傀儡姫の決断 1
式当日はとても良い天気で、初めてこの地にやってきたときと同じ青空が広がっていた。
一通り儀式的なことをつつがなく終え、いよいよ披露宴が開始される。宮殿の広い中庭に集められた来賓には、侵略戦争に負けて併合された各国の代表者が並ぶ。
――これを乗り切れば良いのよね。
式による緊張よりも、これから起こるだろう事件を想像して気分が悪くなる。絡操人形の操作での疲労もあるのかもしれない。しかし疲れた顔をしているわけにもいかないので、あたしは大きく深呼吸をして気持ちを切り替えた。
盛大な拍手と花弁の雨に包まれながらの入場。遠くからは絡操人形らが緊急事態に備えて構えているものの、会場内に兵士たちの姿はない。前もって聞いていた通りだ。
――ええっと……ここで微笑みを振り撒きながら、手を振って……。
予行練習で頭に叩き込んだことを必死に思い出す。隣にいるセトが来賓を簡単に説明してくれたが、今はその顔を覚えていられるような余裕はなかった。
中庭の中央に設けられた舞台にたどり着く。そこで会場がどよめいた。
――来たか!
舞台近くの席にいた少年が急に駆けてくる。太陽の陽射しを反射する短剣を握って。
「うぁぁぁぁっ!」
雄叫びを上げて突進してくる少年の前に、純白のドレスが翻る。新郎を庇うために間に入ったのだ。
会場に響いていた拍手は悲鳴に変わる。
白いドレスに吸い込まれていく短剣。腹部に深く突き刺さり、新婦は身体を丸める。そして――少年の腕を掴まえて押さえ込んだ。
「え?」
少年の不思議そうな声が聞こえる。それもそうだろう。刺されても動けることには驚きだろうが、さらに純白のドレスには赤い染みは一滴もついていない。
無事に取り押さえることに成功したところで種明かしをしてやろうかと思っていると、会場がまだ静まっていないことに気付いた。
あたしは自分の姿をした人形から状況を掴むために辺りを探る。
刺客は少年だけではなかった。大きく広がるドレスの下や紳士の胸元から武器が次々と取り出されていたのだ。
披露宴の会場とは思えない光景に、思わずあたしは顔を引きつらせる。強引な侵略を続けてきただけに、恨んでいる人間は多いということだろう。
「死んで償え、セト皇太子!」
「皇帝陛下に我らと同じ想いをさせてやるためだ、恨むなよっ!」
誰かの叫び声とともに人々が動き出す。目指すは中央の舞台。新郎新婦へと向かって。
白い衣裳に刃が届かんとする瞬間、新郎は新婦の手を取り跳躍した。およそ人間ではできないだろう距離と高さを伴って。
「――あぁっ。ごめんなさい、ご主人様!」
新郎が自分の失敗に気付いて声を出す。あたしは人形の口を通じて返事をした。
「仕方ないわ。エンシの命令が上位に来たんでしょうから」
自分が未熟であるがために、エンシがルークスに仕込んだ命令――何よりもメローネの身の安全を優先し、自身も危険から遠ざかること――が実行されてしまったのだろう。
そう、ルークスが新郎を演じていたのだ。
想定外の出来事に、刺客たちは呆気に取られた様子で新郎新婦を見つめる。
「――それにしても、祝福せざる客が多いこと」
隣に身を潜めているセトに目をやると、彼は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「初めからこの目的だったとはいえ、みながみなだと知れると僕としては辛いですね……」
「これからあなたが従えていかなくてはならない国の人々よ。陛下のしてきたことの責任をとるつもりでしたら、弱音を吐いている場合ではありませんでしてよ?」
あたしはため息をついて気持ちを引き締める。
「――外部からの攻撃は全て抑えてあります。刺客の傀儡師を押さえるのも時間の問題でしょう。会場の鎮圧も始めてよろしいですか?」
「えぇ、できるだけ穏便に」
セトが頷くのを確認し、意識をルークスに向ける。
「――そういうことだから頼むわよ」
「はい、ご主人様」
動き出した人々を軽くあしらって動きを封じる。片付くのにそれほど時間はかからないだろう。
――なにが、あたしにしか頼めないことよ。最初からこのつもりで選んだくせに……。
あたしたちは中庭全体を見下ろせる宮殿のひと部屋に潜み状況を観察していた。
昨日セトから頼まれたこと、それが披露宴を人形で行うことだった。セトの代役にはたまたま背丈が近かったルークスを、あたしの代役にはエンシが持ってきた身代わりの人形を使い、彼らを囮にして反帝国派の人間をあぶり出す計画が実行されたのだ。しかしさすがはエンシの作る人形だ。数回しか会ったことのない人間なら、その場の空気で紛らわすことができよう。
「――君を選んで正解でしたよ」
次々と無力化されていく刺客たちを眺めていたセトが呟く。
「そう思っていただけたなら光栄ですわ。一生後悔させませんでしてよ?」
これが済んだら丸一日は目を覚まさないだろう。その間は無防備になるが、エンシもセトもいる今なら安心だ。信じるしかない。
「無理をし過ぎないでくださいね。エンシさんに睨まれたくないので」
「そう思うなら、内部に味方を作っておくことをお勧めしますわ」
嫌味を言ってやると、彼は苦笑を浮かべる。
やがて、無事に暴動は鎮圧されたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます