淡く深く染まる日々

緑風渚

卯月

 桜が散り、新生活を始める人々は春の風を胸いっぱいに吸っている頃だろう。

 僕は中学校の職員室の前で一人緊張していた。


「先生、今日だけ泊まらせてください」

 僕は職員室の前で先生に頭を深く下げてお願いしてみた。

「え? 何言っているの?」

 先生は困惑していた。それもそうだ。生徒にいきなり家に泊めてくれなんて言われたのだから。無理もない。

 しかし、こっちはそれほどしなくてはいけない理由があるのだ。僕の家はつい最近までごく普通の家族だった。両親はサラリーマンで共働きだ。兄弟はいない。裕福ではなかったが、決して貧乏でもなかった。

 半年前、この状況が大きく崩れた。父親の勤めていた会社が業績不振で倒産してしまったのだ。その結果、父は働き盛りのこの時期に突然職を失ってしまった。それによって母親は激務になり、日に日にヒステリックになっていった。父親は家にいても何かするわけではなく、ボーっとしていることが多かった。

 それがますます母の機嫌を悪くし、家庭環境はどんどん悪くなっていった。父は働かないのにお酒だけは飲み、もともと悪い酒癖がひどくなり、日に日に言い争いは多くなっていった。

 この頃から僕の心は荒み始め、ついに限界を向かえた。家出することにした。僕は少しやけになっていた。僕は必要だと思う荷物をまとめて、当てもないのに家を出ることにした。母親は引き留めてくれたが、僕はそれを振り払った。息子を引き留めることを諦めた彼女は何も言わなかった。

 とはいえ、当てがある訳ではないので、食べるものもなければ寝るところもない。お金もほとんど持っていない。七千円ほどだ。生活できるか怪しい。中学生だからバイトもできない。

 そんな時に思いついたのが居候だった。居候なら何とかなるのではないかと。僕は今のところあの家に戻りたいとは一瞬たりとも思わないし、できるだけ長く家を離れていたかった。

 頼れるのは水嶋先生だけだった。去年担任だった、社会の先生。教員五年目で担当は日本史。僕は先生の授業が好きだった。本当に日本史が好きだというが伝わってくる授業だった。とはいっても日本史の成績は芳しくなく、いつも平均点を取れるかどうかギリギリである。

 先生はサラサラの黒髪をいつも後ろで一つに束ね、小柄で色白で少し子供っぽいところもあるが、怒るときは怒り、褒めるときは心から褒めてくれた。去年担任だったこともあり家の事情は先生には相談してあった。僕の話を聞いてくれて、励ましてくれる数少ない人だった。

「先生の家に泊めさせてください」

「そんなことできる訳ないでしょ」

「お願いします。先生一人暮らしですよね?」

「そうだけど……」

 先生は困惑した表情のままだ。

「お願いします。先生しか頼れないんです」

「ほかの先生に相談してみるけど……」

「お願いします!」

 僕は何度も頭を下げた。

「ちょっと待って。――わかったわ。放課後、職員室に来なさい」

「ありがとうございます!」

 断られるかと思ったが、何とかわかってもらえたのかもしれない。僕は少し安心した。


 僕は言われたとおり放課後職員室に向かった。

「失礼します。水嶋先生いらっしゃいますか?」

 先生はすぐに僕のところに来た

「面談室空いてるから。面談室で話しましょ」

 先生のあとに続いて面談室に入る。こんな部屋学校にあったんだ。問題児が呼ばれるような部屋なのだろうと勝手に考えていた。

「君の家庭環境は去年担任だったから知ってるけど、いきなり過ぎない?」

「本当にすいません。でもお願いします」

 僕は精一杯の誠意を示した。聞いてくれるとは思ってないが頼れるのは先生だけだ。

 先生は頭を抱えながらその場に固まっていた。真剣に考えてくれているようだ。

「……わかったわ。とりあえず今日は来なさい。事情は大体わかったから。その代わり誰にも言っちゃだめだし、一緒に帰れないから。もう今日は十八時になったら帰るから、ばれないようにあとについてきなさい」

