第4話 オカルト研究会の日常

「樹、お前ヤッただろ」


「いかがわしい言い方するのはやめてください、宇田川先生」


 そこは大学内の隅の隅にある、今は使わなくなった旧資料室。

 ソファと机とパイプイス、それだけが持ちこまれ簡易的に設置されている。

 簡易に簡素なお手軽部屋が、オカルト研究会の部室だ。


 春から夏に向かいつつある時期。

 丁度よい日差しが差しこむ昼日中(ひるひなか)の部室に樹とユリと未來……そして一人の中年女性がいた。


「いかがわしいことがあるかい。ユリと未來とヤッたんだろ?」


「宇田川先生は言葉とデリカシーが足りないんですよ!」


 気だるげに頬杖をついた中年女性が机を挟んで向き合い、樹に対して説教をしている。

 とても先生オーラをまとっているように見えない彼女の姿に対し、樹はどうにもかしこまれずツッコミを入れてしまった。


 彼女は教子――宇田川教子。

 こう見えてれっきとした大学教員である。

 樹ユリ未來の通う大学の教員であり、サークル顧問であり、


 “霊能者”である。


「“怪異退治”をヤッただろって言ってんだ」


「最初からちゃんとそれを言ってくださいよ……」


 樹はふうと息をつく。

 しかしすぐに表情を固める。


「……すみません。“怪異退治”やりました」


 樹はそう答えると、頭を下げる。

 本心から謝罪した。


「勝手なことをして申し訳ありません」


「いや無事ならいいんさ」


 教子は否定の意を表するように、自らの顔の前でふりふりと手首を振る。


「“大学生はバカやってなんぼ”よ。勉強はほどほどにして大学生活楽しみな。ただし世間様に迷惑はかけないように」


「わかりました。心に留めておきます」


「それでよし!」


 そこで教子の説教は終わ――


「いやいや私が言いたかったのはそういうことじゃなくてだな! ……樹、おまえの“潜心(ダイブ)”のことよ」


「俺の“潜心(ダイブ)”?」


「ああ。おまえの“潜心(ダイブ)”のことだ」


 教子は頭をブンブンと振り話を切り替える。

 その顔は打って変わって真剣そのものだ。


「“潜心(ダイブ)”はもう使うな」


「“潜心(ダイブ)”を……使うな?」


 潜心(ダイブ)――

 樹の固有霊術、退魔法。

 霊の心に|飛び込む(ダイブする)チカラである。


 自らの霊耐性をあえて弱めることで怪異を直に受け入れ、それの本質を理解したり会話したりできる。

 悪霊に対してでも有効であり、本来定型句しか話し得ない霊とも精神空間において対話ができる。

 精神と精神のぶつかり合い・結び合いであり、人語を介さない妖怪とさえも意思疎通ができる。


 先日の追い女(め)との対峙で使ったのが“潜心(ダイブ)”である。

 暴走し始め対話を拒んだ彼女に対して“潜心(ダイブ)”を行った。

 対話、理解、心を通じ合わせることにより彼女を悪夢から解放――成仏へと導いたのだ。


 樹にとって最大の強みである退魔法。

 それを使うなと――教子はそう言ったのだ。


「霊と対話するなんてのは腕の立つ霊能者でも容易なことじゃない。霊を消滅させるのではなく成仏させる手段としても稀有なものね」


「だったらそれを“使うな”だなんて……」


「厳密に言うと“できるだけ使うな”ね」


「どうしてですか?」


「“危険”だからだよ」


 今度は冗談を言っているわけではない。

 樹は教子の口調にピリピリした真剣さを感じていた。


「話に聞く限り今回の追い女は低級怪異だ。霊力はともかく、霊本体に悪意がなかったからこそ無事に済んだんだろう。……だが根っこから染まりきった悪霊だった場合、話は変わってくる」


 教子は続ける。


「腕の立つ霊能者ですら高等技術とする“霊との対話”。それはそのぶんリスクも高いのさ」


「リスク……」


「悪霊の侵入に対して無抵抗で受け入れる。悪霊の本質に触れる。それがどういうことかはわかるだろ? 悪霊の心に触れるのは気がふれることにも繋がりかねない」


「……なるほど」


「“潜心(ダイブ)”は強力な霊術(チカラ)だ。だからこそ使うべき時と場合を見極め、多用はするなよ」


「はい。むやみやたらと使わぬよう気をつけます」


 一息つくと教子は緊張を解いて破顔した。


「よし、それでいい。じゃ、次は……」


 教子はパイプイスから立ち上がり、つかつかとソファのそばに立つ。


「ぐ〜」


 ソファに埋まるようにうつ伏せで寝ている眠り姫が――


「起きろ小川ァ!」


「痛ぁっ!?」


 教子は眠り姫――小川ユリのぷりんと張った尻に向けて、思い切り平手打ちを叩き込んだ。


「な、なにを……って先生!? なんで私のおしり叩くんですかぁっ!?」


「なんでもなにもあるかっ! おまえが一番叩かれなきゃいけない立場なんだよっ!」


 さきほどまでのローテンションとは打って変わって、感情をあらわにする教子。


「霊も見えないやつが“怪異退治”とか何考えてんだよ!」


「だっておもしろそうだったんだもん!」


「子供か!」


「大人だもん!」


「大人は“大人だもん”なんて言わない!」


「もー! なんでダメなのよ!」


「霊が見えないようなやつが霊と相対するってことはだな、“アホがネギ背負ってやってくる”みたいなもんなのよ。自殺行為だ」


「それを言うなら“カモがネギ背負って”でしょ!」


「カモほど胸厚くないだろド貧乳!」


「人が気にしてることをぉっ!!」


 狭い部室でギャースカ言い合う教子とユリ。


「毎度毎度にぎやかな人たちですわね……」


「なんで未來には怒らないんだよぉっ!」


「あいつはカラテをやってるからなっ!」


 それを意に介することなく窓辺で黙々と読書する未來。


「うーん……さわがしい」


 そしてその光景が“いつもの光景”となりつつある樹――


 これが日常。

 オカルト研究会の日常。


 しかし変わる。

 この日常(いつもの)は変わってゆく。

 日常変えるは、魍魎(もうりょう)数多(あまた)。


 はてさてそれは良くか悪くか。

 答えを知るのは神様ひとり。


 奇妙な世界は日常の隣人――

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