第68話 メグルと覚悟

「来るな!」


 僕はそう叫ぶと、咄嗟とっさに薙刀を構えた。

 恐怖で腕がふるえる。


 しかし、これは彼女を傷つける事への恐怖ではない。

 僕が殺されてしまう事に対する恐怖だ。


 僕を掴むリリーの腕も震えていた。


「リリー」

「嫌です!」


 彼女は僕が名前を呼ぶやいなや、叫ぶように言葉を返した。


 僕にしがみ付く彼女の力は一層、強くなる。

 彼女の意思がしっかりと伝わってきた。


「それで良いの?」

 僕は聞く。


「はい」

 彼女は迷いなくそう答えた。


 そうか、それなら仕方がない…。


 ドス!

 僕は背負っていたコランを地面に落とした。


「ふぇ?!」

 地面の転がされたコランは着地の衝撃で目を覚ます。


「ごめんなさいコランさん!これを渡すのでリリーと一緒に逃げてください!」

 そう言うと僕は薙刀と、いつも腰につけているポーチを押し付ける。


「へ?…え?…か、母さんは?」

 状況を飲み込めていないコランは呆けたように動かない。

 その間にも黒い少女は拙い歩みで近づいてくる。


「ごめんなさい!今は説明している暇がないんです!そのポーチの中に魔法を使える道具が入っています。それを使えばどこでも上手くやって行けるでしょう!だから早く!」

 彼女は戸惑っていたが、黒い少女が目に入った途端、目が変わった。

 親のかたきを見るような目だった。


「分かったわ。ありがとう」

 コランは僕から渡されたものを乱雑らんざつに受け取ると、最後にリリーを抱え上げた。


「いや!やめて!離してコランさん!」

 コランの腕の中で暴れるリリー。

 しかし、身体強化されたコランの前では無駄な抵抗だった。


「済みません」

 僕は謝る。

 リリーを任せる事、無責任に助けた事。


 それに、コランは知らないだろうが、兄弟が人生をめちゃくちゃにしてしまった事と、喧嘩に巻き込んだ事もだ。


 申し訳ない。

 そんな言葉では言い表せない罪悪感。


 本当はもっとしっかりと彼女に謝りたい。

 あわよくば、その怒りをぶつけて貰い、この心のモヤモヤを晴らしたい。


「まぁ、次にあった時にでもしっかり話しましょ」

 そう言うと、彼女はこちらの返事も聞かずに、跳躍した。

 その影は直ぐに木々の向こうへと見えなくなる。


「ありがとうございます」

 僕は彼女の消えて行った方向に頭を下げる。


 次…。があった時には一杯謝って、一杯お礼をしなきゃいけないな…。


 そんな悠長ゆうちょうな考えが浮かんだことに、僕は驚く。

 コランは人の警戒心を解くのが上手いのかもしれない。


「まぁ、頭悪そうだしね」

 僕はそんなにくまれ口を叩くと、爆破のグローブと暴風のグローブを手にはめた。


 振り返れば黒い少女は、もう、あと数歩の距離まで近づいてきている。

 僕はバックステップで距離をとると、少女の様子をうかがった。


「ま…て、…ま。おも…だして」

 かすれた少女の声は、様々な動物の声にかき消され、良く聞こえない。


 しかし、それでも、一つ分かる事がある。

 アレはこの世にいてはいけない存在だという事だ。


 この戦いに僕の生存と言う選択肢はない。

 だから、僕の勝利条件は二人を逃がす事。


「まぁ、中途半端に生き残って、皆に責められるよりはいいか…」

 僕は一人、ニヒルに笑う。


 母さんに拾われる前と一緒。

 死ぬ覚悟をしていると言うのに、この充実感の差は何だろう。


「何秒稼げるかな…」

 僕は土の壁を出現させると、またしても少女から距離をとった。


 この先の未来。

 二人が幸せでありますように。

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