「ありがとうございます! わかりました」

 やっぱり先生にお願いして正解だった。僕は安堵した。

「それまでは学校で待ってなさい」

 教室に戻ってから僕は落ち着かなかった。なんとか今日は野宿しなくて大丈夫そうだ。


 十八時になった。門の近くで待っていると先生が教職員玄関から出てきた。先生の顔は少しこわばったがすぐに笑顔になって、さようなら、と僕に向かって言った。僕も自然と、さよなら、と言った。

 先生のあとについていこうとしたら先生は自転車置き場に行った。まさかの自転車通勤。僕は走って追いかけるのか? しかしせっかく掴んだチャンスだ。無駄にするわけにはいかない。僕はひたすら走った。信号で置いてかれることのないように気を付けながらひたすら走った。気がつくと先生が立ち止まった。そこが先生のアパートだった。

 先生は笑いながら僕を見た。

「よく来たわね。どっかで見失ってるかと思った。ちょっと待ってて。片付けるから」

 僕は先生の部屋のドアの前に突っ立っていた。

 夕焼け空が徐々に夜に近づいていく。

「入っていいわよ」

 先生の声が部屋の中から聞こえた。

「おじゃまします」

 部屋に入った瞬間、ふわっと微かに甘いにおいがした。とても幸せなにおいだ。先生の部屋はこじんまりとしたワンルームで一人暮らしにはちょうどいい広さの部屋だった。テーブルや棚は明るい木目調で、ソファやカーテンはピンクに統一されていて可愛らしい。少し意外だ。

「バックそのへんにおろしていいよ」

 と、先生は冷蔵庫の中身を確認しながら言った。ピンクの丸いカーペットが敷かれていないフローリングのところに僕はバックをおろし、そこに座った。

「夕御飯どうしようか。手抜きでいい?」

「全然いいですよ。っていうか作ってくれるんですか」

 まさかつくってもらえるとは!

「当たり前でしょ。ちょっと待ってなさい。すぐ作るから」

 先生の部屋には物があまりなくさっぱりしているが、生活感があり居心地のいい部屋だ。僕はこの空間に自分がいることがとても不思議に感じた。不思議なようで、それはとてもしっくりきていた。

