので、店内に並べられているのは新たに作られている物だけ。

 決して大きなお店というわけでもなく、入り組んでいるわけでもないため、さっと一目で見渡せるほどである。つまるところ、そこまで店員が必要なわけではないのだが……事の成り行きとは怖い物で、私はアルバイトとしてここに雇ってもらっている。

 女子大学生がアルバイトをする、という事象は特別珍しいことでもない。現に私の周りでもアルバイトをしている人物は数多く存在している。よほど勉学に追われる学生でも無い限りは、アルバイトを経験していない学生という方がマイノリティーであろう。

 では、学生がアルバイトをする理由とはなにか――――と、そこまで深く考える必要もないだろう。ともかく、私はここで『黒猫』のアルバイト従業員として働いている。主な業務は店番とお客様の接客、そして事務処理といったところだろうか。

 こう連続して思い浮かべると業務が多くあるように感じるが、今こんな思考をするほどに暇を持て余すこともある。それに比べて給与は破格だった。仮に親からの仕送りを止められたとしても、何とかなってしまうレベル。とはいえ、授業料なども考えればさすがに学生生活を送るのは厳しくなる可能性がある。そう、だが。

 それほどまでに高額な給与をいただくことに多少の罪悪感がないわけではないが、このお店であればそれぐらいは余裕ということであろう。それに似合った対価を支払っている自信もある。

 カランという、寂れた鈴の音が私を思考からの脱却へと促した。視線を向けると、そこにいたのはお客様ではなく、よく見知った顔であった。

「おかえりなさい。今日は二人そろってなんだね」

「えぇ、ただいま帰りました」

 私に向かって微笑むのは霧桐きりぎりれい君。ここ、『黒猫』を経営する霧切家の長男である。その携えた微笑みは外すことがなく、安っぽさと虚構を感じる。それは第一印象からそうであり、今に至ってもその微笑みの印象を変えることはできていない。

「……ただいま」

 そして一拍以上の間をおいて、もう一人、霧桐きりぎりしんちゃんも挨拶を返してくれた。

 二人は同じ霧桐の名を持つことから示唆されるように、兄妹の関係であるが、年齢に違いはない。それは兄である零が誕生日を迎えておらず、心が誕生日を迎えているから……、などといったなぞなぞでもなく単純に二人が双子であるからだ。

 双子と言えばそっくりなイメージを抱くが、それは一卵性双生児である場合であり、彼らは二卵性双生児。そもそも一卵性であるならばほとんどの場合において同性だ。異性が産まれる可能性も決してゼロとはいえないが……この辺りは特殊ではないようだ。その為、二人の性格も大きく異なるし、必要以上に外見が似ているわけでもない。

「ちなみに、仕事の依頼はきましたか?」

「ううん、今日は来てないよ、

 零君の問いに私は首を振りながら答えた。

「だから、ここは私一人で大丈夫だよ? まずは二人とも着替えてきたら?」

「ではお言葉に甘えてそうさせていただくことにします。もあれきていませんからね」

 零君は微笑みを崩さぬまま店の奥へと歩みを進めて、二階へと消えていった。さらりと告げられる三流未満のギャグに、曖昧な笑みでしか返せなかった。

「えっとぉ……って、どうしたの、心ちゃん?」

 微かに困った感情をのこしたまま、視界を動かすと、未だ動く気のなさそうな心ちゃんが目に留まった。何かを考えるかのように、私をみつめている。いや、その視線は私というよりかは、私の背後にあるような気がする。

「……ユウが、背中にくっついている」

 ゾクリと背筋に寒気が走る。頬が引き攣り、笑みが醜く揺れた気がした。

「……何か、した?」

「えっとぉ……、あっ、これかも」

 私は左手を見せた。そこには絆創膏がはってあり、血が固まって赤黒い跡が染みているのが見て取れた。

「料理している時に、包丁でちょっとね」

「……食べちゃ、ダメだよ? ……そう、わかっているならいい」

 これは私に投げかけられた言葉ではない。私の後ろユウに対してかけられた言葉だ。

「……血の匂いが心地いいからいるだけだって。大丈夫、害はないから」

 次は私に向っての言葉だ。視線が私に向いている。

「そ、そう。なら、よかったの、かな?」

「気を付けてね。血は、とっても大切な存在だから」

 なにやら意味深な言葉を残して、トントンと一定のゆったりとしたリズムで階段を上っていく。

 心ちゃんには申し訳ないが、害がないといわれようとも気にはなってしまう。

 ユウ――――彼女(おそらくだが)の存在は非科学的存在の代表格のようなものだ。決して触れたり見たりすることは一般人にはできない。では、霧桐家に限定をしてみればどうかといえば、会話が可能なのは心ちゃんのみである。まるでイマジナリーフレンドのようだが、その存在自体は霧切家全員も認めているところである。そもそも、私自身、感覚を研ぎ澄ませれば妙な違和感を感じることもあるほどだ。

