第84話 ベルガモットと余裕なお姉さん

 よし!今ならいける!


「とりゃ!」

 僕はコランが他の奴に気を取られている内に、彼女の背後で木の棒を振るった。


「おおっと!」

 その攻撃を背中に目でもついているように、避けるコラン。


「何でだよ?!」

 何で避けられるんだよ!

 僕が、そう口にする前に、彼女を相手していた、最後の一人が倒された。


 コランは、余裕そうに、木の棒で肩を叩きながら、こちらを振り返る。

 そして、少し考えた様に首をかしげ「色?」と、意味不明な答えを返してきた。

 彼女自身も良く分かっていないのか、首は傾げたままである。


 そんな阿保っぽいコランではあるが、その周りには10人以上の男が倒れていた。

 皆、一斉に飛び掛かったにもかかわらず、負けてしまったのだ。

 残りは僕だけである。


「降参する?」

 コランが木の棒をもてあそびながら聞いてくる。

 初めて出会った頃は良い勝負だったのに…。


「するかぁあ!」

 僕は転がっている仲間から木の棒を取り上げ、二刀流で駆ける。

 コランは余裕の表情で動かない。


「よっ、と」

 そして、僕が間合いに入ると、大きく横にぐように木の枝を振るった。


 コランの攻撃は基本ガードできない。

 何故なら、力負けしてしまうからだ。


 僕は咄嗟に身をかがめると、勢いそのまま、彼女にぶつかりに行く。

 彼女を押し倒す作戦だ。


「おっ!」

 上手く、コランのふところに飛び込み、腰を掴むことに成功した。

 しかし、コランは驚きの声を上げるだけで、びくともしない。


「うぅ~ん!」

 勢いがなくなった僕はそれでもコランを押し倒そうと、足を踏ん張る。


「…」

 コランが、如何したものかといった表情で、僕を見下ろしていた。


「…まぁ、私に触れたから、一本?」

 ほおけた顔で首を傾げるコラン。

 いつの間にやら、戦う対象とすら見られなくなっていたらしい。


「くそっ!」

 僕はコランを倒すのを諦め、勢いよく地面に転がった。

 完全に八つ当たりである。


「がんばった。がんばった」

 そう言って、しゃがんだコランが、僕の頭を撫でてくれた。

 その表情はいつもより大人っぽく見えて、僕は顔を逸らしてしまう。


「よいしょっと……。んじゃ、私は森に行くね~」

 彼女は立ち上がると、そう言って森に消えて行く。

 その手には相棒が握られていた。


 いつものコランも十分に強いが、あの相棒とやらを手にしたコランは常軌じょうきいっした強さをほこる。

 あの相棒とやらが、強さの秘密なのだろうか。


 それでも、絶対に触らない様にコランから言われている為、今まで持った事すらない。


 …今度、こっそり借りてみようかな…。


 と、言っても、いつも相棒はコランの目の届く範囲にあるので、難しいかもしれないが…。

 チャンスがあるとすれば、リリーと話をして、注意がそれている時。


 負けたまま引き下がるわけにはいかない。

 可能性があるなら試してみたかった。


 まぁ、減るもんじゃないしね。

 ちょっとだけ、貸してもらおう。

 僕は悪い笑みを浮かべると、作戦を練り始める。


「なぁ、ベル?」

 そんな僕の肩を誰かが叩いた。


 僕は「なんだよ、もう」と言って振り返る。

 そこには、僕以上に悪い笑みを浮かべる皆が立っていた。


「え?なに?…どうしたの?」

 僕は思わず、腰を引いた。


「俺たちのコランちゃんに触れてんじゃねぇ!」

「しかも、腰だぞ!腰!完全にアウトだ!」

「終いには、優しくされてたしな…」

 逃げ腰の僕を皆が取り囲む。


「ちょっと待って!話し合おう!あれは訓練だ。だから仕方のない事。それに、触れられないのはお前たちの技量不足だろ?」

 僕は必死に弁解するが、最後の最後に、余計な事を口走ってしまった。

 思わず、自身の口を手で覆うが、もう遅い。


「そうかそうか…。それなら俺らの訓練に付き合ってくれよ。先輩」

 いつの間にやら、コランにやられて伸びていた奴らも加わっている。

 完全に逃げ場はなかった。


「くそぉ!」

 僕はその場にあった木の枝を手に取り、二刀流で振り回す。

 それが開戦の合図だった。


 …結果は言うまでもない。

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