第69話 コランと「生きて」

 私が跳躍した背後では、既に爆音が鳴り響いていた。

 しかし、私は振り返らない。

 前だけを見て走る。


「離して!メグルさんが!メグルさんが死んじゃう!」

 リリーが私の腕の中で暴れるが、今は気にしている場合ではない。


 少しでも遠くに逃げなければ。

 彼の為にも。…死んで行ったみんなの為にも。


 あの獣を操っていたのは間違いなくアイツだ。

 私はアイツを絶対に許さない。


 皆の幸せを壊したアイツは絶対に壊してやる。

 その為には生き残らなくては。


 今のままでは絶対に奴には勝てない。

 それどころか私では足止めにもならないだろう。


 強くなりたい。

 私が強ければ村のみんなを守れたかもしれない。


 お母さんだって死ななかった。

 …メグルだって見捨てずに済んだ。


「済みません」

 彼は最後にそう言っていた。


 彼の事だ、死のうとしていた私を、勝手に助けた事について謝っているのだろう。


 私は確かにあの場で死んでしまいたいと思った。

 それが幸せだと思っていた。


 しかし、あの少女を見た時に思ったのだ。

 なんでアイツが生きていて、私が死ななきゃいけないのだと。


 一度そう考え始めると、村での出来事や、皆で楽しくしていた頃の記憶がよみがえった。


 そして最後に、思い出されたのは、自分の身もかえりみずに、母さんが言ってくれた言葉。


「良かった…。無事だったのね」

「速く、にげ」


 最後の最後まで、私の身を案じてくれていた。

 そんな私が簡単に命を投げ出してよいのだろか?


 それでどうやって母さんに顔向けできるのだろうか?

 そう考えた時には、もう、私の足は動いていた。


 爆音が鳴りやむ。

 森に静けさが戻った。


「メグル~~~!」

 リリーの悲痛な叫びが、静まり返った森に木霊こだまする。


 私も、目をせ、歯を食いしばった。

 それでも歩みは止めない。


 終わりはいつも突然だ。

 抗う力を持つ者しか乗り越えられない。


 彼は自分たちの終わりを、その身をもって、自分の終わりに書き換えた。


 彼一人であれば逃げきれたかもしれない。

 でも、彼はそれをしなかった。


 彼は私達にたくしたのだ。

 自分の未来を。


 どんな想いで私たちにそれを託したのか。

 それは今となっては、もう分からない。


 でも、一つだけ言える事があるとすれば、生きていて欲しい。

 そう思っていてくれたという事だ。


 母さんの生きて欲しい。を

 メグルの生きて欲しい。を

 皆の無念を背負って、今、私達はここにいる。


 生き残らねば。

 仮令たとえ、どんな手を使ったとしても。


「メグルゥ…。メグルゥ…」

 泣きじゃくるリリーを抱える腕に力がこもる。


 今度は私が守る番だ。

 この小さな命を。


 まだ、彼らの様に自分を犠牲ぎせいにしてまで彼女を守れるかは分からない。

 でも、それでも、覚悟だけは決めておく。


 皆がそうしてくれたように。

 彼らの想いは、たましいは、絶対に未来につなぐ。


 静まり返った森を抜け、灰になった村を越え。


 私達は新しい道を進み始めた。

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