「そろそろ出来るよ」

 先生が作ってくれた夕ごはんはご飯と味噌汁と野菜炒めだ。

「「いただきます」」

 楕円形の木目調のテーブルに先生と向かい合って座ってご飯を食べた。誰かとこうして楽しくご飯を食べるのは久しぶりだ。

「どう? おいしい?」

「おいしいです。ありがとうございます」

 味付けはよくわからないけど、とてもおいしい。

「だいたいウスターソースか中華だし入れればおいしくなるんだよ。あとごま油。」

 食べ終わると先生が洗い物を始めようとした。

「先生。洗い物、僕やりますよ」

「いや、いいよ」

「やらせてください。出来ることはやります」

「じゃあお言葉に甘えて」

 ご飯までつくってもらったのだ。洗い物ぐらいはさせてほしい。僕なんかを受け入れてくれたことに感謝したい。

「お風呂先入っていいよ」

「え、風呂まで入っていいんですか?」

「いいよ」

 風呂からあがるとマットレスがおいてあった。

「これ自分で敷いといて。今日使っていいよ」

「あ、ありがとうございます」

「気にしないでいいよ。じゃお風呂入ってくるね。覗いちゃダメだぞ」

「大丈夫ですよ」

 僕は笑いながら答えた。

 あれ、先生はどこで寝るんだ? 部屋をよく見渡すともう一つドアがあった。向こうが先生の寝室か。

 お風呂から上がってきた先生はパジャマ姿で髪をとかしながら部屋に戻ってきた。

「私はこっちの部屋で寝るから。おやすみ」

「おやすみなさい」

 そういえばワンルームではなかった。にベッドは見当たらない。そんなことを考えながら、先生が出してくれた布団にもぐりながら考えた。


 翌朝。物音がし始めたので目を覚ますと、先生が朝ごはんを作っていた。

「朝ごはん作っとくから食べてから学校行きなさい。私は先に出るから。他の子に怪しまれないようにね」

 顔を洗い、制服に着替える。ワイシャツが置いてあることに気づく。昨日洗濯機に入れたような。洗濯までしてもらってしまった。

「あ、鍵! あ~、やっぱり一緒に出よう。片木君早く準備して!」

 鍵は一本しかないからか。確かに学校で渡すのは難しい。

 僕は急いで朝ごはんを食べ、支度を整えた。

「「いってきます」」

 先生は勢いよくドアを閉め、鍵をかけた。


 学校ではいつも通り大人しくしていたが、頭のなかは今日のことでいっぱいだった。昨日は久々に居心地のいい空間で時を過ごせた。もう家になんて帰りたくない。でも先生にそれを言ったらどうなるだろう。甘えだろうか。ふと、先生の部屋に居候させてもらう考えが頭をよぎった。僕は一か八か先生にそう言ってみることにした。

 覚悟は決めたものの、職員室まで行って話す勇気はなく、結局十八時まで学校に残ってしまった。部活終わりの賑やかな中一を見ながら、雨の中僕は先生を探した。すると十五分ほどして先生が出てきた。

「何してるの? 早く帰りなさい」

「先生、もう僕家に帰りたくないです。先生お願いします」

 僕は覚悟を決めて頭を下げながら、考えてあった台詞を言った。深い沈黙が流れた。とても長い空白であった。時が止まったように思った。

「……わかったわ。ちょっと来なさい。話は家でするわよ」

 先生は雨のなか傘をさしながら駆け足で歩きだし、僕は黙って先生のあとを追った。昨日と同じ道を傘を差しながら歩く。僕はただ黙って先生についていくことしか出来なかった。

 先生のアパートに着いた。

「ただいま」

「お邪魔します……」

 僕はおそるおそる部屋に入った。また柔らかい幸せなにおいに包まれたが、今日は昨日の幸せのにおいとは違う。

「お茶でも飲もうか」

 僕は黙ってうなずいた。お湯を沸かす音が聞こえる。

「どうして家に帰りたくないの?」

 先生が食器棚に向かって話していた。

「なんでって、もう家には帰りたくないんです。自分のせいで喧嘩してる両親を見たくない」

「自分でよくわかってるじゃない。で、君はどうしたいの?」

 僕は一瞬迷ったが、自分のありのままの気持ちを言うことにした。

「先生の部屋に居候させてください」

「……それはつまり一緒に住むってこと?」

 一緒に住む。考えたことも無かった。が今自分がお願いしていることはまさしく一緒に住むということだった。

 先生は立ち上がり、紅茶を持ってきてくれた。向かい合って先生と座り、初めて面と向かってまじまじと先生を見た。

「本気で言ってる?」

「本気です」

「フフッ、面白い。わかったわ。それもありかもね」

 先生が微かに笑った。

「いいわよ。一緒に暮らしましょ」

 僕は信じられなかった。まさか承諾してもらえるとは。

「そうとなれば話し合うことはいっぱいあるからね。第一生徒と先生だからね。下手な真似は許されないわよ」

 そうと決まったら先生は早かった。夜ご飯を食べながらいろいろなことを話し合った。まず僕と先生の関係。次にこの家でのルール。食事や風呂、洗濯、ゴミ出しなど生活に関わるもの全て話し合った気がした。それから学校での過ごし方も話し合った。この関係を怪しまれたらおしまいだからだ。

「私だっていろいろ考えたのよ。君のために」

「ありがとうございます」

「じゃあ今日は寝な」

 布団を敷いて寝転がると自分自身が思った以上に疲れていることに気づいた。そして目が覚めたら朝になっていた。


 今日もまったく授業に集中出来なかった。学校では先生のことを意識するのは駄目だと言われたが、無理だ。

 早く先生の部屋に帰りたかった。早く安心できる場所に帰りたかった。しかし僕は合鍵を持っていないので、先生の帰りを待たなければならなかった。一人教室に残っているのに耐えられなくなり、気づいたら一人で先生のアパートに向かってしまっていた。鍵が開いている訳でもないのに。

 まだ十六時半。先生が帰ってくるまで二時間もある。僕は自分の家に行く必要がある気がしてきた。もう家には帰らないことを親に宣言しなければならなかった。あれほど帰りたくなかった家だが、帰るのではなく一時的に行くと考えれば、簡単に足が動いた。

