第2話 追い女-2 ユリと未來
「今です、先輩!」
轟――
突如として吹いた一迅の風が青年の髪の毛を掻き上げる。
凍てついた空気が一変した。
深く鈍い重低音とともに、夜道を青白い光が照らし出したのだ。
その光の発生源は地面――いや、近くにある茂みからであった。
茂みの陰から伸びるように発せられた光は、地面を伝わり“彼女”の足元まで拡がる。
『……?』
光を浴びた“彼女”は、青年ににじり寄るその動きを止めた。
人間ならざるソレは、“何が起こったかわからない”と人間ならばそう言うであろう様子で硬直している。
「悪い、俺演技してた」
青年は謝罪する。
ドッキリのネタバレでもするかのような語り口で、青年は語り始めた。
「“バイトの残業を終えて、夜道を恐れつつも帰宅する大学生”を演じてたんだ。あんたを誘き出すために。あんたの被害者から経験談を聞いたんだぜ。結構リアルだったろ?」
“彼女”は瞳のない目を見開いた。
その顔からはニタリとしていた笑みが消え、苦痛に悶えるように声を漏らす。
『ギギギ……』
「はっはっは! ナイス演技だったわよ樹(いつき)!」
茂みから甲高い声が響く。
明朗快活、元気一杯。
今のこの場に一番そぐわないであろう、明るい少女の声が響き渡った。
「そしてナイス結界の私! 感謝しなよ樹(いつき)!」
「ユリ先輩! そんなデカイ声出さないでも聞こえてますって! いろいろとブチ壊してますよ!」
“樹(いつき)”と呼ばれた青年のツッコミに呼応するようにして、その声の主は自画自賛しつつ茂みから現れ出た。
鼻高々に茂みから出てきたのは、スレンダーな少女。
ポニーテールを揺らし、無い胸を張りつつ歩き出てきた少女は、自慢げに青年――樹(いつき)へ話しかけた。
「いや~才能あるんだろうね〜私。ドンピシャだもん。我ながら惚れ惚れしちゃうわ」
「ユリ先輩は俺の合図に合わせてスイッチ押しただけでしょ。それに――」
「“結界”じゃありませんわ、ユリ」
舗装道を挟んだ、向かい側の茂み。
“ユリ”と呼ばれた少女とはまた別の声が響いてくる。
「未來(ミライ)先輩」
もう一人の少女――その名は未來。
ユリとは対象的に落ち着いたたたずまい。
品のある口調のお嬢様風な少女である。
「これは“陣地”ですわ。“静の陣地”――霊的存在の動きを止める領域型霊術よ。“結界”とは違いますわ」
「細かいことはわかんないわ」
「細かいこと“も”でしょうに、ユリ先輩は」
「なにおう!?」
『ギィぃぃぃ!!』
コントのように言い合いをする三人組を見てしびれを切らしたのだろうか。
“陣地”によって縛りつけられている“彼女”は咆哮した。
いまだにその体は地面に繋ぎ止められ、その自由を奪われている。
ちょうど三角の形で樹、ユリ、未來が“彼女”を取り囲んでいるような位置取りであった。
『ギギギギギ』
「痛みはないはずだぜ。俺はあんたを苦しめたいわけでも、倒したいわけでもない」
樹は“彼女”に手を差し伸べた。
「追い女――いや“及川真奈”さん。俺はあんたと話がしたかったんだ」
『ギ……』
“彼女”のうめきと震えが止まる。
しかし“狼狽”している。
さきほどとは明らかに様子が変わっている。
言葉を出すわけでも声を出すわけでもない。
先ほどまでの“陣地”に対する抵抗の震えも止まっている。
それでも明らかに“狼狽”していた。
「霊に感情があるかはわからないが、驚いている……のかな? 無理はないよな。“及川真奈”はあんたの“二十年前の名前”なんだから」
樹は歩み出る。
“彼女”を前に、一歩、また一歩と歩を進める。
「及川真奈は“追われる恐怖を味わうぐらいならいっそ追う側になればいい”という強い死念から“追い女”となった」
樹は“彼女”へとゆっくりと近づく。
先ほど“彼女”がにじり寄っていたのとは真逆の構図。
今度は青年が“彼女”に近づく。
「……でも真実は違う。及川真奈は……あんたは本当は――」
『アァァァァァアアアア!!』
彼女は叫んだ。
吠えるのではなく、まるでヒステリックに大声を出すような、そんな“泣き叫び”。
人間ならば――“もうこれ以上聞きたくない”とでも言いたげに泣き叫ぶ
「くっ……!」
「樹!」
「樹くん!」
樹は“彼女”の不意の叫声に怯み、苦悶の声を漏らす。
ただ大声に怯んだのではない。
霊の放つソレは人間のソレとは違う。
声に重みがあった。
樹の身を案じてか、ユリと未來は声をあげた。
「大丈夫です先輩方! ……このまま“潜心(ダイブ)”します!」
何かを決意しまた一歩踏み出す樹。
しかしそれを未來が制する。
「待つのよ、樹くん! 相手がこんな恐慌状態で飛び込むなんてあなたの身に……!」
「ここで! ここで飛び込まなきゃ“彼女”はもう二度と俺たちの前に出てきてくれないかもしれない! 今が“そのとき”なんです!」
一歩、一歩――
そして樹は“彼女”の目の前に立った。
泣き叫び今にも目の前の樹に飛びかからんとするほどのオーラを放っている。
「潜心(ダイブ)……します!」
そして樹は“彼女”に触れた――
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