第65話 メグルと運命の一振り

 シバは僕と向き合ってくれる。僕だけを見てくれる。

 …そう思っていた。


「おぃ!シバ!こっちを見ろ!」

 シバが眠っているコランの方に目をやった。


 …今のシバならやりかねない。


「何でだよっ!僕たち、家族の喧嘩けんかだろ!他人を巻き込むなよっ!」

 しかし、シバはこちらを振り向いてはくれなかった。


「もう…。もう本当にダメなの?…元には戻れないの?」

 すがるような僕の声も、もう、シバには届かないようだった。


 シバはコランの下へ駆ける。

 僕はそれを追うが、到底とうてい、追いつけない。


 先にコランの下に着いたシバが、コランの小さな頭をくわえた。


「もう…やめようよ」

 僕が崩れそうな顔で優しく声を掛けるが、シバはこちらを見据えたままコランを持ち上げる。


「やめろっ!」

 僕はその場から力いっぱい叫ぶ。


 コランから「ウゥッ」と苦しそうな声が聞こえてきた。

 それはそうだ、頭だけで、体の体重を支えているのだから。

 苦しくないはずがない。


「やめろって…」

 シバの口が少し動いた。

 コランの顔色はさらに厳しくなる。


 シバの目が言っていた。次で終わりだと。


「やめろって…。やめろって言ってんだろぉおおお!」

 跳躍ちょうやくした僕はシバの頭上へと全力で薙刀を振り下ろす。


 こんな大振り、最初と同じで当たるわけがなかった。

 無かったのに…。


 肉をつ感覚。

 僕の顔に生暖かい鮮血せんけつが飛び散った。


「…え?あ…。え?どうして?」

 僕は真っ赤になった手を薙刀から離して、引き下がる。


 シバを切り裂いた薙刀は、カランと、音を立て地面に転がった。


 力なく、横たわるシバ。

 その傷口からは血がドクドクとあふれ出している。


「あ…。あぁ!あぁああああああああああああああああああ!!!」

 シバは避けなかった。

 僕の斬撃ざんげきを正面から受けたのだ。


「何だよそれ?!僕のまねかよ?!ふざけるなよ!こんなの!こんなのって!」

 シバの傷口からはどんどん血が溢れてくる。

 …シバが死んで行く。


「クソッ!クソッ!」

 僕は傷口をおさえるが、そんなものではどうにもならない。


「待っててシバ!ちょっと熱いかもしれないけど、傷口を焼くから!」

 僕はてのひらに小さな火を生み出して、シバの傷口にあてがう。


「ガゥ!」

 シバが苦しそうにもがいた。


 それでも僕はシバを押さえつける。

 しかし、暴れるシバを抑え込むには僕だけの力では足りない。

 土でシバを拘束こうそくすると、傷口を溶接ようせつしていった。


「シバ!死なないで!大丈夫!僕が治すから!絶対治すから!」

 傷は粗方あらかたふさがった。

 これで出血の心配はない。


「クゥ~ン」

 シバが甘えるように鳴いた。


「どうしたのシバ?!どこか痛い?!」

 擦り寄った僕の顔をシバは優しく舐めた。

 もう眼は開いていない。


「なんだよっ…。今更いまさら、甘えるなよっ。なんでこんなことしたんだよ…」

 接合せつごうしたシバのお腹は内出血ないしゅっけつふくれ上がっていた。

 …どう足掻あがいたって、もう助からない。


「シバの馬鹿ぁ。…なんで、なんでだよ。こんな事をしてまでしたい事があったなら、僕を殺せばよかったじゃないか!」

 僕は全力でシバを抱きしめた。

 …それしかできなかった。


「…シバ?」

 シバは突然立ち上がる。

 目も開けずにふらふらと、満身創痍まんしんそういの体で歩き始めた。

 僕はその体を支えながら、シバについて行く。


「クゥ~ン」

 シバは自らがバラバラにした遺体のそばへと体を横たえた。


 飛び散った肉塊がシバの下へ集まる。

 僕はそれを振り払おうとしたが、シバが幸せそうな顔をしていたので止めた。


 その内に、シバは肉塊で覆われる。

 最後まで幸せそうな顔をしたシバ。


 彼は肉塊にもれる寸前、弱々しく目を見開いて僕を見つめた。


「ワゥ」

 それだけだった。


「何だよそれ…。僕じゃ分からないよ…」

 いや、きっと姉さん達でも分からないだろう。

 今のは言葉ではない。

 言葉ではない何かだ。


「どっちにしろ分からないや」

 僕は空を見上げる。


 月夜が照らす薄暗い世界。


 彼の頬を伝って、一粒の流星が暗闇を流れた。

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