 家の前で一度深呼吸してから僕はドアを開けた。

 すると父が出てきた。父は真剣な顔で僕に話をしてきた。

「先生から話は聞いた。俺はお前のことを何もわかっていなかった。これ、持ってけ。先生に渡してくれ。不甲斐ない父親で本当に悪かった。先生についていけば大丈夫だ。先生がいろんなことをお前に教えてくれるはずだ。先生には本当に申し訳ないが、お前の父親の代わりを少しでもいいからしてほしい。俺なんかより先生の方が本当に立派だ。お前がいつか先生のもとから戻ってくる頃には、俺もしっかりした姿をお前に見せられるようにしておく。先生からの電話で目が覚めた。少しの間時間をくれ」

 父は自分が言いたいことだけを言って部屋に戻っていった。僕に封筒を渡して。

 今気づいたが父は今お酒を飲んでなかった。あんなにいつも飲んでいた父が珍しく素面で息子に語ってきた。それが驚きだった。先生は何を言ったのだろうか。僕は父親に何も言えず、自分の家の玄関の前で一人立ち尽くしていた。

 先生のアパートに向かうと、もう先生の部屋の電気がついていた。

「ただいま」

「おかえり。どこいってたの? 心配したじゃない」

「先生。僕の父親に何言ったんですか?」

「もしかして会いに行ったの?」

「家に行っただけです」

「何って。普通のことよ」

「絶対に違う。父親何となく先生のこと男だと思ってるっぽいんですけど」

「あ、わかった? これは先生との秘密だぞ。君の親御さんには私は男ってことにしといたよ。だってそうじゃないとめんどくさいでしょ」

「そうかもしれない……?」

「まぁ、いずれわかるときが来るよ。それより今日の夜ご飯は麻婆豆腐でいい?」

 今日も先生が作ってくれるご飯を食べられる。いつかは自分もつくらなきゃ。


「「いただきます」」

 やっぱり二人で食べるご飯は美味しい。一人で食べるときより数倍美味しくなる。

「あ、先生。これ父から渡されました」

 僕は先生に父から渡された封筒を見せた。

「何入ってるの? 手紙?」

 先生が封筒を開けると、手紙とたくさんの現金が入っていた。

「お金渡されちゃったよ。どうしよっかな。私と君の関係って主と居候、じゃなくて、親戚のお姉さんと中学生、だよね。まぁでもいっか。君がこのお金を私に居候代として持ってきたことにしよう。ありがとうございます!」

 なんだか僕は不思議な気持ちになった。親がお金を渡してきたと言うことは、この関係を承認してくれたということなのか。先生のことを男だと思っているとはいえ。

「良かったね。これでお金の心配もないよ。今後ともよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 不思議な気持ちだ。

 安心した場所を手に入れたはずなのに、気持ちは宙ぶらりんだ。


 金曜日の夜、いや土曜日の深夜と言った方が正確か。僕は一人で深夜の街を歩いていた。と言っても先生の部屋から自分の家までという近所だが。夜の町はどこかいつもとは違う世界に迷いこんだような錯覚を与える。いつもと同じ風景なのにどこか別のパラレルワールドに自分だけがいる気がする。


 深夜に目が覚めるのは珍しく、少し考えた僕は家に戻ることにした。必要なものを持っていこうと思った。軽い引っ越しだ。新しく買ってもいいのだが、父から渡されたお金は極力使いたくない。あのお金は僕と先生との生活に期限を設けるものだと僕は感じた。いつまで居られるかわからないが僕は今の生活ができる限り続いて欲しいと真剣に思っている。

 家のドアをそっと開け、静かに入る。自分の家なのだからこそこそしなくてもいいと思ったが、のこのこ帰ってきたわけではない。僕は目的のパジャマやタオルケット、夏服、枕、それから読みたかった本を何冊か持った。あと必要なものは食器ぐらいか。僕は先生のスーツケースと自分のリュックに入るだけの日用品を入れた。本来家出とはこうあるべきだ。僕の場合は順序を間違えた。時計をみると三時半を回っていた。両親は共に寝ている。いくらお酒を飲んでも喧嘩をしても深夜二時には二人とも寝てしまうことを僕は知っている。父はあの後お酒を飲んでいないのだろうか。