「慣れ、ないなぁ」

 後ろにいるであろうユウに掌を差し出してみるが、つかむことが出来ない。人は実体のないものや対処の仕方がわからないものに恐怖を感じるもの。

「そんなあなたにコレ! 磁場手袋。周波数の異なる存在を捉えて触ることが出来る、ゾ!」

「急に表れて変なものを勧めないでください」

 どこに隠れていたのか、ひょっこりと現れた、霧桐きりぎりしょうさん。一見すると小学生に見間違うほど身長も小さく、童顔な彼女だが、その実態は霧桐家では一番捕らえづらい。そもそもこれであの二人を出産した、という事実がいまだに信じられない。

「というか、なんですか、そのグッズは?」

「人……ううん、視覚を持つ生物全般に言えるけど、見るためには光の反射で物を認識しているわけでしょ? だから光をも吸い込むダークホールなんかは観測できても見ることはできない。でも、逆に言えば観測をすることは可能なの。この道具は、周波数を違えることで見ること不可能としている存在に対して、磁場をゆがめることで無理やり周波数を同調させる。それを可能とした道具よ」

「ロジックがしっかりしているようで、してないようで、しっかりしているから驚きですよね」

 矛盾しているようで矛盾していない。かのようにおもえばやっぱり矛盾している。よく分からない。

「使う?」

「見えないのに触れることが可能、という方が怖いですよ」

「酸素だって見えないのに取り込んでいるでしょ?」

「触れる触れない、というものではないでしょ? そもそも、酸素が見えないのは色々理由があるわけで……少なくとも周波数の問題ではないです。それに、意識して触れているわけでもないですから」

 そっとため息を空へと逃がす。この人と話すと妙に疲れる。それでも、私の雇い主なので逆らうことはできない。まぁ、なんでもかんでも、はいそうですか、というつもりはないが。

 そんなことをしていると、控えめにカランという音が響く。視線を扉に向ける。

 入ってきたのは若い女性。OLだろうか? 一瞬どちらの仕事なのかと注視したが、鐘の音からそれは『黒猫』の客であるとことが分かった。入ってきた客に対しては小さなお辞儀だけにとどめる。過度な接客はしないことがこの店のルールだ。

――――そういえばだが、黒猫というのもなかなか難儀な生き物だ。

 元を正せば幸せを運ぶ生き物と言われている地域もある。しかし、魔女のペットだのと言われるようになり、挙句の果てには幸せを運ぶことから、横切られると不幸になる、なんて解釈もされる。幸福と不幸の間をいったりきたりする動物。

 私としては黒猫に横切られようが、思う感情としては可愛い猫がいた、程度のもの。そもそも、このような迷信を本気で信じている人はどの程度いるのだろうか。

「でも、迷信ってバカにできないのよね」

「とりあえずは……ナチュラルに心を読むのはやめてください」

 私と視線を合わせて含み笑う梢さんに注意する。記憶の映写機がカラカラと回転をして、自身の考えが全て見透かされているかのような気分だ。恐怖心を抱くなという方が無理がある。

「あの、これください」

 商品を一つ手に取った女性がレジ兼カウンター席に座る私の目の前に差し出す。ものは巧なつくりをしたキーホルダーだ。

 いつの間にか梢さんの姿は消えていた。

「はい、こちらは――――」

 レジで精算を終えて、袋に黒猫のシールを張る。客が扉から出ていく直前に店の決まりである言葉をかける。

「あなたに幸せを」

 扉が閉まる音と合わせて後ろを振り返るがやはり梢さんの姿はどこにもなかった。神出鬼没の代表として猫が挙げられているが、その猫以上に神出鬼没なのは彼女なのかと感じる。

「まっぁ、いいけど。『』の仕事もないしね」

 そっと目をつぶる。

 思い浮かべるは私と『黒猫』、いや『クロネコ』の出会い。この不可思議な家族とそして店との邂逅。

 あれは半年前。この町に移住してきてようやく慣れてきたころの話だ。

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