第92話 ベルガモットと憔悴のコラン

「リリー…どこなの?出てきて。リリー…」

 ふらふらと、今にもどこかへ消えて行ってしまいそうな、コラン。

 僕はその腕をしっかりと掴んで、誘導する。


 その脇を、何か考えるような仕草をするソフウィンド。幸せそうな表情で、コランに抱き着くビリアが取り囲んでいた。


 まぁ、相棒を持ったコランが本気を出せば、僕達が何人いようが、何をしようが無駄な抵抗ではあるのだが…。


 ただ、数日間、森の中を駆けずり回ったコランは、もう、本気を出す気力も、体力もないように見える。


 時折、あらぬ方向へ歩いて行こうとするのだが、僕が腕を引くだけで、その体は簡単に引き戻された。


「…大丈夫ですか?」

 僕に引っ張らっれた勢いで倒れそうになったコランを、ソフウィンドが支える。


 こんなに弱々しいコランを見たのは初めてだった。

 心がチクチクする。


 とは言え、また、体力が回復すれば何をしだすか分からない。

 申し訳ないが、コランには地下牢にまでご同行願った。


「良いな?お前は落ち着くまでここに居るんだぞ?」

 牢の中にまで、抵抗なく誘導されたコラン。

 彼女のよどんだ眼を見て、話をするが、反応は全く返ってこなかった。


「…その薙刀。預かるからな」

 僕の声に、ピクリとコランが反応する。


 その表情を見るに、怯えている様だった。

 リリーが失踪しっそうしてから、初めて返ってきた反応がこれだと言うのだから、少し悲しくなってしまう。


 コランはもっと阿保で、元気で、阿保で、明るくて、阿保だけど、優しくて…。

 僕達を信頼してくれていると思っていたのに…。


「はぁ…。調子狂うぜ」

 僕は頭をきながら、コランに詰め寄った。


「い、いや!あっち行って!」

 コランは薙刀を抱き抱えながら、逃げる様に、後退あとずさりしていく。

 しかし、それも長くは続かず、ぐに、牢のすみに追いやられてしまった。


「…悪いな。コラン」

 コランが大事そうに抱える薙刀を、僕は奪う。

 そうでもしないと、この牢であっても、破壊して脱走してしまうだろうから…。


「ダメ!返して!」

 コランが必死の形相ぎょうそうで掴みかかってくる。


 しかし、その力は想像以上に弱かった。

 …これがコランの全力だとは思いたくなかった。


「大丈夫ですよ。姉様。私がついていますからね…」

 ビリアが暴れるコランを優しく抑え込む。

 頬を紅潮させ、息を荒くし、よだれを垂らしそうになっているが…。

 今は目を瞑ろう。


「悪い…。二人とも。後は頼んだ」

 僕がここにいても、コランを刺激するだけだ。

 二人に後を任せると牢を出る。


「返せぇえええ!返せぇえええ!」

 最後まで、コランの物とは思えない、憎悪に満ちた叫びが響いていた。


 そのせいか、頭が痛くなってくる。

 コランを追いかけまわして、僕も疲れているのだろうか?


 カラン。

 不意に眩暈めまいがして、僕は薙刀を取りこぼしてしまう。

 すると、少し体が楽になった気がした。


「…」

 僕はもう一度、薙刀を持つ。

 …やはり、気分が悪くなった。


 何かこの薙刀には秘密があるのかもしれない。

 …その秘密が分かれば僕も強くなれるのだろうか?

 今のコランを救ってあげられるのだろうか?


 試しに薙刀を振ってみれば、僕の体とは思えない程の速度で腕が振るわれた。

 僕は吐き気をこらえ、薙刀をぎゅっと握る。


 これさえあれば!


 暗転。

 そこで僕の意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る