 先生が連絡してくれたから両親は僕のことを心配してないだろう。僕はそう思いながら、そっと家をあとにした。

 この濃紺の暗い空も、いつか朝日に照らされ、明るくなっていくのだと当たり前のことながら、僕はその事に実感を持った。


 先生と暮らしはじめてから初めての休日。特にやることも考えていなかったので、僕は昨日の夜に家から持ってきた日用品を先生の指示で片付けようと思っていた。

「先生、これどうしたらいいですか?」

 僕は自然に先生に尋ねた。すると先生は少し変な顔をして

「先生って呼び方やめない?」

 と真面目な顔で言ってきた。

「え、じゃあ何て呼べばいいですか?」

「学校では先生だけど。家では先生じゃないから。そうだなぁ。あんまり考えてなかった」

 確かに話し合いの時にも出てこなかった問題だ。

「じゃあ、ひかりは?」

「いいですよ。なんだかお姉さんみたいですね」

「当たり前じゃん。私は君の親戚のお姉さんなんだよ」

 そんな設定もあったな。今思い出した。

「忘れてました」

「ここは私の家なんだから先生なんて呼ばずにゆっくりさせてね」

 確かに。言われて初めて僕は気がついた。先生は一日中先生なのではなく、帰ってくれば水嶋ひかりなのだ。


 今日はのんびり本を読むことにした

「先生、何してるんですか?」

「授業の準備。また先生って呼んだ」

「すいません。つい」

「まぁ仕事してるから今はいいわ。君はなに読んでるの?」

「『公園の中の夢』です。読みたかったんですよ」

「へぇ、面白そう。今度読ませてよ」

「いいですよ」

「さて、紅茶でも入れようか」

 僕は先生の淹れる紅茶が好きになっていた。甘い香りのピーチティー。僕の心を温かく満たしてくれる。

 お昼はラーメンを作り、午後ものんびりと過ごした。


 日曜日。中間テストも近づいていたから勉強でもしようかと考えていたが、先生からの提案は予想していなかったものだった。

「誠くん。買い物行かない?」

「なに買いにですか?」

「いろいろ。足りないものあるでしょ?」

「まぁ。昨日家からだいぶ持ってきましたけど」

「じゃあ私の夏服買いにいこ」

「いいですけど」

 あれ、僕のもの買いに行くんじゃ…。まあ女性の買い物に付き合うのは嫌いじゃない。目的のない買い物は母で慣れている。

「じゃあ今から行くよ」

 四月下旬にしては少し暑いとてもよく晴れた日だ。先生は帽子にサングラスをしている。

「これで誰だかわかんないでしょ」

 どうやら近所の生徒にばれないようにしているらしい。ただ、四月下旬でその格好はわりかし目立つ。買い物と言っても三駅離れたショッピングセンターに行くのだが、確かに近所は危険かもしれない。知っている人に会えば面倒だ。

「たまには外でないとダメだわ」

「毎日学校言ってるじゃないですか」

「学校に行くのとは違うのよ」

 僕には何が違うのかわからない。電車に乗って十数分で着いたショッピングセンターには大勢の人がいた。家族連れや夫婦、カップルなど様々だ。


 先生は夏服をひたすら合わせていて、僕はそれずっと見ていた。

「これどう?」

「いいも思います」

「こっちは?」

「似合ってると思います」

 みたいな会話しかしなかった。散々悩んだ結果、先生は薄水色のワンピースを買っていた。涼しげで僕も本当に似合っていると思った。

 お昼はショッピングセンターでハンバーガーを食べて、帰ってきた。

「ただいま~」

「ただいま」

 いつしか僕も自然にただいまと言うようになっていた。

「あ、そうだ。合鍵渡そうと思ってたんだ。はい、これ」

「いいんですか?」

「明日からこれで早く帰ってきていいよ」

「ありがとうございます」

 信頼してもらえたということなのか。買い物では買えない何か特別なものをもらった気がした。

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