第85話 コランと素材集め

 森に入り、皆の目から離れた私。

 そんな私はこっそりと、家のお姫様が所望しょもうする品々を探して回った。


 乾燥させて、すり潰すと、美味しい調味料になる木の実を数種類。

 蒸して、すり潰すと液体状の油がとれる木の実。

 水を弾く木材に、丈夫な蔓など、様々な物を集めて行く。


「ええっと…。ネバネバ草は…。これかな?」

 私は植物の葉を一枚折る。

 すると、その傷口から白く、ねばねばした液がれてきた。


「うん。これだ」

 メグルの本に書いてあった、紙を作る為の植物だ。


 羊皮紙の様に分厚くないそれは、小さくまとめる事が出来て、手のひらサイズの本を作る事を可能にしてくれる。

 また、加工も、材料の入手も簡単で、とても画期的かっきてきだった。


 このネバネバ草と言うのはメグルがつけた名前だが、雑草に一々名前などつけたりする物好きはいないので、名前などない。


 しかし、そうなると呼ぶときに不便だ。

 その為、私もネバネバ草と呼ぶ事にした。


 なんでもこの植物。このネバネバした液で自分の傷口を塞ぐらしい。

 本には、僕たちのかさぶたと一緒。と書いてあった。


 まだ乾いていない白い液に触れると、ネバーっと伸びる。

 成程、確かにネバネバ草だ。


 この液は雨でも傷口を覆えるように、水をはじく。

 その為、羊皮紙よりも水に強いらしいのだ。


 それに何より、紙の作り方は、この植物の茎と根をすり潰し、木の型に流し込んで、上から平らな板で押さえるだけ。簡単に作れる。


 雑草なのでどこにでも生えていて、入手も容易。

 高価なだけの羊皮紙など、もう私達には不要だった。


「さて…こんなものかな」

 私は傷つけないように、根っ子ごと抜いたネバネバ草を籠一杯に集め終えた。


 ネバネバ草は鮮度が命。

 時間が経つとすぐにしおれて、ネバネバも出なくなってしまう。

 一度、白い液がネバネバを失うと、水を吸わない為に、元に戻すのは不可能だと書かれていた。


 私はかごをもってリリーの待つ、私たちの部屋へと向かう。

 外でやりたいのは山々なのだが、これは私達とメグルだけの秘密。

 誰かに作り方を見せるわけにはいかなかった。


 私は、家の外から二階にある部屋の網戸に向かって小石を投げる。

 すると、雨戸を開け、中からリリーが顔を出した。


 私は静かに跳躍すると、その窓から室内に侵入する。

 完璧なコンビネーションだった。


 今、私は森にいる事になっている。

 まさか裏でこんな事をしているなんて、だれも気が付かないだろう。


「さ、お姫様。これで私用の本を作ってくださいね」

 私は籠をリリーの前に下ろす。

 私達の部屋の中は、様々な実験の結果、研究室のようになっていた。


「はぁ…。お姫様だと思っているなら、雑用を押し付けないでくださいよ…」

 そう言いながらも、リリーは私の収穫物を漁り始めた。


「…あれ?皮がないですが大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。森から帰って来た時、正面口から入って、獲物と一緒に届けるから」


「解体するのはリリーちゃん達の仕事だから不自然じゃないしね」と、付け加え、私は窓枠に手をかける。


「じゃあ、後はお願いね!」

 私は振り返り手を振る。


「はいはい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 シッシと言ったように、ぞんざいに手を振るリリーちゃん。

 私にだけ見せる。飾らない姿のリリーちゃんはとても好きだ。


「リリーちゃん!愛してるぜ!」

 私はそう言い残して部屋から飛び去った。


 本の表紙に使う皮は、やはり、メグルとおそろいの大喰らいの黒皮にするべきだろう。


 リリーちゃんいわく、お腹の皮が良いので、お腹は傷つけて欲しくないらしい。

 そうなると、正面から頭蓋骨ごと砕くに限る。


「今日もやるぞ~!」

 私は相棒を無駄に振り回すと森の中へ突っ込む。


 今日も良い獲物が狩れそうな気がした。

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